今と昔は別物変わりゆくもの


 
 レストランで暫く時間を潰し、ちらほらと他の客が増え始めた頃ようやくヒカリが姿を現した。
 後ろには黄色いひよこ頭の少年がいて、きょろきょろとレストランの中を物珍しそうに見回している。
 なんとも言えない表情をしたヒカリは私と目が合うと一目散に駆け寄ってきて、ぎゅう、と首に抱き着いてきた。
 苦しい、けどヒカリは頑張ったのだろうしそのまま耐えることにしてヒカリの頭を撫でる。ぐりぐりと顔を押し付けられた肩がじわりと濡れたような。

「お、コウキじゃん。昨日ぶり! こっちは……もしかしてヒカリの姉ちゃん?」
「そうだよ。名前っていうの。よろしく」
「オレはジュン! よろしくな、名前さん」

 何となく知ってはいたけど直接顔を合わせるのは初めてのひよこ頭、ジュンと挨拶をする。部屋に篭もっていた頃から思っていたけど、とても声が大きい。

「二人とも飯まだ? 一緒に食べよーぜ!」
「そろそろお昼だし……うん、そうしようか!」
「ヒカリ、ご飯だって。何食べる?」
「……オムライス」

 ずび、と鼻を啜る音。そんなに、あの場所は嫌だったか。
 鞄からティッシュを取り出してヒカリに渡し、一度身体を離す。

「あのね、お姉ちゃん」
「なに?」
「わたし、今度はちゃんと、違うって言えたの」
「……そう」

 何の話かは、主語が無いからさっぱり分からない。
 でもヒカリが頑張れたのなら、良かったのだろう。

「お疲れ様」
「……うん!」

 ヒカリが浮かべたのはすっきりとした晴れやかな笑顔。トレーナーズスクールに行くのはまだ早かったんじゃないかと思いもしたが、どうやら大丈夫だったみたいだ。
 四人でカウンターに行き、料理を注文する。
 ポケモンセンターのレストランは忙しくない時間帯に作り置きした料理を温め直したり盛り付けるだけなので、そう待つことなく料理が出てくる。さっきまで座っていた席に戻れば、テーブルは四つのトレイで一杯だ。四人で座るには少し狭い気がするが、ヒカリ達は気にしていないようだ。
 ぽつりぽつりと雑談をしながら食事を始める。

「そういえばさー、さっきトレーナーズスクールの見学させてもらってたんだけど、なんか変なことに巻き込まれて大変だったんだぜー」
「変なこと? スクール内でそんなこと起きるんだ?」
「おう。スクール内でこっそりポケモンバトルしてる奴らがいたからさ、バトルレコーダーで録画して先生にチクったら親とか沢山来て怒鳴られたり褒められたりめちゃくちゃ大変だった!」
「……それって」

 ジュンの話を聞いていたコウキが大きく目を見開いて私を見た。
 ポケモンを出してはいけない筈のスクール内でのバトル。ついさっき、コウキには話したばっかりだ。
 隣に座るヒカリを見るとこくりと頷かれる。

「バトルをしてたのは八年前、スクールの裏庭でバトルをしてた人と同じ人だった。怒鳴ってきた親っていうのはその人のお父さんで、褒めてくれた人は、今日ポケモンバトルに巻き込まれて怪我をしそうになった子のお母さんだったの」

 ヒカリとジュンがトレーナーズスクールを見学していた時、ポケモンに技を指示する声が聞こえたらしい。それで二人は様子を見に行きポケモンバトルをしているスクールの生徒達と遭遇。ちょうどジュンが持っていたバトルレコーダーでバトルの様子を録画していると、外れた攻撃が近くに居た子に当たりそうになりヒカリとアリマサがその子を助けて、そこに偶然スクールの教師が通り掛かって揉め事になったのだそうだ。

「あそこにいた奴ら全員、示し合わせたみたいに俺らが勝手に入ってきてポケモンバトルを始めたって言うんだぜ。ま、オレのバトルレコーダーにちゃんと証拠の映像が残ってたからそんなの嘘っぱちだって簡単に証明出来たけどな!」
「慣れてる感じだったから今までも同じように誤魔化してたのかも。……あの人、あの頃から変わってないみたい」

 揃ってへの字口になる二人は大層ご立腹のようだ。
 当然だろう。知らない人に突然冤罪をかけられたのだから。
 苛立ち紛れにか二人は料理をもっきゅもっきゅと口に詰め込み頬を膨らませる。

「バトルレコーダーの映像があるってことは、もうその人達は悪いことは出来ないってことかな」
「隠れてポケモンバトル、なんてことは出来ないかもしれないけど、どうだろうね。特に主犯の性格の悪さはこれぐらいじゃ治ると思えないし」
「……他の悪さをするんですか」
「既にしてるかもよ。バトルだけは流石に見張りがつくだろうからしないと思うけど、私がスクールに通ってる頃、いろんな子の持ち物欲しがってカツアゲしたり盗んだりしてたから」

 欲しいものは何がなんでも手に入れる。欲しがれば何でも貰える。そういう風に甘やかされて育った子だった。悪い事をしたって親は叱るどころか庇って、被害を受けた方の子の落ち度を責める。教師達も皆あの子の味方。何故なら、あの子の親は強いポケモンを持つ強いエリートトレーナーで、多額の寄付をスクールにしていたからだ。
 なんともタチの悪い親子だ。

「それで、その後はどうなったの?」
「生徒全員集められて事情聴取? みたいなのされて、親が呼ばれて話し合い、だったよな?」
「そうそう。それで、怪我しそうになってた子のお母さん、この辺りで一番強いエリートトレーナーさんで、流石のスクールの先生達もタジタジ!」
「バトルレコーダーっていう証拠があって今回のことは絶対誤魔化せないから、これをきっかけに今までにも被害があった子を調べてオトシマエつけさせるって言っててめちゃくちゃかっこよかったんだぜ!」

 興奮したようにジュンとヒカリは顔を見合わせあの時はどうだったこんなところがかっこよかったと話し始める。どうやら昔みたいに、私のようにはならないようだ。
 ……私は今、どんな顔をしているだろう。安心している? それとも、私は庇ってもらえなかったのにと、妬んでいる?

「それにしても、ヒカリって意外と演技派だったんだなー」
「あ、ちょっとジュン!」
「演技派?」
「ヒカリが確信を持って悪さした奴ら問い詰めるから、なんであんたみたいな部外者がそんなこと言えるんだってブチ切れられてさ、ヒカリは、私も同じ目に遭ったことがある、ポケモンを傷付けてまで私を庇ってくれたお姉ちゃんはあなた達に責められて悪者にされて先生にも助けてもらえなかった、そのせいでお姉ちゃんは……って意味深な感じで言葉区切って泣き始めたんだ。何を想像したのか、そこに居た奴ら皆してスゲー顔色悪くなって黙っちまったんだぜ!」

 誤魔化すことしか考えてなかった奴らが自分達のしたことでどんなことが起こるか気付いたの、めちゃくちゃスッキリした。そう言うジュンはざまぁみろと続けそうな言葉のわりに、とても晴れやかな笑顔している。
 ヒカリは気まずそうに眉を八の字に顰め、私の方を見た。まるで怒られる前の子供のように。

「……ごめんなさい、お姉ちゃん。誤解招くようなことして……」
「別に構わないよ。向こうが勝手に想像することだもの。ヒカリは嘘は言ってないしね」

 あまり褒められたことでは無いだろうけど、あちらには良い薬になるんじゃないかな。それに、あちらが追い詰めたのは私だけじゃないかもしれないし、案外嘘にはならない可能性もある。……嘘で終わってほしいものだが。

「主犯格の、エリートトレーナーの親がいる子はどうなるんだろう」
「普通に考えればスクールを辞めるだろうけどねぇ。年齢的にそのまま卒業することも考えられるね。あの子は私と同い年だった筈だから」

 トレーナーズスクールは、生徒が好きな時に卒業出来る。トレーナーとしての基礎は入ってすぐに叩き込まれるから、スクールに入って一ヶ月程で卒業なんてことも珍しくない。ただしそれは普通のトレーナーの場合だ。
 恐らくあの子は、親と同じようにエリートトレーナーになるため勉強していた筈だ。エリートトレーナーになる為には最低でも十五歳まで勉強しなくてはならないが、私と同い年のあの子は今十五歳。
 ポケモントレーナーになるだけなら、スクールに通って一ヶ月で卒業しても、途中でスクールを辞めても、スクール自体に通わなくても、誰でも出来ることだ。ポケモンを捕まえてトレーナーを名乗れば、それでポケモントレーナーになれる。
 けれどエリートトレーナーは違う。エリートトレーナーは、ポケモンと人間の境界を守る者だ。強いポケモンが人の領域に入ってこないよう、愚かな人がポケモンの縄張りを侵さないよう、知識と実力をもって境に立つ。エリートトレーナーになる為にはそれだけの力が必要で、力を得るためには時間を掛けなければならない。
 わざわざ十五になるまで学んだのだ。卒業ということにしてしまえばエリートトレーナーになれるのだから、親の力でゴリ押しするのではないかと思う。
 エリートトレーナーに相応しいとは言えない子だけれど。

「あんなやつがエリートトレーナーになれるなら、誰でもエリートトレーナーになれちまうぜ」

 ジュンが心底嫌そうな顔で吐き捨てるように言う。たった数十分で随分な嫌いようだ。まあ、気持ちは分からなくもない。
 直接会ったヒカリも、話を聞いただけのコウキも、深く頷いて眉間に皺を寄せる。
 といっても、結局のところ私達にはあの子がどうするかなんて関係の無い話だ。スクールを卒業してエリートトレーナーになったからといって、活躍出来るとは限らない。あの子の親のように運良く強いポケモンと巡り合わない限りは、不真面目なあの子が優秀なエリートトレーナーと呼ばれることはないと思う。あの子がエリートトレーナーになろうとならまいと、誰かに迷惑を掛けないならそれでいい。
 なんとなく話題が尽きて、無言で食事を口に運ぶ。
 私達の机以外は、恐らく普段通りだろう穏やかなざわめきに満ちていた。


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