perpetual

 一週間を二回と、それから夜を五回越えた。今日は麗らかな休日。流石に海馬コーポレーションも会社なので人の気配は普段よりずっと希薄だ。
瀬人の趣味なのか白を基調とする高貴な雰囲気漂う社内を珍しく私は一人で歩く。普段一人で歩くことがないっていうのは大体モクバかイソノさん達がいる時しか私は部屋から出ないからだ。平日はそもそもほとんど学校だし一般市民で学生な私は海馬コーポレーション内部には基本何の用もない。

 それでも今日社内を歩いているのは私がモクバを探しているから。
昨日「特にすることないぜ」って言っていたからたぶんどこかで遊んでいるじゃないかと思う。あんまり慣れてない広い広いこの建物の中一人きりなのは少し不安を感じるけれど、折角の休日なのにモクバに会えないのは楽しくない。

 建物の上層まで登って、いかにもお偉い様がいるような雰囲気を漂わせる分厚そうな美しい木の扉をノックして開く。まだ小学生とはいえ副社長のモクバなのだからどこか偉そうな部屋にいるんじゃないかと思ったから。しかしながらそこにいたのは黒髪の副社長じゃなくて茶髪の社長様だった。

「…ここ、モクバいない?」

 瀬人と話題に出来る事が思いつかなくて、とりあえず素直に抱えていた質問を口にする。

「ここは俺の部屋だ」

 なるほど、だからいないと。
素っ気ない口調から続ける会話は思い浮かばない。
かと言って「あ、そう。じゃあさよなら」なんていうのは人としてどうかと思う。
手持ち無沙汰に机まで近付いて、大きなデスクで軽やかなタイピングの音を響かせている瀬人を見下ろす。瀬人のつむじを見下ろしたのはこれが人生で二回目かもしれない。滅多矢鱈に背高くなったな。
する事もなくしばらくそのまま眺めていたけれど、ふと机の上にある不思議な物に気付く。パソコンのすぐ側にあるケーキ。瀬人がケーキを食べるタイプなのかどうかは別としてそれ自体は別に珍しくともなんともない。
問題はケーキに乗ったシュガークラフト、マジパンだ。細長…いや太長めの棒にシルクハットみたいなものが乗っているシンプルな飾り。なんか見たことあると記憶を探って、チェスのなんとかの駒だということをふと思い出す。
それにしても珍しいマジパンだな。見るとでもなく見ていると、綺麗な男性の指がそれを摘まむ。

「チェスを知っているか」
「うん、瀬人とモクバがよくしてた」

 ふぅん、と相槌なのか鼻で笑っているのかよくわからない瀬人。といってもそれ以外の知識はないので話題をふられても困るし「ルールとかは全然知らないけど」と一応付け足す。

「駒の価値は常にその情勢によって変化していく。ただ一人の意思だけで動くわけではない世界ではその時その時で存在価値が違ってくる。しかしそこに意味を持たず存在するだけという観点においては大した駒でもないというのにただ取られてはならないというだけでその無限の価値は成り立っている」

 瀬人が言っているのがチェスの話なのかはたまた全く別の話なのか見当は付かないけど尋ねてもどうせ意味がないので、とりあえず一区切り付くまで沈黙を守ることにする。

「こちらが一つ動かすだけで道が開けることも閉じることもある。一つの手の間に二つ三つの駒が動くこともあるか。…高みから動きと機会を見下ろすだけでは出す手は遅れる」

 持ったままのマジパンをチラリと見て瀬人はパソコンを睨んだ。

「ふん…自らが動かさなければ得る利もないということか…」
「…瀬人の言ってることはよくわかんない」
「それでいい」

 瀬人が何やら自分で納得したようなところで一応会話みたいに呟く。何!?貴様!口を挟んだかと思えば!馬鹿めが!くらい言われるかと思ったけど瀬人の声の響きは想像よりもずっと昔の瀬人らしかった。

「…お前はそれでいい」

 そうなの?と開きかけた口に瀬人はやたら細長い手の先のやたら細長い指で摘まんでいたマジパンを突っ込んでくる。なんなんだ一体。
対応に困ってマジパンを咥えたまま突っ立っていると瀬人はフォークでケーキを一口大に切る。…え、この状況でケーキだけ食べるの?特別に作らせたっぽいのに瀬人はマジパン嫌いなんだろうか。チェス好きとしてただの飾りとして置いてただけなのか。とりあえずお食事するなら退出したほうがいいのかな、と考えたけれど瀬人はケーキを刺すと口を開けずにフォークの先をこっちに向ける。

 …まさか。

「食え」

 どこまでも堂々としてるぶん、瀬人が今やっている動作とはとてもちぐはぐだ。

「どうした、甘い物は嫌いではないだろう」
「………」

 もちろん嫌いじゃない、いや好きだけれどそれ以前に言いたいことがいろいろある。
でもそれにはまず口の砂糖菓子をどうにかするしかない。思い切って最後まで口の中に押し込んでみると、砂糖で出来た駒は案外脆く舌の上で折れて砕けた。


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