「ん〜…」


ざぶん、ざぶんと波が静かに押しては引いて。
ここは青い青い大海原のど真ん中。
辺りを見渡しても、島の影一つ見えはしない。
本日は晴天也。
燦々と降り注ぐ日差しを遮るものは何もなく、この大きな白鯨の船の船首は、お昼寝するにはなんともうってつけのスポットである。


「はぁ…たまらん〜…」


太陽をたっぷり浴びて、全身の毛が天日干ししたタオルのようにぽかぽか暖かくなって。
静かに靡く毛並みを海風が優しく撫でていく。
その心地よさに思わずお腹を天に向けて、ごろんと寝返り。尻尾は無意識にぱたぱたと軽快に上下する。


ふぁぁ、とこれでもかと大きな口を開けてあくびをひとつ。
うとりうとり、瞼がどんどん重みを増していく。
あぁ、ちょっとだけお昼寝のつもりだったのになぁ。でも、睡魔には抗えないから仕方ない。
それになんといっても、寝る子と書いて猫ですし…


寝転んだまま、うーんと四肢を伸ばして全身の力を抜いてぽかぽか暖かい床に全体重を預ける。
よし決めた、今日はこのまま夕飯までここで一眠りするとしよう。


そうと決まれば、くるり、と浮き輪みたいに身体をまあるく整え直す。
ざぶん、ざぶんと一定感覚で静かに響く波の音がまるで子守唄のように心地よい。
母なる海だなんてよく言ったものだなぁなんて、そんな事をぼんやり頭の隅で考えながら、名前は微睡の中に溶けていった。



---------------



「おーい、名前!飯の時間だよい!」
「!!」


遠くから、名前を呼ぶ声で目を覚ます。
薄く小さな耳が、ぴくりぴくりと音を拾う。
この声は、マルコの声だ。
いつもより少し籠ったように聞こえる声は、扉で遮られた船内から呼ばれているからだろう。


起き抜けでまだすこし朦朧とする意識の中で、ぱちぱちと瞬きをして目を覚ませば、随分と眠ってしまっていたらしい。
先程まであんなに煌々と差していた日は落ちて、あたりはもうすっかり日が暮れている。
先程までは心地よかったはずの海風もひんやり肌寒い。このままでは風邪をひいてしまいそうだ。


「うーん…!」


たっぷり寝て力の抜け切った体を起こして、お尻を高く上げてぐっと体を伸ばす。
すると、鼻腔を掠めるなんとも香しい香り。
ふむ、これはどうやら今夜のメニューは期待できそうである。


「よし、船内に戻りますか」


てくてく、足早に駆けても足音ひとつしないのは、四肢についたぷにぷにぴんくの肉球が衝撃を吸収してくれるから。
足音代わりに名前がそこにいる事を皆に伝えるかのように、ちりんちりんと私の動きに合わせて軽快に鳴る首に括り付けられた鈴の音。



I'm a cat



そう、私はこの船モビーディック号の船猫である。







*前次#

back



×○×○