21

宿営地の門前で牛車の荷台にハイドラの首を乗せるように兵士達に指示を出している女がいる。黒髪に浅黒い肌。それに映える白を基調とした鎧と武具を身に付けた所謂『騎士』といった風貌だ。
女はマルコに気付くと観察するかのように視線を上下に動かし、それからマルコの周りにいるマリス、エース、サッチを見て、再びマルコに視線を戻した。

「先刻の戦いは見事なものだ」

警戒しているのだろうか。他の兵士達とは異なり冷たさを感じさせる口調で、女は身構えた態度を見せる。
それはこの世界においてマルコにとって何だか新鮮に思えた。
そりゃあどうも、とマルコは微笑を浮かべた。

「で、あんたは?」
「私はメルセデス。徴募隊を指揮している」

メルセデス……と反芻したマルコは自身の名を告げると、続けてマリス、サッチ、エースと順番に紹介した。
しかし、メルセデスはマルコ以外に興味が無いのか三人に一瞥もくれずに不遜な態度のままマルコをじっと見つめている。
そんな彼女の態度に然して気にするでも無いのはマリスとサッチ。マリスは静観。サッチは目をパチクリして小さく笑うのみで、ただエースだけは不快に感じて顔を顰めた。

「兵士達から聞いたが、ポーンの民を従えることができるという"覚者"とやらだそうだな」
「あァ、そうだよい」

マルコの返事を受けてからメルセデスが漸くマリス達に目を向けた。

「我々とて、ポーンを戦に駆り出すぐらいのことはするのだが……」

マリス、サッチ、エースと順番に視線を寄越しながら「お前のように、ポーンを異界から呼び出したり連れ従えて旅をすることはできない」と語ると、再びマルコに視線を戻したメルセデスは鋭い眼差しで問い掛ける。

「一体、どのような技を使うのだ。覚者とやらは…?」

マルコは片眉を上げた。ポーンに関しては技と言うより覚者だからってェだけの話だと思うんだが……。と胸の内で吐露した。
一方サッチとエースは、どのようなって……不死鳥の能力一択だろ。とマルコの背中を見つめた。
さて、どう返答したものか。
メルセデスから視線を外したマルコがポリポリと頬を掻きながら答えあぐねていると、「…ふむ、だが、まあいい」と、フッと吐息を漏らすようにしてメルセデスが話題を切った。
別に大して知りたいわけでも無いようで、「今は、ポーンでも覚者でも、漁夫でも農夫でも、戦力となるなら、歓迎だ」と微笑を浮かべた。

「メルセデス様、準備が整いました」

牛車の荷台にハイドラの首を乗せ終えた兵士が呼び掛けるとメルセデスは確認を始めた。その代わりに今度は準備を終えた兵士達がマルコ達の元に来て話し掛けた。

「あんたらがこれをやったんだよな?」

メルセデスとは違って友好的な態度に多少硬化していた空気が和らいだ。それによりエースの機嫌も多少解消したのか、マルコに代わってエースが「おう」と応えた。

エースとサッチが主だって兵士達と言葉を交わし始める一方、マリスは幾分か距離を取って話が終えるのを待っている。――と言うよりも、主人の話が終わるまで控えていると言った方が正しいのかもしれない。
やれやれと力無く笑ったマルコに、ハイドラを縛る縄を軽く引っ張って結び目を確認していたメルセデスが声を掛けた。
何だとばかりに振り向いたマルコに、メルセデスは荒れた宿営地を見回して口を開いた。

「宿営地における徴兵の現状と、今回の騒動について、領王に報告に上がらねばならぬ」

集めた兵士の数は予定を満たしていない。その上、ハイドラの襲撃によって動ける兵士は少ない。だが――とメルセデスはマルコに目を向けた。

「兵の集まりは今少し足りぬが、ハイドラの首と共に覚者を連れ行けば、功は十分に補って足りよう」

そう言って微笑するメルセデスにマルコは片眉を上げた。

「何だい、おれはお前の功績を上げる為の存在かよい」
「どのみちお前には峠越えの護衛を頼むことになるのだ。暫し休息の後、先行する我々に追いついて関所まで来るが良い」
「おれには何の見返りもねェのにか?」

少し不満げに答えるマルコにメルセデスはフッと笑った。

「領王に会う機会を得られる」
「!」
「お互いに損は無いと思うが」

これでは不満か?とメルセデスは問う。マルコは腕を組んで瞑目して考えた。
確かに、覚者だからといっても一国一都市を治める王に易々と謁見できるとは限らない。何らかの理由が無くては、下手すれば城にさえ通してはもらえない。
不死鳥化して侵入すればと簡単に思ってあまり深く考えていなかったのもあるのだが、できれば大事にはしたくない。
痛いところを突かれちまったなァ……とマルコは溜息を吐くと、頭をカリカリと掻いて「わかった」と承諾した。

「それなりに長い道のりだ。せいぜい英気を養ってから合流してくれ」

メルセデスはエース達と話している兵士達に声を掛け、宿営地を出て関所まで牛車を運ぶよう指示を出した。

「では、後ほどな」

マルコにそう告げてメルセデスは牛車を引き連れる兵士達と共に宿営地の門を通って出て行った。
話が終わるのを待っていたマリスは、メルセデス一行を見送るマルコの側に歩み寄った。

「マルコ様、これから如何しますか?」

視線をマリスに向けたマルコは右手で顎を触りながら考えた。

「そうだな……。とりあえず今日は朝から動きっぱなしだしよい、休息するか」
「じゃあ出発は明日か?」

サッチが訊くとマルコは頷いた。

「日の出前ぐらいに出るよい」

了解と頷くサッチの隣で「どこに向かうんだ?」とエースが質問した。
先行したメルセデス達と関所で合流したら領都に向けて峠越えの護衛をするとマルコが答えるとエースは顔を顰めた。

「どうしたエース?」

不思議そうに片眉を上げたマルコにエースは溜息混じりに零した。
あの手の女は苦手なんだよな……と。

「ハッハッハッ! 若いなエース!」

エースの肩に腕を回して笑うサッチに何だよとばかりにエースが目を向けるとサッチは言った。

「ああいうタイプの女は、所謂ツンデレって奴でな、意外に可愛いかったりするんだぜ?」
「ツンデレ?」

疑問符を飛ばして首を傾げるエースの一方でサッチは、だよなァマルコ?と同意を求めた。

「おれに振るなよい」

知るかとばかりに一蹴したマルコは、比較的被害の少なかった宿舎へと足を向けた。

「マルコ様」
「何だい?」
「お手持ちの剣が少々傷んでいるようにお見受けします」

マリスに指摘されたマルコは、剣を引き抜いて刀身を見た。

「あ、」

硬いハイドラの首を刎ね飛ばしたランディングソードだが、強い衝撃によって刀身にヒビが入っていたことに初めて気付いた。

「よく気付いたな」

マルコが感心して言うと、マリスは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

「ここには兵士が使われる一般的な武器しかありませんが、宿営地を纏める兵士長に話せば快く武器をくださるでしょう」

マリスの進言を受けてマルコは剣を鞘に戻すとサッチに声を掛けた。
ハイドラとの戦いでサッチは幾度も剣を振るっていたのだ。サッチが携えている剣を引き抜いて刀身を確認すると、ヒビ割れは無いが刃こぼれしていることに気付いた。

「あー、本当だ。使いもんにならねェかも」
「なら、サッチの分も」
「わかりました。では、」
「おれが調達して来るから先に休んでろよい」
「――!」

マリスの言葉を遮ってマルコはそう言った。

「いえ、私が」
「おー、なら遠慮無く先に休ませて貰うぜ」
「――え!?」

マリスの肩に腕を回して無理矢理に宿舎に向けて連れて行こうとするサッチに「ちょ、離してください!」とマリスは抗議した。しかし、主人が良いって言ってんだからとサッチは聞く耳持たずでマリスを連れて行った。
そんな二人を見送りながらマルコはエースにも声を掛けた。

「お前ェは?」
「おれは既に貰ってるからいらねェ。それより腹が減っちまった」
「わかったよい。先に宿舎で食ってろ」
「ん、悪ィなマルコ」

ぐぎゅるる…と空腹を訴える腹を摩りながらサッチとマリスの後を追うように、エースは足早に宿舎へと向かった。
じゃあ剣を調達しに行くかと踵を返してマルコが振り向いた時、立派な鎧に身を包んだ男がぬっと現れて「話を聞いておりましたぞ」とマルコの右手をガシッと両手で握り締めた。
思わずドキッとしてマルコは面食らった。

「な、何」
「剣をご所望とか」
「――て、まさかあんたが兵士長かい……?」
「いかにも」

ニッと笑みを浮かべる男に手を握られたままマルコはヒクリと頬を引き攣らせた。兵士長ならもう少し威厳があっても良いだろうに、厳つい顔はしているが憧れのヒーローを前にしてホクホク顔を浮かべる男児のような、全く締まりの無い笑顔が何だか残念で色々形無しだ。

「に、二本いるんだがよい」
「では此方へ」

武器やアイテム等を管理しているテントに案内されたマルコは、「これを」と兵士長からブロードソードを受け取った。
カサディス村で貰ったランディングソードより無骨だが刀身等全体的な作りは頑丈だ。

「お持ちの武器はどうされますか?」
「こいつは貰ったもんだから捨てるのはちょっと気が引けるよい」
「では、領都の宿屋の主人に預かって貰っては?」

そう言えばルークがそんなことを言っていたなとマルコは何度か小さく頷いた。

「あァ、そうするよい」
「では他にも回復薬や手投げ爆弾等、入り用となるアイテムもあるでしょうから準備は念入りに…。あ、あと、夜間に出歩くような時はランタンが必要になるかと」
「ランタンか。手が塞ぐようなもんはあんまり持ちたくねェんだが」
「あァ、ランタンは腰に装着できる仕様ですからご安心を。燃料を含めて人数分を用意させましょう」
「へェ、そいつは助かるよい。何つーか、色々と世話掛けて悪ィな」

頭をカリカリと掻くマルコに兵士長は首を振った。

「覚者様は宿営地を守ってくださった恩人です。我々に今できる恩返しはこれぐらいしかできませんから」
「いや、充分だよい。ありがとな」

そう仰って貰えるとは誉れ高きことです。と、兵士長は嬉しそうに笑った。
明日からの旅路に必要となる武器やアイテム等が一通り揃うとマルコは宿舎へと向かった。そして、いの一番に出迎えるマリスについ口元が綻んだ。

「マルコ様、お荷物を預かります」
「悪ィな」

マルコからアイテムが入った袋を受け取ったマリスは更に言葉を続けた。

「お食事の用意ができております。しっかり食べて、お身体を休めてください」

マルコはテント内に目を向けた。
奥の方で既に食事を終えたらしいエースがイビキを掻いて眠っている。その傍らでパンを片手に何やら羊皮紙の様なものに視線を落として熟読しているサッチがいる。

「マリスはもう食ったのか?」
「あ、いえ……」
「まだ食ってねェのか?」
「はい……」

今朝とは何やら様子が違う。既に食事を済ませているだろうと思いながら一応聞いてみただけだったのだが、予想に反した返事にマルコは目を丸くした。

「サッチ達と一緒に食わなかったのか?」
「あ、その、」

アイテムが入った袋を胸に抱き締めながらマリスは視線を泳がせた。何やら言い難そうな表情を浮かべて、気のせいだろうか、少しだけ頬に赤みが差しているように見える。
どうした?とマルコが軽く首を傾げるとマリスはおずおずと口を開いた。

「い、一緒に」
「!」
「その、ま、マルコ様とご一緒に食事をした方が距離も縮まると……」

宿舎へと強引に引っ張られた際にサッチから言われたことをマリスは話し始めた。

〜〜〜〜〜

「マルコのところに行きたいのはわかるけど、ちょっとおれの話を聞いてくれる?」
「ッ…、何です……?」

不服な表情を浮かべるマリスに眉尻を下げて苦笑したサッチは、一つコホンと咳払いをしてから口を開いた。

「おれ達はこれから共に旅をする仲間になるんだからお互いに遠慮なんてものはいらない。勿論マルコとの間でもだ」
「マルコ様は私達の主です。それは、」

反論しようとするマリスに首を振ったサッチは、とりあえず最後まで聞いてくれと重ねて言葉を続けた。

「おれとエースにとってマルコは元々家族として共に過ごして来た仲だから、主従といった間柄になったとしても気兼ねしたり畏まったりするような気持ちは無いに等しいわけよ」

不満そうなマリスにサッチは、たぶんマルコのことだから既に話してるとは思うけど…と前置きして言った。

 対等になってくれ

「!」
「――てこと」

直ぐには難しいだろうけど、とサッチは頭をカリカリ掻きながら笑った。
一方マリスはハッとして眉尻を下げた。

『主従という関係よりも対等に話せる関係でありたいと思ってる』
『可能な限り早くに慣れてくれることを願ってる』

マルコの言葉が脳裏に蘇り、思わずキュッと唇を引き結んで俯くマリス。その反応にやっぱり言ってたんだなと察したサッチはマリスに提言する。
マリスちゃんはポーンとしての性格が強いから急には難しいかもしんねェけど、ご主人様との距離を縮める為におれから作戦を授けてやる――と。

「え……?」

顔を上げたマリスに向けてニッと笑うサッチの口元がキラリと光る。何を考えているのかと不審を抱いたマリスは、無意識にゴクッと息を飲んで身構えた。
もし、その作戦とやらが碌でも無いものなら無視を決め込めば良い。と、サッチの言葉を待つ。

「作戦その一、」

サッチは人差し指を立てると言った。
まずは『一緒に食事すること』から始めよう――と。

「い、一緒に……!?」

そんな大それたことをいきなりやれと!?みたいな勢いで驚くマリスに、ただ一緒に飯を食うだけなのに何でそんな大事みたいな反応をするの?とサッチは目をパチクリして軽く戸惑った。

「ま、マルコ様には、ゆ、ゆっくりと食事を召し上がっていただく為に、わわ私は、周囲を警戒して、い、いいいつでも、た、戦えるように――」

酷く狼狽えるマリス。吐き出している言葉が辛うじてポーンであることを証明しているが、その顔は真っ赤で、大好きな人を前にして緊張が度を超して泣きそうになる純情な少女のようで。
主人命。主人至上主義。忠義の塊クールビューティー的なマリスの印象が、『主人マルコと一緒』という名の起爆剤による爆破で見事に崩れていった。

「じゃ、じゃあ、おれは先に……て、エースはもう食べ始めてるけど、マリスちゃんはマルコが戻って来てから一緒に食べてね」
「ま、待って! ど、どう言えば……」

酷くアワアワして縋るような目を向けるマリスに、なんだか凄く貴重なものを見ているような気がするとサッチは思った。
そうね……と呟いて首を捻って考えたサッチは、ポンッと手を叩いてニッと笑みを浮かべた。

「お帰りなさいませご主人様。私と一緒にお食事しませんか?」

まるでどこかの異次元なメイドがご主人様を出迎えてキャピキャピと対応するかのように、わざわざ声音まで変えて可愛い仕草を交えながら、こんな感じでとサッチは助言した。

「……」

流石にそれはおかしいのでは?と、不審どころか蔑むような目を向けるマリスに、サッチは「ハハッ」と乾いた笑いを漏らした。

ガシャンッ!

近くで大きな音が聞こえた。恐らくエースが寝落ちしたのだろう。
これを機にいた居た堪れない気持ちになったサッチは、「じゃあ、そういうことで」と、マリスを置いてそそくさと食事を取りに行った。

〜〜〜〜〜

「あ、の、無理にとは言いません!」

やはりダメだとマリスは首を振ってマルコに頭を下げた。――が、ポンッと頭に手が乗せられる感覚に顔を上げたマリスは、嬉しそうに目を細めるマルコに目を丸くした。

「喜んで」
「!」
「一緒に食べるよい」

くしゃくしゃとマリスの頭を優しく撫でるマルコに、恥ずかしそうにマリスは頬を赤くした。そして、喜色を帯びた明るく穏やかな表情へと変えて小さく頷いた。
ポーンは意志や感情がとても希薄だと言う。しかし、主となる覚者による影響によって大きく変えることができるものなのかもしれない。――マリスと共に食事をするマルコはそう思った。

「距離を縮めるにはマリスちゃんを動かした方が早そうだな」

おれっち天才。等と自画自賛して、羊皮紙から視線を外して様子を窺っていたサッチはほくそ笑む。

まァ、覚者様命だけは変わんねェだろうけど……。

マルコに対して一喜一憂する様はポーンとしての性質云々を除外すれば、それはまるで恋する乙女そのもののように見えなくも無い。自称『恋の伝道師』を(勝手に)宣うサッチは、ポーンとしてマルコを支えながら同士であるマリスを密かに応援しようと思うのだった。

護衛依頼

〆栞
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