特別授業の噂
忍者学校へ通い始めてから、俺の生活は妙に二重になった。
朝は学校。
昼は授業。
帰りは買い物や家の手伝い。
その合間と裏側で、里内散歩を装った祓除生活。
忙しい。
いや本当に。
普通の五歳児として学校へ通うだけでも難易度が高いのに、その裏で呪霊を祓い、ついでに困ってるお年寄りを見つければ手を貸してしまうのだから、そりゃ一日が足りなくもなる。
片や呪霊。
片やお年寄り。
この落差よ。
夕暮れの路地で、低級の呪いへ解を走らせた次の瞬間には、杖を落とした婆さんへ駆け寄って拾っている。自分でも何なんだこの生活と思うが、見つけてしまったものは仕方ない。
しかも、お年寄りの方は日に日に対応が洗練されていた。
荷物の重さを見る。
歩幅を合わせる。
足元の段差をさりげなく先に言う。
転びそうな人には一歩先で身体を入れる。
こっちはこっちで、妙に慣れてきているのが嫌だった。
介護ヘルパー戦隊、今日も元気に活動中である。
やめてくれ、そんな隊名いらない。
だが現実として、俺は既に何人かの年配者から完全に顔を覚えられていた。
「まあ、オビトちゃん」
「今日もえらいねぇ」
「今度うち寄ってきなさいな」
寄らない。
寄らないけど、そう言われるくらいには定着している。
一方、見えないところでは呪霊も着実に処理していた。
低級は増える。
やはり、人がいるだけで澱みは生まれる。第三次忍界大戦の余波なのか、日常の疲れの積み重ねなのか、その両方か。里の中は思ったよりずっと淀みが多い。人へ直接害を成すもの、放っておけば育つもの、まだ影にとどまるもの。見つけて、選んで、祓う。
解。
捌。
極細の針。
水へ写した赤血操術の細い運用。
どれもよく馴染む。街中で目立たず処理するには、やはりこういう細く速い手札が向いていた。自分でも、どうしてもそちら側の感覚がしっくり来るなと思うことはあるが、考えても仕方ない。使えるなら使うだけだ。
そんなふうに、学校生活の裏で忙しくしていたある日、教室の空気が少しだけ変わった。
最初に気づいたのは、教師たちの足取りだった。
妙に落ち着かない。
廊下を行き来する回数が増え、職員室の戸が開閉する音も多い。授業中に入ってくる伝言役の忍もいる。露骨に慌てているわけではないが、何かの準備をしている時の気配があった。
何だろうな、と気になっていたら、昼休みにガイが大きな声で言った。
「火影様が来るらしいぞ!」
教室がざわつく。
ああ、噂になったか。
俺は箸を止めずに耳だけを向けた。
どうやら“火影直々の特別授業”が入るらしい。しかも突然ではなく、既に上の学年から順に実施が始まっている、という話だった。校庭で見た、いつもより張った空気の理由も、それで腑に落ちた。
火影対生徒。
一対一の組手で見る、とか何とか。
へえ、と他人事みたいに思う。
いやまあ、実際、まだ他人事だ。
上の学年から順にやるなら、俺たち一年目は最後だろう。すぐにどうこうではない。今のうちに情報だけ拾っておけばいい。そう考えていたら、隣の席のアスマが口を尖らせた。
「本当かよ、それ」
「ほんとだって! さっき上の学年のやつが言ってた!」
ガイは元気だ。
紅は少し緊張した顔をし、エビスは既に背筋を伸ばし始めている。イビキは表情を変えないが、耳は確実にこっちだ。リンは「火影様、こわい人かな」と小さく首を傾げ、カカシだけは黙っていた。
黙っていたが、目が少し変わった。
前を見たまま、意識だけがそちらへ向いたのが分かる。あいつはそういう時、余計な反応をしない。しないくせに、ちゃんと拾っている。
「カカシは、どう思う?」
リンがやわらかく尋ねると、カカシは少しだけ間を置いた。
「……別に」
出たな、別に。
でも今の別には、確実に別にじゃないものが混ざっている。火影。特別授業。一対一の組手。そういう響きに、闘志がないはずがない。白い牙の息子で、早く大人になりすぎた天才児で、できて当然を背負ってるあいつが、そこで何も感じないわけがなかった。
ガイはそんな空気を全部置き去りにして、「よーし! 火影様にも青春を見せてやる!」と盛り上がっている。
何だそれ。
相変わらず勢いで突っ走るやつだな、と少しだけ笑ってしまった。
その一方で、教師たちの間では準備が静かに進んでいた。
一年目の担任は、職員室の一角で資料をまとめながら、何度目かの見直しをしている。各生徒の現時点での評価、授業態度、実技の傾向。火影自ら見るというなら、事前の簡潔な把握は必要だ。
「一年目はまだ先で良かったですね」
別の教師がそう言うと、担任は小さく頷いた。
「上の学年で流れを作ってからの方がいいでしょう。あまり大袈裟にすると、子どもたちも構えすぎますし」
言いながら、視線は資料の上を滑っていく。
はたけカカシ。
うちはオビト。
やはりこの二人の名には、一瞬だけ手が止まる。
片や、誰の目にも分かる早熟。
片や、評判と実態が食い違い、なおかつ評価がしづらい子。
担任はため息をつきかけて、やめた。
今は判断する場ではない。実際に見てもらうのが一番早い。そう結論づけて、紙を整え直す。
その頃、はたけ家にも話は届いていた。
夕方、カカシが学校から戻る少し前のことだ。サクモは、学校関係者から伝わった“特別授業”の話を、静かに聞いていた。
「火影様が直に?」
「はい。学年ごとに通常授業の中へ組み込むそうです」
「ふうん」
穏やかに応じながらも、サクモの目は少しだけ細くなる。
火影自ら学校へ出向くというのは、珍しくはあっても不自然ではない。戦時下であればなおさら、子どもたちの様子を見ておきたいという判断はあり得る。だが、それでも意味はある。見られる側も、見る側も。
連絡を終えて相手が帰ったあと、サクモは一人で茶を淹れた。
湯気の向こうに、息子の顔を思い浮かべる。
カカシは、たぶん表には大きく出さない。
だが、内側では確実に意識するだろう。火影が来る。自分を見る。そうなれば、普段以上に崩さないはずだ。早く大人になりすぎた子どもは、こういう時ほど“できる自分”を外へ置こうとする。
その危うさを、父としては見ている。
同時に、もう一人の顔も浮かんだ。
ゴーグルの子。
マヒトの子。
うちはオビト。
学校での噂は、サクモの耳にも届いていた。落ちこぼれではない。むしろ、妙にできる。できるくせに、出し方が不自然。そういう話だった。
特別授業か、とサクモは思う。
火影の前で、あの子がどう立つのか。
それは少し気になる。
一方、うちは集落でも学校経由の話は静かに広がっていた。
子どもが家で話す。
親が聞く。
それがまた別の家へ流れる。
外れの家の子が、学校でかなりできるらしい。
そんな噂が、やがてフガクの耳にも届く。
「火影様が学校へ出向くそうです」
報告のついでのように差し出された話に、フガクは視線だけを上げた。
「……ほう」
「上の学年から順に、特別授業の形で」
「そうか」
短い返答のあと、沈黙が落ちる。
フガクは何も急がない。だが、耳に入った二つの話は、彼の中で静かに並んでいた。火影が学校を見ること。そこに、マヒトの子がいること。
まだ確かな何かがあるわけではない。
ただ、意識は強まる。
以前一度見かけた小さな背中。父の名に反応した目。学校での評価。外れの家という立場に収まりきらない何か。
マヒトの子、とフガクは心の中で改めて呼んだ。
表に出すほどではない。庇護でもない。だが、一族の長になる男として、見ておくべき子の一人へ静かに近づいている感覚があった。
その頃の俺は、相変わらず学校帰りの道で忙しかった。
特別授業の噂は聞いた。
火影が来るらしいことも知った。
だが今すぐ俺の学年に回ってくるわけじゃない。だったら、今は目の前のことだ。
味噌を買う。
豆腐を持つ。
婆さんの荷物を支える。
ついでに低級の呪霊を始末する。
情報量が多い。
道端の影に、澱みが一つ。
人へ寄り始めている。
なら放置しない。
指先だけで解を流す。
霧散。
そのまま歩くと、今度は道の端で腰をさすっている爺さんがいる。
「あの、大丈夫?」
五歳児の声でそう聞けば、相手は少し驚いたあと、苦笑する。
「ちょいと腰がのう」
「座る?」
「いや、すぐ行ける」
じゃあせめて、と思って荷物だけを持つ。
本当にこの落差よ。
片や呪霊。
片やお年寄り。
だが、どちらも俺にとっては“見つけたら放っておけないもの”でしかなかった。
家へ戻る頃には、空は夕方へ傾いている。祖母へ買い物袋を渡し、靴を脱ぎながら、ふと今日の噂話を思い出した。
火影の特別授業。
まだ先。
でも、確実に来る。
その時までに、もう少し“普通の五歳児”の調整を覚えたいところだが、正直かなり怪しい。
やらかし継続中だしな……。
そんなことを考えつつ、俺は台所の方を見た。
祖母が夕餉の支度をしている。家の中には生活の音がある。外では噂が広がり、学校では準備が進み、知らないところで大人たちの目が動いている。
それでも、今ここにあるのは味噌汁の匂いだ。
だったらまずは、こっちだ。
俺は鞄を置いて、そっと台所へ寄った。
「何か、やる?」
祖母が少しだけ振り向いて笑う。
「じゃあ、その菜っ葉を取っておくれ」
「うん」
特別授業が来るのは、まだ少し先。
それまでは、学校と家と、祓除と、お年寄り対応。
相変わらず忙しい。
でも、まあ。
それでいいか、と思いながら、俺は菜っ葉をちぎり始めた。
朝は学校。
昼は授業。
帰りは買い物や家の手伝い。
その合間と裏側で、里内散歩を装った祓除生活。
忙しい。
いや本当に。
普通の五歳児として学校へ通うだけでも難易度が高いのに、その裏で呪霊を祓い、ついでに困ってるお年寄りを見つければ手を貸してしまうのだから、そりゃ一日が足りなくもなる。
片や呪霊。
片やお年寄り。
この落差よ。
夕暮れの路地で、低級の呪いへ解を走らせた次の瞬間には、杖を落とした婆さんへ駆け寄って拾っている。自分でも何なんだこの生活と思うが、見つけてしまったものは仕方ない。
しかも、お年寄りの方は日に日に対応が洗練されていた。
荷物の重さを見る。
歩幅を合わせる。
足元の段差をさりげなく先に言う。
転びそうな人には一歩先で身体を入れる。
こっちはこっちで、妙に慣れてきているのが嫌だった。
介護ヘルパー戦隊、今日も元気に活動中である。
やめてくれ、そんな隊名いらない。
だが現実として、俺は既に何人かの年配者から完全に顔を覚えられていた。
「まあ、オビトちゃん」
「今日もえらいねぇ」
「今度うち寄ってきなさいな」
寄らない。
寄らないけど、そう言われるくらいには定着している。
一方、見えないところでは呪霊も着実に処理していた。
低級は増える。
やはり、人がいるだけで澱みは生まれる。第三次忍界大戦の余波なのか、日常の疲れの積み重ねなのか、その両方か。里の中は思ったよりずっと淀みが多い。人へ直接害を成すもの、放っておけば育つもの、まだ影にとどまるもの。見つけて、選んで、祓う。
解。
捌。
極細の針。
水へ写した赤血操術の細い運用。
どれもよく馴染む。街中で目立たず処理するには、やはりこういう細く速い手札が向いていた。自分でも、どうしてもそちら側の感覚がしっくり来るなと思うことはあるが、考えても仕方ない。使えるなら使うだけだ。
そんなふうに、学校生活の裏で忙しくしていたある日、教室の空気が少しだけ変わった。
最初に気づいたのは、教師たちの足取りだった。
妙に落ち着かない。
廊下を行き来する回数が増え、職員室の戸が開閉する音も多い。授業中に入ってくる伝言役の忍もいる。露骨に慌てているわけではないが、何かの準備をしている時の気配があった。
何だろうな、と気になっていたら、昼休みにガイが大きな声で言った。
「火影様が来るらしいぞ!」
教室がざわつく。
ああ、噂になったか。
俺は箸を止めずに耳だけを向けた。
どうやら“火影直々の特別授業”が入るらしい。しかも突然ではなく、既に上の学年から順に実施が始まっている、という話だった。校庭で見た、いつもより張った空気の理由も、それで腑に落ちた。
火影対生徒。
一対一の組手で見る、とか何とか。
へえ、と他人事みたいに思う。
いやまあ、実際、まだ他人事だ。
上の学年から順にやるなら、俺たち一年目は最後だろう。すぐにどうこうではない。今のうちに情報だけ拾っておけばいい。そう考えていたら、隣の席のアスマが口を尖らせた。
「本当かよ、それ」
「ほんとだって! さっき上の学年のやつが言ってた!」
ガイは元気だ。
紅は少し緊張した顔をし、エビスは既に背筋を伸ばし始めている。イビキは表情を変えないが、耳は確実にこっちだ。リンは「火影様、こわい人かな」と小さく首を傾げ、カカシだけは黙っていた。
黙っていたが、目が少し変わった。
前を見たまま、意識だけがそちらへ向いたのが分かる。あいつはそういう時、余計な反応をしない。しないくせに、ちゃんと拾っている。
「カカシは、どう思う?」
リンがやわらかく尋ねると、カカシは少しだけ間を置いた。
「……別に」
出たな、別に。
でも今の別には、確実に別にじゃないものが混ざっている。火影。特別授業。一対一の組手。そういう響きに、闘志がないはずがない。白い牙の息子で、早く大人になりすぎた天才児で、できて当然を背負ってるあいつが、そこで何も感じないわけがなかった。
ガイはそんな空気を全部置き去りにして、「よーし! 火影様にも青春を見せてやる!」と盛り上がっている。
何だそれ。
相変わらず勢いで突っ走るやつだな、と少しだけ笑ってしまった。
その一方で、教師たちの間では準備が静かに進んでいた。
一年目の担任は、職員室の一角で資料をまとめながら、何度目かの見直しをしている。各生徒の現時点での評価、授業態度、実技の傾向。火影自ら見るというなら、事前の簡潔な把握は必要だ。
「一年目はまだ先で良かったですね」
別の教師がそう言うと、担任は小さく頷いた。
「上の学年で流れを作ってからの方がいいでしょう。あまり大袈裟にすると、子どもたちも構えすぎますし」
言いながら、視線は資料の上を滑っていく。
はたけカカシ。
うちはオビト。
やはりこの二人の名には、一瞬だけ手が止まる。
片や、誰の目にも分かる早熟。
片や、評判と実態が食い違い、なおかつ評価がしづらい子。
担任はため息をつきかけて、やめた。
今は判断する場ではない。実際に見てもらうのが一番早い。そう結論づけて、紙を整え直す。
その頃、はたけ家にも話は届いていた。
夕方、カカシが学校から戻る少し前のことだ。サクモは、学校関係者から伝わった“特別授業”の話を、静かに聞いていた。
「火影様が直に?」
「はい。学年ごとに通常授業の中へ組み込むそうです」
「ふうん」
穏やかに応じながらも、サクモの目は少しだけ細くなる。
火影自ら学校へ出向くというのは、珍しくはあっても不自然ではない。戦時下であればなおさら、子どもたちの様子を見ておきたいという判断はあり得る。だが、それでも意味はある。見られる側も、見る側も。
連絡を終えて相手が帰ったあと、サクモは一人で茶を淹れた。
湯気の向こうに、息子の顔を思い浮かべる。
カカシは、たぶん表には大きく出さない。
だが、内側では確実に意識するだろう。火影が来る。自分を見る。そうなれば、普段以上に崩さないはずだ。早く大人になりすぎた子どもは、こういう時ほど“できる自分”を外へ置こうとする。
その危うさを、父としては見ている。
同時に、もう一人の顔も浮かんだ。
ゴーグルの子。
マヒトの子。
うちはオビト。
学校での噂は、サクモの耳にも届いていた。落ちこぼれではない。むしろ、妙にできる。できるくせに、出し方が不自然。そういう話だった。
特別授業か、とサクモは思う。
火影の前で、あの子がどう立つのか。
それは少し気になる。
一方、うちは集落でも学校経由の話は静かに広がっていた。
子どもが家で話す。
親が聞く。
それがまた別の家へ流れる。
外れの家の子が、学校でかなりできるらしい。
そんな噂が、やがてフガクの耳にも届く。
「火影様が学校へ出向くそうです」
報告のついでのように差し出された話に、フガクは視線だけを上げた。
「……ほう」
「上の学年から順に、特別授業の形で」
「そうか」
短い返答のあと、沈黙が落ちる。
フガクは何も急がない。だが、耳に入った二つの話は、彼の中で静かに並んでいた。火影が学校を見ること。そこに、マヒトの子がいること。
まだ確かな何かがあるわけではない。
ただ、意識は強まる。
以前一度見かけた小さな背中。父の名に反応した目。学校での評価。外れの家という立場に収まりきらない何か。
マヒトの子、とフガクは心の中で改めて呼んだ。
表に出すほどではない。庇護でもない。だが、一族の長になる男として、見ておくべき子の一人へ静かに近づいている感覚があった。
その頃の俺は、相変わらず学校帰りの道で忙しかった。
特別授業の噂は聞いた。
火影が来るらしいことも知った。
だが今すぐ俺の学年に回ってくるわけじゃない。だったら、今は目の前のことだ。
味噌を買う。
豆腐を持つ。
婆さんの荷物を支える。
ついでに低級の呪霊を始末する。
情報量が多い。
道端の影に、澱みが一つ。
人へ寄り始めている。
なら放置しない。
指先だけで解を流す。
霧散。
そのまま歩くと、今度は道の端で腰をさすっている爺さんがいる。
「あの、大丈夫?」
五歳児の声でそう聞けば、相手は少し驚いたあと、苦笑する。
「ちょいと腰がのう」
「座る?」
「いや、すぐ行ける」
じゃあせめて、と思って荷物だけを持つ。
本当にこの落差よ。
片や呪霊。
片やお年寄り。
だが、どちらも俺にとっては“見つけたら放っておけないもの”でしかなかった。
家へ戻る頃には、空は夕方へ傾いている。祖母へ買い物袋を渡し、靴を脱ぎながら、ふと今日の噂話を思い出した。
火影の特別授業。
まだ先。
でも、確実に来る。
その時までに、もう少し“普通の五歳児”の調整を覚えたいところだが、正直かなり怪しい。
やらかし継続中だしな……。
そんなことを考えつつ、俺は台所の方を見た。
祖母が夕餉の支度をしている。家の中には生活の音がある。外では噂が広がり、学校では準備が進み、知らないところで大人たちの目が動いている。
それでも、今ここにあるのは味噌汁の匂いだ。
だったらまずは、こっちだ。
俺は鞄を置いて、そっと台所へ寄った。
「何か、やる?」
祖母が少しだけ振り向いて笑う。
「じゃあ、その菜っ葉を取っておくれ」
「うん」
特別授業が来るのは、まだ少し先。
それまでは、学校と家と、祓除と、お年寄り対応。
相変わらず忙しい。
でも、まあ。
それでいいか、と思いながら、俺は菜っ葉をちぎり始めた。
【〆栞】