22

マルコとマリスが食事を終えた頃、荒れた宿営地の片付けと修繕に精を出していた兵士達がぞろぞろと宿舎に戻って来た。
あまり席数も無いことから場所を空けようとマルコは席を立った。それに釣られるように即座に立ち上がったマリスは、自分が返して来ますとマルコの手からトレーを取り上げた。

「おい、マリス」
「マルコ様は先にお休みください」

いや、自分で――とマルコが言う前に、マリスはさっさとトレーを返却しに行ってしまった。食事を求める兵士達でごった返す宿舎内で声を上げて制止を呼び掛けるのもどうかと思ったマルコは、深い溜息を吐いて頭をガシガシと掻いた。
マリスと一緒に食事したは良いが、会話という会話は皆無に近かった。何の気無しにニ、三言話しても卒の無い返事だけで話が広がることは無かった。
相変わらずきっちりとした主従の線引きをしての対応だ。対等な関係になるにはまだまだ時間が必要だ。しかし、それでも、サッチの後押しがあったにせよ、自分から共に食事をと求めただけでも大きな一歩だ。

ベッドが並ぶ休息所に移動したマルコは、ぐごーぐごーとエースのいびきをBGMに、椅子に座って羊皮紙を眺めるサッチの元へと歩み寄った。

「何を見てんだ?」
「んー、職業別技能取得一覧」

テーブルに頬杖を突きながら返事したサッチの隣に立ったマルコは羊皮紙を覗き込んだ。

「これから先、熟練度を上げたらどんな能力を得られるのかを見てんの」

サッチの言葉にマルコは片眉を上げた。

「えらく積極的だな」
「知識を持っておいて損は無しってこと」
「おれはてっきり宿舎の飯のレシピでも見てんのかと思ったよい」
「あァ、それはもう済んだ」
「……」

大所帯である白ひげ海賊団の飯どころを担う料理長だっただけに、流石と言うべきか何と言うか、サッチは根っからの料理人だなとマルコは思った。
トレーを返却して戻って来たマリスの姿を尻目に捉えて視線を向けると寝床の準備を始めた。

たぶん、おれの寝床だな……。

シーツを丁寧にピシッと整えて不備は無いか、ゴミや汚れは無いか、神経質かと思えるぐらいに確認している。

「マルコは覚者っていう立場があるだけに、マリスちゃんと距離を縮めるのはおれやエースと違って苦労するだろうな」

いつの間にか羊皮紙から視線を外してマリスに目を向けていたサッチが軽く笑った。

「まあ、気長にやるよい」

微笑を浮かべたマルコは宿舎の出口へと足を向けた。

「どこに行くんだ?」
「ちょっとその辺を歩いてくるよい」

軽く手を振って応えたマルコは、ふと足を止めて踵を返した。サッチが片眉を上げて「どうした?」と首を傾げるとマルコは苦笑しながら小さく首を振ってベッドへと足を向ける。
あ、成程、とサッチは納得した。わざわざマリスに声を掛けて出歩くことを告げに戻ったのだ。覚者命のマリスの性格を組んでの行動だ。

「あ、では私も」

お供しますと返事するだろうと思っていたマルコは、案の定だと微笑して首を振った。

「マリスは休んで良いよい」
「私はまだ休まなくても」
「おれと飯を食って神経が擦り切れたろい?」
「――ッ…!」

緊張しっぱなしは疲れるからなぁ、と言ったマルコはマリスの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「寝床を準備してくれてありがとな」
「い…いえ…」
「ただの散歩だから、安心して休んでろよい」
「わ、かりました……」

顔を赤らめながら小さく頷いたマリスに笑みを浮かべたマルコは再び宿舎の出口へと足を向けた。

「覚者様も神経使ってるぞ」

サッチの揶揄いに五月蝿えと笑って外へ出て行くマルコの姿が見えなくなると、マリスは溜息を吐いてガクリと項垂れた。何だかずーんとした影を背負っているように見える。そんなマリスの元にサッチが歩み寄って肩をポンポンと叩いた。

「頑張ったじゃねェか」
「……」

励ますつもりで明るく声を掛けたのだが、マリスは無言のままサッチをジロリと睨んだ。しかし、直ぐにまた溜息を吐いて更に影を背負う。

「マルコ様は私が従者であることをよく思われていないのでしょうか……」

ポツリと零れたマリスの言葉にサッチは目を丸くした。主人と共に行動する機会を悉く得られていないことが余程ショックなのか、自分の為の寝床を準備し始めるマリスの背中が悲しくて寂しいと嘆いているように見えた。

おれっちが何を言ってもマリスの心が晴れることはねェだろうしなぁ………。

ポリポリと頬を掻いたサッチは天を仰いで「うーん」と唸った。マリスは覚者マルコに関することに限って想像以上に繊細だ。これは他のポーン達も同じなのだろうか?

『距離を縮めるにはマリスちゃんを動かした方が早そうだな』――とした考え方は間違いだったかもしれない。これからはそれとなくアドバイスする程度で、マルコ側からちょいちょいと背中を押した方が無難かもしれない、と考えを改めることにした。

「……やはり、」
「ん?」
「このままでは駄目だ」
「え?」

自分の寝床を準備する手を止めて呟き始めたマリスの声に意識を移したサッチが、何だ? どうした? と首を傾げて声を掛けると、握っていたシーツを放ってマリスは踵を返して幕舎の出口へと足を向けた。

「おーい、どこ行くんだ?」

サッチの声に足を止めたマリスはキュッと唇を噛んで間を置いてから「従者として役不足なら……」と呟いた。

「んン?」

あれ、聞き間違い?かと思いながら片眉を上げたサッチにマリスは言った。

「はっきりしてもらった方が私としても気持ちを引き締めることができるので――」

途中で言葉を切るとサッチへと顔を向けたマリスは、「マルコ様にお伺いして来ます」と言葉を残して足早に幕舎から出て行った。
それを呆然と見送ったサッチは「ハハ……」と乾いた笑いを一つ零した。
真剣な物言いでまたこの子は勘違いを……なんて思ったが、振り向いた時の顔は何だか嬉しそうで拍子抜けした、

「あー、そう、口実を作ったってわけね」

意外にもマリスはマリスなりに考え、それを直ぐ行動に移せるタイプのようだ。凹みそうでそうでも無く、かなり打たれ強い――忍耐力のある――性格をしているようだ。

「……」

ひょっとしたら覚者マルコの方が陥落しそうな気がする、と思ったサッチは、覚者命の推進力って凄ェ……、とポツリと呟いたのだった。





「覚者様、どちらへ?」
「覚者様、何かあれば仰ってください」
「覚者様」「覚者様」「覚者様」――エンドレス。

兵士とすれ違う、または兵士達の目に止まるなど、その度に声を掛けられてしまうマルコは、お前ェらはポーンか!?とついつい声を上げたくなるのを我慢して、足早にカサディス方面にある宿営地の門を潜ったところで一息吐いた。

「あ!」
「あ?」

今度は何だとばかりに顰めた顔で振り向いたマルコは、その人物を見るなり目を丸くした。カサディス村で世話になっていた時、何度か仕事の依頼をしてきた顔馴染みの男だ。

「あんたは確かエルパー……だったな」
「お、名前を覚えてくれてたんだな」

嬉しそうに笑うエルパーに釣られるようにマルコも笑みを浮かべた。

「見たところ一人みたいだが、どうしたよい?」
「あ、いや、今朝、見張り台から見てたら凄いのが暴れてたんで、様子を探りに来たんだ。どうにか片付いたようで良かったが」

宿営地はカサディス村にとって無くてはならない防衛拠点だ。もし宿営地が壊滅したらカサディス村は防衛の術を失い、魔物達に襲われる危険度が高くなる。その為、宿営地の状況が気になるのは至極当然のことだ。

「負傷した兵士が何人かいるが死人はゼロだ。修復しねェとならねェ箇所はあるが、壊滅には至ってねェから安心しろよい」
「そうか! それは良かった。負傷した人には悪いが、宿営地の兵士達は運が良かったなァ。何せマルコがいてくれたんだからな」

安堵して笑ったエルパーだったが、直ぐに笑みを消して「ところで……」と口にした。

「ところで……何だ?」

片眉を上げたマルコが続きを促すとエルパーは表情を硬くした。

「キナとは一緒じゃなかったのか?」
「何…?」
「マルコの傷のことを調べるって、村を出たからてっきり一緒かと思ったが……、心当たりはねえか?」
「!」

予想外の出来事に胸がどくりと音を立てた。息が詰まる感覚にマルコは表情を険しくした。

「こんな物騒な時にどこに行ったんだ…。村長も心配してたよ。森にでも迷い込んで、今朝見たあの化け物みたいなやつにでも出くわしたらどうなるか……」

視線を落として不安気に呟いたエルパーを見つめながらマルコは口を真一文字にして思考した。
もう直ぐ日暮れに差し掛かる時分だ。翌朝には早々に宿営地を出立し、関所でメルセデス達と合流して領都へ向かう予定なのだが――どうする?
いや、考えるまでも無い。キナは恩人だ。このまま放っておくわけにはいかない。ましてやマルコの為などと聞かされては尚更だ。

「わかった」
「え…?」
「キナの行方を探してみるよい」
「ほ、本当か!? そうしてくれるなら助かるよ。村の男達は殆ど手が塞がっちまって動けないからな」

頭を掻きながら「すまない」と謝るエルパーに、マルコは首を振ると励ますようにエルパーの腕をポンポンと軽く叩いた。

「とりあえず宿営地の無事を早く報告しねェと、みんな不安がってんだろい?」
「あ、そうだな。じゃあ、おれは先に戻るよ」

幾分かホッとした表情を浮かべたエルパーは、足早にカサディス村へと戻って行った。それを見送ったマルコは、左手を腰に、右手を顎に当て、険しい表情を浮かべながら踵を返した。

「キナ様の情報が必要ですね」
「あァ…、そうだな」
「ひとまず村に戻り情報を集めてみては如何でしょう?」
「そうするか。じゃあ――え?」
「では、二人を起こして旅の支度をして参りますので、マルコ様はここでお待ちください」
「は…、ちょ、マリス!?」

今の会話を聞いていたのか、と言うよりも、いつの間にいたんだ……!?
驚いて固まるマルコが「休めっつったろい……?」と零したが、颯爽と宿営地内に戻って行ったマリスの耳には届かなかった。
まったく…、とばかりに溜息を吐いたマルコだが、直ぐに口元を緩めて微笑した。

――従者として――
マリスの行動や言動をそんな意識で受け取ってしまう自分にも非があるかもしれない。すれ違う兵士達に声を掛けられる中でマルコはそう思っていた。
ポーンの性質と言うよりも元々が従順で真っ直ぐな性格をしていたのかもしれない。サッチやエースの様に、と考えが至った時、マルコはハッとした。

生前、いつ、どこで、どうして、マリスは――元は人間……だった……?

ポーンとしてどれぐらい時を過ごしたか。覚者に従うポーンとしての記憶に塗り替えられてしまっては、生前の記憶は疾うに薄れ、思い出すことなど不可能なのかもしれない。そして、これはサッチやエースも何れマリスと同じ運命にあると言える。

「ッ……」

無意識にギリッと奥歯を噛み締めたマルコは、サッチと寝惚けた状態のエースを引き連れて門から出て来るマリスを見つめ、静かに深く息を吐いて頭を振った。
まずはキナのことからだ。ポーンたる彼らのことはこれからの旅路の中で考えれば良い。

「マルコ」

何だか妙に楽し気な顔したサッチがマルコの側に来ると、マリスから話を聞いたけど――と言いながら首に腕を回してコソッと質問した。

「キナって、女性だったりする?」

思い切り眉間に皺を寄せて顔を顰めたマルコの反応に、サッチは「うあ、何、マジ? どういう関係?」と興味津々だ。

「……」

グワシッ!とマルコが無言でサッチのトサカを鷲掴んだ。

「ぎゃあ!? 男の勲章が!」
「ま、マルコ様!?」
「あー、何か懐かしい光景だな」

悲鳴を上げて慌てて髪を整えるサッチと、驚いて固まるマリスと、楽し気に笑うエースと。一人一人に視線を向けたマルコは、新しい剣の鞘紐を肩に掛けてカサディス村へと続く道を歩き出した。

――覚者――
ドラゴンに心臓を奪われた人間。だが、それ以上に特別な何かがあるのかもしれない。覚者の従者たるポーンは、覚者を助け支える為の存在なのかもしれないが、その逆、ポーンを救えるのは覚者だけ、とも考えられるかもしれない。

「で、キナって誰だ?」

覚醒したエースが数分遅れて改めてマルコに質問した。
真面目な思考から現実に意識を引き戻されたマルコは、若干額に青筋を張りながら笑みを浮かべて言った。

「おれの恩人だよい!」

まだまだ未知なる世界でわけのわからない状態で、あれこれと考えて成さねばならないことだらけなのに、何でかピクニックムード満載でお気楽な空気に、どうにも先が思い遣られる気がしてならないマルコは「あー」と声を隠すこともなく盛大な溜息を吐くのだった。

思わぬ知らせ

〆栞
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