09
「姐さん! おはようございます!!」
「ん、おはよう」
「マジだぜ本当によ〜」
「へ〜、そりゃビビるよな〜。あっ! 姐さん! どうも! おはようございます!」
「姐御! 今日も大変ご機嫌が宜しいようで!!」
「あー、まァ普通だな」
強面で厳つい男達が即座に道を開ける。目尻を下げておべっかを使ってご機嫌を伺う相手は、彼らよりも背が低く、彼らよりもか細い身体をした女――そう、ヤヒロである。
◇
白ひげ海賊団は世界最強と謳われる海賊である。
エドワード・ニューゲートこと白ひげを筆頭に千六百人を有するこの海賊団には、1番から16番までの隊に分かれており、それぞれの隊の長には実力と人望を兼ね備えた者が就いている。
基本的には古株の中でそういった人物が順当に隊長に就くのだが、2番隊の隊長である火拳のエースは特別であった。彼は割と新参者でありながらも実力・人望・貢献度において群を抜いており大抜擢されたのだ。
又、白ひげ海賊団の船内において隊長達は一目置かれる存在である。
隊員達が廊下を占拠して喋っている所に一人の隊長が歩いて来ると、彼らは暗黙の了解でさっと道を開ける。そして、隊長に対して頭を下げて挨拶をする。これが見慣れた極々当り前とされる日常の光景だ。
白ひげ海賊団の隊長達は、性格がはっきりとしていて個性的だ。隊員達はそれぞれ隊長によって接し方を変えている。
エース、サッチ、ラクヨウ等は、明るく活発で細かいことを気にしない性格だ。その為、隊員達に対しても割とツーカーな態度で話をする。隊員達も目上に対する意識を持ってはいるが、割と彼らに対しては友達感覚に近い態度で接している。
その三人以外の隊長達は基本的に大らかではあるが圧倒的な威厳がある。
隊員達は尊敬の念を持って彼らと接する。もし仮に「タメ口で構わん、気楽に話せ」とビスタやジョズ辺りが許したとしても、隊員達は「恐れ多いです!!」と言って首を縦には振らないだろう。
又、彼らの中で特に異色なのはハルタだ。
見た目が爽やかな王子様風で童顔な為に割と親しみやすいと勘違いされやすい。だが彼は結構細かいことを気にするタイプで、「ちょっと気になったんだけどさ、態度なってないよね〜」と満面のキラキラ笑顔で釘を刺し、精神的に攻め立てて反省を促すことで有名だ。
更にイゾウもまた違って異色だ。
何も口にはしないし態度で示すこともないが、彼から発せられるオーラが高圧的で「態度を変えろ」と促すのだ。ワノ国の出身で知識や出で立ち等からして他の者達と一線を画す彼は、ある意味神格化されがちであったりする。
そんな隊長達から一線を画して隊員達が尊敬と畏敬の念を持って接する隊長がいる。
個性豊かな隊長達の筆頭に立ち、この船の取り纏め役であり実質No.2でもある1番隊隊長不死鳥マルコだ。規律を重んじ、至って真面目で責任感が強く、自分にも他人にも厳しい男だ。
「できない? やってもねェのにできないなんてただの言い訳だろうよい。やるだけやって、それでも無理なら死ぬ気でやれ。力尽きてぶっ倒れるまでだ。それで無理なら仕方が無ェから手伝ってやるよい」
仕事が出来ずに困り果てた隊員に相談された時、マルコは笑みを浮かべて答えるのだが、目は鋭く笑っていないことが多い。隊員達の誰もが一度はマルコに奈落の底へ突き落される経験をする。その為、マルコが歩けば誰もが即座に道を譲る。
挨拶は丁寧に且つ元気良く。
報告をする際は丁寧に且つ迅速に簡潔に。
隊員達の中でオヤジである船長を除いて忠誠の序列を組むならば、筆頭は誰しも1番隊隊長のマルコを挙げるだろう。
「マルコ隊長おはようございます!」
「あァ、おは」
「姐さん! おはようございます!!」
「――ょぃ……」
「マルコ隊長おはっ……姐さん! おはようございます!!」
「……」
隊員達は廊下でマルコと会うといつも通り道を開けて頭を下げて挨拶をする。しかし、マルコの背後にいるヤヒロに気付くと皆してヤヒロへ即座に挨拶をするようになった。それが例え彼らが『鬼隊長』と呼んで恐れているマルコが相手であってもヤヒロが優先されるという、この不思議な光景がこの船において当たり前になりつつあった。
「ヤヒロ、おれの後ろを歩くな」
「あん? 何で?」
「何でもだ! 前を歩け!!」
「は? だってほら、この船って無駄に広いから通路とかまだ覚えきれてねェし……」
「この通路の突き当たりを左に曲がって直ぐの所だよい」
「ん、わかった」
何故ヤヒロがこの船の中で一目置かれる存在になったのか。
何故マルコよりもヤヒロに重きが置かれるようになったのか。
全てはある日に行われた訓練が切っ掛けだった。
◇
甲板にて、1番隊と2番隊と4番隊の三部隊による合同訓練が行われる中、2番隊の隊長であるエースがヤヒロに声を掛けた。
「ヤヒロって強ェのか?」
「んー……わからん」
「おれと組手してみるのはどうだ?」
「あァ、良いよ」
鷹の目のミホークが推した人物なのだから相当の実力を備えているのだろうという認識は誰しもが持っていた。
しかし、見た目は自分達より細身であり何より女の身だ。宴の席における挨拶で意気揚々と啖呵を切って見せたヤヒロの気迫には驚かされたが、こと戦闘という点においては俄かには信じられないというのが本音だろう。
「あんまり無茶すんなよ。相手は強いって言ったって女の子なんだからよ」
準備運動をするヤヒロを見つめながらサッチはエースに多少の手加減はしろよと耳打ちした。マルコもまた傍で準備運動をするヤヒロを気遣って声を掛ける。
「エースは強ェから、あんまり無茶はするなよい」
屈伸運動しながら「はいよ」と適当に返事をして頷くヤヒロに、本当にわかってんのかとマルコは少しだけ眉を顰めた。
「はじめ!!」
合図と共にエースは間合いを詰めて攻撃を仕掛けた。
「あのバカ! 加減しろって言ったってェのに!」
女の子が殴られる姿なんて見たくも無いとサッチは片手で目元を覆った。
勝負は一瞬で決着した。
周りがシンと静まり返っている。
不審に思ったサッチは目を開けてみると、床に吸い付くように倒れているのはエースだ。
「え?」
予想に反した光景にサッチは思わず声を漏らした。その声は小さいものだったが、静まり返る甲板上では大きく聞こえた。
その声にハッと我に返ったのはサッチの隣で彼らを見守っていたマルコで、ヤヒロの元に歩み寄ったマルコは徐にヤヒロの両肩をガシッと掴んだ。
「な、何だ? どうした?」
驚きに満ちた顔を浮かべるマルコに、ヤヒロは戸惑った。
「ヤヒロ、お前……覇気が使えたのか?」
「は?」
「は?」
エースの攻撃を躱してヤヒロが繰り出したのは蹴り一発。それもかなり強引な蹴りで、傍から見れば喧嘩で良く見られる型に近い。つまり真正面から突き出す蹴りだ。それがエースの鳩尾に入ると鈍い音と共にエースの呻く声が零れてその場に倒れる結果となった。
エースは悪魔の実の能力者でメラメラの実を食べた炎人間だ。ロギア系の能力者に通常の攻撃は効かないはずなのだが、ヤヒロの攻撃は意図も簡単にダメージを与えた。――ということは、ロギアの能力者に有効打を与えることができる『武装色の覇気』をヤヒロは使えたことになる。
よって、マルコは覇気が使えたのかとヤヒロに質問したのだが――。
答えは「は?」である。それに対して同調するかのように「は?」となってしまうのは仕方が無い。誰でも同じ反応をするだろう。
呆然としたマルコだが、ハッとしてかぶりを振ると「今度はおれと勝負しろい」と決闘の申し込みをした。(訓練なので決闘というのはおかしいのだが……)
ヤヒロは一瞬だけ眉間に皺を寄せたが直ぐに笑みを浮かべて「おう」と頷いて了承した。
マルコが未だに蹲るエースの首根っこを掴んでサッチの方へと放り投げると、慌ててエースをキャッチしたサッチは、エースの顔を覗き込むと絶句した。痛みは勿論の事ながらその中に畏怖の念が含まれていたからだ。
おいおい、こりゃあ普通じゃねェって。
焦りにも似た気持ちでマルコとヤヒロの方へ視線を向けたサッチはマルコに声を掛ける。
「ま、マルコ! 本気でやらねェと負けるかもしれねェぞ!!」
「何…?」
何の冗談だと思ったマルコはサッチを一瞥したが、その時のサッチの顔が本気の顔だったことに驚いて目を丸くした。
「はじめ!!」
開始の合図と共にヤヒロへと視線を移したマルコは思わずギョッとして咄嗟にヤヒロから距離を取った。
―― な、何だよい……?
マルコの行動が見守っていた隊員達に動揺を誘ったのは言うまでもない。
あのマルコが開始の合図と共に慌ててヤヒロから距離を取ったのだ。そして、皆が挙ってヤヒロに視線を移した時、ぎゃああっ!?マジ怖い!!何この女!!? と、彼らは声にならない絶叫を上げる。
眉間に皺が寄せられたハの字の眉に眼付がとてつもなく鋭い。女がする表情とはとても思えない阿修羅のような顔がそこにあって実に好戦的。それでいて――
「やっぱり1番隊隊長様なだけあって強いな。相対しただけでゾクゾクするよ」
ニタァ……と笑う。
まだ実際戦ってもいないのにヤヒロから感じられるその圧倒的な威圧と好戦的だがそこはかとなく冷酷で残忍な様相はまさに阿修羅の如き鬼そのものだ。
「チッ!」
おれも攻撃を喰らう可能性が高ェってことかよい。
エースに対する攻撃が本物かどうか試すつもりだったのだが、マルコは本気にならざるを得ない状況に(何故か)追い込まれた。
とりあえずどう対処するかを算段する。
ヤヒロの攻撃を躱したら背後を取って力付くで地面に引き倒して抑える。
それに限るかと意を決したマルコは、地面を蹴って先に攻撃を仕掛けた。
間合いが一瞬で詰められるとヤヒロはカウンター宜しく的に右ストレートを放つ。しかし、それは空振りに終わる。
繰り出された右ストレートを躱したマルコは、高く飛んでヤヒロの頭に手を置いてふわりと背後に下りた。そして、ヤヒロの左腕を掴んで強引に引っ張って地面に押し倒そうとした。
その時――
瞬間的にニヤリと不敵な笑みを浮かべるヤヒロと目が合ったマルコは、背筋にゾクリと悪寒が走るのを感じて手を放した。
「うらああああっ!!!」
身体がなぎ倒される反動で右足を振り上げたヤヒロは、その足を変則的に動かしてマルコの首に目掛け打ち下ろした。
「くっ!?」
その攻撃を何とか躱すことができたマルコは、咄嗟に手を放したのが幸いだったと思った。だが――
ガシッ!
「!!」
「うらァ!!」
バシィッ!!
今度はヤヒロがマルコの左腕を掴むと右ストレートをマルコの左顎に向けて放った。
右手で咄嗟にその攻撃を受けたマルコだったが、予想に反してヤヒロのパンチ力は非常に重くて痺れを齎した。
こいつ、女の攻撃とは思えねェ!とマルコは舌打ちした。それに対してヤヒロはニッと不敵に笑った。
今度は何だ!?と警戒するマルコにヤヒロは叫んだ。
「手と足だけじゃねェ!!」
「!?」
マルコに防がれた右手に重心を置いて身体を浮かしたヤヒロは勢い良く――
「うらああっ!」
ゴスッ!!
頭突きをかました。
「「「えええええええっ!!!!!?」」」
「くっ……」
「っ、てェ〜!」
まさかの攻撃にマルコは涙目になりながら痛む額を手で押さえて驚きの表情を浮かべた。一方、思いのほか衝撃があったのかヤヒロも額を手で押さえて悶絶している。
女が男に頭突きをかます。
ヤヒロにとっては通常運転だ。ただ、まあ、ちょっと、いや、かなり痛かったのが想定外だが……。
そんな光景を目の当たりにした隊員達は思わず絶句している。
「お堅い性格なだけあってマルコは石頭だな」
「お、お前、女の身で頭突きなんてすんじゃねェよい!!」
「あ”ァ”!? 喧嘩に男も女もねェだろ! ゴルァッ!!」
「「「もう訓練じゃないんすね」」」
サッチは引き攣った顔のまま乾いた笑いを上げ、エースは身体を起こして未だに痛む鳩尾を摩りながら「あいつ、強いとかいうレベルの問題じゃねェ」と独り言ちた。
狂喜の狂気。そして、侠気の凶器。
まさにヤヒロにぴったりである。
「覇気じゃねェっていうなら何だよい!?」
「知るか!! 気合だ気合!!」
バキッ! ドカッ! ゴスツ!
「マジで痛ェよい! くそっ!!」
「ったりめェだ!! 本気で殴ってんだ!! 痛ェのは生きてる証だ!!」
ドカッ! ベキッ! バキッ! ガスッ!!
「くそっ! ヤヒロ! いい加減に折れろい!!」
「ふざけんな! マルコが折れろ!!」
「できねェ話だよい!!」
「そりゃこっちの台詞だ!!」
バキッ! ドカッ!! ゴスッ!!
最早、本当にただの喧嘩である。
ゼェゼェハァハァと息を切らしながら互いに譲らない。
殴る蹴るの応酬で口は切れて痣もできた。
しかし、マルコは不死鳥の能力者だ。
怪我を負っても再生の炎により傷が回復する為、外傷としてはヤヒロが劣勢で不利に見える。
「つーか、狡いぞ!!」
「あ”ァ”!?」
「チートかてめェ!!」
「意味わかんねェこと言ってんじゃねェよい!!」
「絶対ェぶっ倒す!!」
「はっ! おれに勝つなんざ百年早ェよい!」
「!! ん……だと……?」
プッツン……――と、ヤヒロはキレた。
ニタァと笑みが浮かび上がる。
再びあの残忍さを極めた外道染みた冷酷な笑みに青筋がプラスされてゴゴゴゴゴッという音が聞こえて来そうな程の威圧を纏う。
「なっ!?」
これには流石にマルコも驚きの声を上げると共に「ま、不味い」と気圧されて後退った。
「あー……ククククッ、マジで挽き肉にしてやんよ?」
パキッ! ポキッ!
拳を鳴らしながらゆらりとマルコに詰め寄るヤヒロのそれは最早人では無かった。
鬼なんて可愛いものだ。
もうあれは正に『鬼神』そのものだったと、隊員達は語っている。
擦りガラス越しで顔を隠して音声も変えた隊員Aさんが取材するサッチにこう答えた。
「マジで生きた心地しなかったですよ。可愛い顔してあれは無いですよねェ。マルコ隊長が本気でビビッてたんですよ? あの鬼隊長がですよ? 鬼は鬼でも鬼神には勝てないってことですよね」
「ふむふむ、成程」
サッチよ、お前も間近で見てたじゃねェか!!――と、読者の声が聞こえて来そうだが、サッチは何故かこの時の記憶がぼやけていて覚えていないという。
それは恐らく防衛本能からか、見てはいけない、聞いてはいけない、覚えていたら死んじゃうよ、といった精神的防衛本能が作動して記憶から抹消された為だろう。
あの後、再生の能力を駆使しながら夜まで続いた訓練という名の決闘という名の喧嘩は、とうとう決着が付かなかった。
船内にいたオヤジが「いつまでやってんだクソガキがァァァッ!!」と怒号を放つことで終止符を打ったのだ。
今回のこの件においてわかったことは、ヤヒロは怪我を負えば負う程、劣勢に立たされれば立たされる程、好戦的且つ狂暴化して強くなる傾向にあるということだ。
「ヤヒロ、お前、性別を間違って生まれて来ただろい」
「おー……それ、よく言われる」
「ったく、とんでもねェ奴だよいお前は」
「五月蝿ェな」
「あー、そうだ」
「あ?」
「今思い付いたよい」
「何を?」
「押し倒して殴打するよりキスした方が効果的だろうよい」
「それならそれで金蹴り刑だな」
「なら強姦だい」
「ふざけんなてめェ! 上等だァァァ!!」
「あ”ァ”!? まだ懲りねェみてェだない!!」
バキッ! ドカッ! ゴスッ!! ドカッ!!
「グララララ……反省が足りねェみてェだなァ。このハナッタレ共がァァァッ!!」
ミシミシミシッ!!!
「「!!」」
冬島の区域に入りかけた今夜はとても寒い。
反省しろと甲板に立たされたヤヒロとマルコは、再びいがみ合って喧嘩を始めた。しかし、再びオヤジの雷が落ちた。
覇王色の覇気を纏いグラグラの実を発動させて完全にプッツンモードのオヤジを前に、ヤヒロとマルコは互いの胸倉を掴み合ったまま停止して絶句した。そして、顔を見合わせた二人は引き攣った笑みを浮かべると……
「「すみませんでしたァァァ!!」」
「もうしねェだろうな?」
「「よい!!」」←ヤヒロまた釣られる
マルコとヤヒロは物凄い勢いで土下座した。とても素直に頭を下げて謝罪の弁を述べる。
冷え冷えした甲板はとても冷たい。手足の感覚が無くなりつつある。しかし、オヤジの怒りに比べれば何倍もマシというもの。
二人は寒さでガタガタと震えながら苦笑を浮かべつつ手と手を取り合い「ほ、ほら! 仲直りした(よい)!」と、わざとらしく大袈裟にアピールした。
「グラララララッ!!!」
オヤジは上機嫌に笑った。
それにホッと胸を撫で下ろしたヤヒロとマルコだった――が、
「またしやがったら本気でぶっ飛ばすからなァ覚悟しやがれハナッタレ共が」
オヤジは笑ってはいたがその声はとてつもなく冷え切ったもので、ヤヒロとマルコは手を取り合ったままピシッと石化した。
まさに死の宣告だ。
流石にヤヒロも大人しく素直に「はい」と答えることしかできなかった。
その後、それぞれ部屋に戻って大人しく過ごすのだが、ヤヒロは一人悶々としていた。
結局、決着つかずか……。
あー、くそ! 悔しい!
イライラは募るばかりで、今にも喉を掻っ切って殺してやろうかと脅してみせる程の負のオーラがドアから漏れ出した。
偶々廊下を歩いていた隊員はトラウマレベルの恐怖に襲われ、この日から数日間程、眠れぬ日々を送る羽目になった。
以降、その廊下は『通ってはいけない禁断の廊下』と噂されて歩く人が少なくなった。
そして、ほぼ冒頭に戻って現在――
「マルコ隊長おはようございます!」
「あァ、おは」
「姐さん! おはようございます!!」
「――ょぃ……」
「マルコ隊長おはっ……姐さん! おはようございます!!」
「……」
1番隊隊長のマルコは、確かに鬼のように厳しく怖い男だが、場合によっては温情を見せることもあるし、基本的には家族思いで律儀で優しい常識ある男だ。
故に、幸か不幸かヤヒロに比べたら親しみのある可愛い鬼だと隊員達に思われるようになった。
ルンルン気分で目的の部屋へと向かうヤヒロの背中を見送ったマルコは深い溜息を吐いた。
あいつを女として扱うには命が幾つあっても足りねェ気がする――と、項垂れ気味に頭をガシガシと掻いたマルコは、自分の仕事をしに自室へと戻るのだった。
「ん、おはよう」
「マジだぜ本当によ〜」
「へ〜、そりゃビビるよな〜。あっ! 姐さん! どうも! おはようございます!」
「姐御! 今日も大変ご機嫌が宜しいようで!!」
「あー、まァ普通だな」
強面で厳つい男達が即座に道を開ける。目尻を下げておべっかを使ってご機嫌を伺う相手は、彼らよりも背が低く、彼らよりもか細い身体をした女――そう、ヤヒロである。
◇
白ひげ海賊団は世界最強と謳われる海賊である。
エドワード・ニューゲートこと白ひげを筆頭に千六百人を有するこの海賊団には、1番から16番までの隊に分かれており、それぞれの隊の長には実力と人望を兼ね備えた者が就いている。
基本的には古株の中でそういった人物が順当に隊長に就くのだが、2番隊の隊長である火拳のエースは特別であった。彼は割と新参者でありながらも実力・人望・貢献度において群を抜いており大抜擢されたのだ。
又、白ひげ海賊団の船内において隊長達は一目置かれる存在である。
隊員達が廊下を占拠して喋っている所に一人の隊長が歩いて来ると、彼らは暗黙の了解でさっと道を開ける。そして、隊長に対して頭を下げて挨拶をする。これが見慣れた極々当り前とされる日常の光景だ。
白ひげ海賊団の隊長達は、性格がはっきりとしていて個性的だ。隊員達はそれぞれ隊長によって接し方を変えている。
エース、サッチ、ラクヨウ等は、明るく活発で細かいことを気にしない性格だ。その為、隊員達に対しても割とツーカーな態度で話をする。隊員達も目上に対する意識を持ってはいるが、割と彼らに対しては友達感覚に近い態度で接している。
その三人以外の隊長達は基本的に大らかではあるが圧倒的な威厳がある。
隊員達は尊敬の念を持って彼らと接する。もし仮に「タメ口で構わん、気楽に話せ」とビスタやジョズ辺りが許したとしても、隊員達は「恐れ多いです!!」と言って首を縦には振らないだろう。
又、彼らの中で特に異色なのはハルタだ。
見た目が爽やかな王子様風で童顔な為に割と親しみやすいと勘違いされやすい。だが彼は結構細かいことを気にするタイプで、「ちょっと気になったんだけどさ、態度なってないよね〜」と満面のキラキラ笑顔で釘を刺し、精神的に攻め立てて反省を促すことで有名だ。
更にイゾウもまた違って異色だ。
何も口にはしないし態度で示すこともないが、彼から発せられるオーラが高圧的で「態度を変えろ」と促すのだ。ワノ国の出身で知識や出で立ち等からして他の者達と一線を画す彼は、ある意味神格化されがちであったりする。
そんな隊長達から一線を画して隊員達が尊敬と畏敬の念を持って接する隊長がいる。
個性豊かな隊長達の筆頭に立ち、この船の取り纏め役であり実質No.2でもある1番隊隊長不死鳥マルコだ。規律を重んじ、至って真面目で責任感が強く、自分にも他人にも厳しい男だ。
「できない? やってもねェのにできないなんてただの言い訳だろうよい。やるだけやって、それでも無理なら死ぬ気でやれ。力尽きてぶっ倒れるまでだ。それで無理なら仕方が無ェから手伝ってやるよい」
仕事が出来ずに困り果てた隊員に相談された時、マルコは笑みを浮かべて答えるのだが、目は鋭く笑っていないことが多い。隊員達の誰もが一度はマルコに奈落の底へ突き落される経験をする。その為、マルコが歩けば誰もが即座に道を譲る。
挨拶は丁寧に且つ元気良く。
報告をする際は丁寧に且つ迅速に簡潔に。
隊員達の中でオヤジである船長を除いて忠誠の序列を組むならば、筆頭は誰しも1番隊隊長のマルコを挙げるだろう。
「マルコ隊長おはようございます!」
「あァ、おは」
「姐さん! おはようございます!!」
「――ょぃ……」
「マルコ隊長おはっ……姐さん! おはようございます!!」
「……」
隊員達は廊下でマルコと会うといつも通り道を開けて頭を下げて挨拶をする。しかし、マルコの背後にいるヤヒロに気付くと皆してヤヒロへ即座に挨拶をするようになった。それが例え彼らが『鬼隊長』と呼んで恐れているマルコが相手であってもヤヒロが優先されるという、この不思議な光景がこの船において当たり前になりつつあった。
「ヤヒロ、おれの後ろを歩くな」
「あん? 何で?」
「何でもだ! 前を歩け!!」
「は? だってほら、この船って無駄に広いから通路とかまだ覚えきれてねェし……」
「この通路の突き当たりを左に曲がって直ぐの所だよい」
「ん、わかった」
何故ヤヒロがこの船の中で一目置かれる存在になったのか。
何故マルコよりもヤヒロに重きが置かれるようになったのか。
全てはある日に行われた訓練が切っ掛けだった。
◇
甲板にて、1番隊と2番隊と4番隊の三部隊による合同訓練が行われる中、2番隊の隊長であるエースがヤヒロに声を掛けた。
「ヤヒロって強ェのか?」
「んー……わからん」
「おれと組手してみるのはどうだ?」
「あァ、良いよ」
鷹の目のミホークが推した人物なのだから相当の実力を備えているのだろうという認識は誰しもが持っていた。
しかし、見た目は自分達より細身であり何より女の身だ。宴の席における挨拶で意気揚々と啖呵を切って見せたヤヒロの気迫には驚かされたが、こと戦闘という点においては俄かには信じられないというのが本音だろう。
「あんまり無茶すんなよ。相手は強いって言ったって女の子なんだからよ」
準備運動をするヤヒロを見つめながらサッチはエースに多少の手加減はしろよと耳打ちした。マルコもまた傍で準備運動をするヤヒロを気遣って声を掛ける。
「エースは強ェから、あんまり無茶はするなよい」
屈伸運動しながら「はいよ」と適当に返事をして頷くヤヒロに、本当にわかってんのかとマルコは少しだけ眉を顰めた。
「はじめ!!」
合図と共にエースは間合いを詰めて攻撃を仕掛けた。
「あのバカ! 加減しろって言ったってェのに!」
女の子が殴られる姿なんて見たくも無いとサッチは片手で目元を覆った。
勝負は一瞬で決着した。
周りがシンと静まり返っている。
不審に思ったサッチは目を開けてみると、床に吸い付くように倒れているのはエースだ。
「え?」
予想に反した光景にサッチは思わず声を漏らした。その声は小さいものだったが、静まり返る甲板上では大きく聞こえた。
その声にハッと我に返ったのはサッチの隣で彼らを見守っていたマルコで、ヤヒロの元に歩み寄ったマルコは徐にヤヒロの両肩をガシッと掴んだ。
「な、何だ? どうした?」
驚きに満ちた顔を浮かべるマルコに、ヤヒロは戸惑った。
「ヤヒロ、お前……覇気が使えたのか?」
「は?」
「は?」
エースの攻撃を躱してヤヒロが繰り出したのは蹴り一発。それもかなり強引な蹴りで、傍から見れば喧嘩で良く見られる型に近い。つまり真正面から突き出す蹴りだ。それがエースの鳩尾に入ると鈍い音と共にエースの呻く声が零れてその場に倒れる結果となった。
エースは悪魔の実の能力者でメラメラの実を食べた炎人間だ。ロギア系の能力者に通常の攻撃は効かないはずなのだが、ヤヒロの攻撃は意図も簡単にダメージを与えた。――ということは、ロギアの能力者に有効打を与えることができる『武装色の覇気』をヤヒロは使えたことになる。
よって、マルコは覇気が使えたのかとヤヒロに質問したのだが――。
答えは「は?」である。それに対して同調するかのように「は?」となってしまうのは仕方が無い。誰でも同じ反応をするだろう。
呆然としたマルコだが、ハッとしてかぶりを振ると「今度はおれと勝負しろい」と決闘の申し込みをした。(訓練なので決闘というのはおかしいのだが……)
ヤヒロは一瞬だけ眉間に皺を寄せたが直ぐに笑みを浮かべて「おう」と頷いて了承した。
マルコが未だに蹲るエースの首根っこを掴んでサッチの方へと放り投げると、慌ててエースをキャッチしたサッチは、エースの顔を覗き込むと絶句した。痛みは勿論の事ながらその中に畏怖の念が含まれていたからだ。
おいおい、こりゃあ普通じゃねェって。
焦りにも似た気持ちでマルコとヤヒロの方へ視線を向けたサッチはマルコに声を掛ける。
「ま、マルコ! 本気でやらねェと負けるかもしれねェぞ!!」
「何…?」
何の冗談だと思ったマルコはサッチを一瞥したが、その時のサッチの顔が本気の顔だったことに驚いて目を丸くした。
「はじめ!!」
開始の合図と共にヤヒロへと視線を移したマルコは思わずギョッとして咄嗟にヤヒロから距離を取った。
―― な、何だよい……?
マルコの行動が見守っていた隊員達に動揺を誘ったのは言うまでもない。
あのマルコが開始の合図と共に慌ててヤヒロから距離を取ったのだ。そして、皆が挙ってヤヒロに視線を移した時、ぎゃああっ!?マジ怖い!!何この女!!? と、彼らは声にならない絶叫を上げる。
眉間に皺が寄せられたハの字の眉に眼付がとてつもなく鋭い。女がする表情とはとても思えない阿修羅のような顔がそこにあって実に好戦的。それでいて――
「やっぱり1番隊隊長様なだけあって強いな。相対しただけでゾクゾクするよ」
ニタァ……と笑う。
まだ実際戦ってもいないのにヤヒロから感じられるその圧倒的な威圧と好戦的だがそこはかとなく冷酷で残忍な様相はまさに阿修羅の如き鬼そのものだ。
「チッ!」
おれも攻撃を喰らう可能性が高ェってことかよい。
エースに対する攻撃が本物かどうか試すつもりだったのだが、マルコは本気にならざるを得ない状況に(何故か)追い込まれた。
とりあえずどう対処するかを算段する。
ヤヒロの攻撃を躱したら背後を取って力付くで地面に引き倒して抑える。
それに限るかと意を決したマルコは、地面を蹴って先に攻撃を仕掛けた。
間合いが一瞬で詰められるとヤヒロはカウンター宜しく的に右ストレートを放つ。しかし、それは空振りに終わる。
繰り出された右ストレートを躱したマルコは、高く飛んでヤヒロの頭に手を置いてふわりと背後に下りた。そして、ヤヒロの左腕を掴んで強引に引っ張って地面に押し倒そうとした。
その時――
瞬間的にニヤリと不敵な笑みを浮かべるヤヒロと目が合ったマルコは、背筋にゾクリと悪寒が走るのを感じて手を放した。
「うらああああっ!!!」
身体がなぎ倒される反動で右足を振り上げたヤヒロは、その足を変則的に動かしてマルコの首に目掛け打ち下ろした。
「くっ!?」
その攻撃を何とか躱すことができたマルコは、咄嗟に手を放したのが幸いだったと思った。だが――
ガシッ!
「!!」
「うらァ!!」
バシィッ!!
今度はヤヒロがマルコの左腕を掴むと右ストレートをマルコの左顎に向けて放った。
右手で咄嗟にその攻撃を受けたマルコだったが、予想に反してヤヒロのパンチ力は非常に重くて痺れを齎した。
こいつ、女の攻撃とは思えねェ!とマルコは舌打ちした。それに対してヤヒロはニッと不敵に笑った。
今度は何だ!?と警戒するマルコにヤヒロは叫んだ。
「手と足だけじゃねェ!!」
「!?」
マルコに防がれた右手に重心を置いて身体を浮かしたヤヒロは勢い良く――
「うらああっ!」
ゴスッ!!
頭突きをかました。
「「「えええええええっ!!!!!?」」」
「くっ……」
「っ、てェ〜!」
まさかの攻撃にマルコは涙目になりながら痛む額を手で押さえて驚きの表情を浮かべた。一方、思いのほか衝撃があったのかヤヒロも額を手で押さえて悶絶している。
女が男に頭突きをかます。
ヤヒロにとっては通常運転だ。ただ、まあ、ちょっと、いや、かなり痛かったのが想定外だが……。
そんな光景を目の当たりにした隊員達は思わず絶句している。
「お堅い性格なだけあってマルコは石頭だな」
「お、お前、女の身で頭突きなんてすんじゃねェよい!!」
「あ”ァ”!? 喧嘩に男も女もねェだろ! ゴルァッ!!」
「「「もう訓練じゃないんすね」」」
サッチは引き攣った顔のまま乾いた笑いを上げ、エースは身体を起こして未だに痛む鳩尾を摩りながら「あいつ、強いとかいうレベルの問題じゃねェ」と独り言ちた。
狂喜の狂気。そして、侠気の凶器。
まさにヤヒロにぴったりである。
「覇気じゃねェっていうなら何だよい!?」
「知るか!! 気合だ気合!!」
バキッ! ドカッ! ゴスツ!
「マジで痛ェよい! くそっ!!」
「ったりめェだ!! 本気で殴ってんだ!! 痛ェのは生きてる証だ!!」
ドカッ! ベキッ! バキッ! ガスッ!!
「くそっ! ヤヒロ! いい加減に折れろい!!」
「ふざけんな! マルコが折れろ!!」
「できねェ話だよい!!」
「そりゃこっちの台詞だ!!」
バキッ! ドカッ!! ゴスッ!!
最早、本当にただの喧嘩である。
ゼェゼェハァハァと息を切らしながら互いに譲らない。
殴る蹴るの応酬で口は切れて痣もできた。
しかし、マルコは不死鳥の能力者だ。
怪我を負っても再生の炎により傷が回復する為、外傷としてはヤヒロが劣勢で不利に見える。
「つーか、狡いぞ!!」
「あ”ァ”!?」
「チートかてめェ!!」
「意味わかんねェこと言ってんじゃねェよい!!」
「絶対ェぶっ倒す!!」
「はっ! おれに勝つなんざ百年早ェよい!」
「!! ん……だと……?」
プッツン……――と、ヤヒロはキレた。
ニタァと笑みが浮かび上がる。
再びあの残忍さを極めた外道染みた冷酷な笑みに青筋がプラスされてゴゴゴゴゴッという音が聞こえて来そうな程の威圧を纏う。
「なっ!?」
これには流石にマルコも驚きの声を上げると共に「ま、不味い」と気圧されて後退った。
「あー……ククククッ、マジで挽き肉にしてやんよ?」
パキッ! ポキッ!
拳を鳴らしながらゆらりとマルコに詰め寄るヤヒロのそれは最早人では無かった。
鬼なんて可愛いものだ。
もうあれは正に『鬼神』そのものだったと、隊員達は語っている。
擦りガラス越しで顔を隠して音声も変えた隊員Aさんが取材するサッチにこう答えた。
「マジで生きた心地しなかったですよ。可愛い顔してあれは無いですよねェ。マルコ隊長が本気でビビッてたんですよ? あの鬼隊長がですよ? 鬼は鬼でも鬼神には勝てないってことですよね」
「ふむふむ、成程」
サッチよ、お前も間近で見てたじゃねェか!!――と、読者の声が聞こえて来そうだが、サッチは何故かこの時の記憶がぼやけていて覚えていないという。
それは恐らく防衛本能からか、見てはいけない、聞いてはいけない、覚えていたら死んじゃうよ、といった精神的防衛本能が作動して記憶から抹消された為だろう。
あの後、再生の能力を駆使しながら夜まで続いた訓練という名の決闘という名の喧嘩は、とうとう決着が付かなかった。
船内にいたオヤジが「いつまでやってんだクソガキがァァァッ!!」と怒号を放つことで終止符を打ったのだ。
今回のこの件においてわかったことは、ヤヒロは怪我を負えば負う程、劣勢に立たされれば立たされる程、好戦的且つ狂暴化して強くなる傾向にあるということだ。
「ヤヒロ、お前、性別を間違って生まれて来ただろい」
「おー……それ、よく言われる」
「ったく、とんでもねェ奴だよいお前は」
「五月蝿ェな」
「あー、そうだ」
「あ?」
「今思い付いたよい」
「何を?」
「押し倒して殴打するよりキスした方が効果的だろうよい」
「それならそれで金蹴り刑だな」
「なら強姦だい」
「ふざけんなてめェ! 上等だァァァ!!」
「あ”ァ”!? まだ懲りねェみてェだない!!」
バキッ! ドカッ! ゴスッ!! ドカッ!!
「グララララ……反省が足りねェみてェだなァ。このハナッタレ共がァァァッ!!」
ミシミシミシッ!!!
「「!!」」
冬島の区域に入りかけた今夜はとても寒い。
反省しろと甲板に立たされたヤヒロとマルコは、再びいがみ合って喧嘩を始めた。しかし、再びオヤジの雷が落ちた。
覇王色の覇気を纏いグラグラの実を発動させて完全にプッツンモードのオヤジを前に、ヤヒロとマルコは互いの胸倉を掴み合ったまま停止して絶句した。そして、顔を見合わせた二人は引き攣った笑みを浮かべると……
「「すみませんでしたァァァ!!」」
「もうしねェだろうな?」
「「よい!!」」←ヤヒロまた釣られる
マルコとヤヒロは物凄い勢いで土下座した。とても素直に頭を下げて謝罪の弁を述べる。
冷え冷えした甲板はとても冷たい。手足の感覚が無くなりつつある。しかし、オヤジの怒りに比べれば何倍もマシというもの。
二人は寒さでガタガタと震えながら苦笑を浮かべつつ手と手を取り合い「ほ、ほら! 仲直りした(よい)!」と、わざとらしく大袈裟にアピールした。
「グラララララッ!!!」
オヤジは上機嫌に笑った。
それにホッと胸を撫で下ろしたヤヒロとマルコだった――が、
「またしやがったら本気でぶっ飛ばすからなァ覚悟しやがれハナッタレ共が」
オヤジは笑ってはいたがその声はとてつもなく冷え切ったもので、ヤヒロとマルコは手を取り合ったままピシッと石化した。
まさに死の宣告だ。
流石にヤヒロも大人しく素直に「はい」と答えることしかできなかった。
その後、それぞれ部屋に戻って大人しく過ごすのだが、ヤヒロは一人悶々としていた。
結局、決着つかずか……。
あー、くそ! 悔しい!
イライラは募るばかりで、今にも喉を掻っ切って殺してやろうかと脅してみせる程の負のオーラがドアから漏れ出した。
偶々廊下を歩いていた隊員はトラウマレベルの恐怖に襲われ、この日から数日間程、眠れぬ日々を送る羽目になった。
以降、その廊下は『通ってはいけない禁断の廊下』と噂されて歩く人が少なくなった。
そして、ほぼ冒頭に戻って現在――
「マルコ隊長おはようございます!」
「あァ、おは」
「姐さん! おはようございます!!」
「――ょぃ……」
「マルコ隊長おはっ……姐さん! おはようございます!!」
「……」
1番隊隊長のマルコは、確かに鬼のように厳しく怖い男だが、場合によっては温情を見せることもあるし、基本的には家族思いで律儀で優しい常識ある男だ。
故に、幸か不幸かヤヒロに比べたら親しみのある可愛い鬼だと隊員達に思われるようになった。
ルンルン気分で目的の部屋へと向かうヤヒロの背中を見送ったマルコは深い溜息を吐いた。
あいつを女として扱うには命が幾つあっても足りねェ気がする――と、項垂れ気味に頭をガシガシと掻いたマルコは、自分の仕事をしに自室へと戻るのだった。
鬼 神
【〆栞】