一足遅れて食堂に辿り着くと、すでにそこは戦場の如し。
大所帯のこの白ひげ海賊団の船員達が一同に介して食事を取れるほどのスペースに並べられた大きなダイニングテーブルの上には、所狭しと並べられた大皿に盛られた料理の数々。
それに群がるようにして、大の男たちが顔ほどもありそうな大きなジョッキ片手に、我先にと料理に食らいついている。


そんなむさくるしいいつもの光景を横目に、するすると食堂の1番奥、ダイニングテーブルのお誕生日席に誂えられた席へと向かう。
他の椅子より少し高めに切られた立派な年輪の切り株に、ツヤツヤのベロア地のカバーがかけられたふかふかのクッションを置いて用意されたその席は、名前がモビーディック号に乗って間もない頃、まだ少し幼かった名前のために用意された名前のための特等席だ。
今でこそそこそこに身長も伸びた名前だが、この男所帯では未だにおチビちゃんなんて言ってくる輩もいる程で、今でもこの席だけはいつだって名前のためだけの席であった。


「お、名前、早くしねーとなくなっちまうぞ」
「…エース、口に物入れながら喋らないで」


そんな特等席にいつも通り腰掛けると、これまたいつも通り向かって右側一番手前の席に座ってすでに食事を始めていた2番隊隊長ことエースが声をかける。相変わらず常に両手に肉を携えて、口周りを汚しながら必死に目の前の料理を口に押し込んでいく様子は差し詰め飢えた獣のようで、一体何日ぶりの食事なのかと問いたいところだが、この姿はつい数時間前にも全く同じこの席で昼食時に目にしたばかりだ。


「名前、やっと来たんだよい」
「あ、マルコ。さっきは呼んでくれてありがと」
「とんでもない。ほれ、これ名前の分だよい」
「わぁ、いただきます」


エースに半ば呆れた視線を送っていると、両手にお皿を持ったマルコが向かって左側の席に腰掛ける。そして、綺麗に盛り付けされたお皿をマルコ自身と名前の前に1枚ずつ置くと、2人は手を合わせていただきますを言ってから食事を始める。


「なんだよマルコ、またそうやって名前の分だけ先に取ってたのか」
「仕方ないよい、こんな様子じゃ名前が来る頃にはせっかくの料理がぐちゃぐちゃになっちまってるじゃねいかい」
「別に味は変わらねーよ」
「まあいいじゃねいかい、俺は愛猫化なんだよい」
「へーへーそうかよ」


「そうやってまた甘やかして」なんてぶつくさ言いながらもひたすら食事を口に運ぶ事をやめないエースがジトりと横目に名前を見るが、名前は素知らぬ顔でお皿に取り分けられた料理をナイフとフォークで一口大に切り口に運ぶ。
そんな姿が面白くないエースは、名前の皿に盛られたカジキマグロのソテーをひょいと手で摘んで一口で口に放り込んだ。


「あ!私のマグロ!」
「猫娘は猫缶でも食ってろ」
「いやよ!猫缶なんて生臭いもん」


「好物なのに!」そう言って頬を膨らませる名前に、勝ち誇ったような顔を浮かべるエース。
そしてそんな2人のやりとりにため息をこぼすマルコ。


「ほれ名前、俺の分を食べるといいよい」
「!いいの?マルコ」
「いいんだよい、遠慮するな」
「わーい!マルコだいすきっ」


つい数秒前までの膨れた顔はどこへやら、好物を前に笑顔を取り戻した名前と、そんな姿が面白くないのかちぇっと口を尖らせるエース。
その間も周囲からはガチャガチャとぶつかる食器の音と弾む会話の喧騒は鳴り止む事を知らず、落ち着く気配は微塵も感じられない。
絵に描いたような大家族の食卓風景の隅で、今度こそエースに食べられないように、と本来ならば好きな食べ物は最後に食べる派の名前が目の前のマグロに慎重に向き合う姿を横目に、再びため息を一つ溢したマルコが向かいに座るエースに語りかける。


「エース、あんまりいじめてやるんじゃないよい」
「なんだよマルコ、説教か?」
「別にそういうんじゃないよい」
「へーへー、みんなそうやって名前を甘やかす」
「いいじゃねいか。それともなんだい、お前は好きな子はいじめちゃうタイプってかい?」
「んな…!そんなんじゃねーよ」
「どうだかよい」


マルコはダイニングテーブルに肘をつき呆れた様子で溜息を一つ溢すと、エースと名前を交互に見つめ、自身も食事に取り掛かる。


何気ない、賑やかないつも通りの食事の場面は今日も平和に過ぎていく。


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