※仁王先輩の口調が安定しません



学校の中庭にある梅の木の下で好きな人に告白すると叶うらしい――。

そんな噂がこの学校にはあった。



三月上旬に桜は咲かない。この時期には梅が満開になる。

ぽかぽかとする三月上旬の日差しが射し込む教室。

今日は立海大付属中学の卒業式だ。

友達と抱き合って泣いている生徒、楽しそうに中学最後の会話を楽しむ生徒。

式を終えた各教室の生徒一人一人が余韻に浸り、学校全体を物悲しい雰囲気にさせていた。

「…本当に叶うのかな」

テニスコート近くの中庭には二本の梅の木がある。そのどちらかの下で好きな人に告白すると、叶うという噂が流れているのだが――。

「……どっちで告白すればいいのか忘れちゃったよ…」

中庭にいる美桜は、強めに吹く追い風により顔にかかったロングヘアーを耳にかけ、溜め息をついた。

青空の下に舞う花吹雪と一緒に微かにする梅の匂いを吸い込み、随分と前に友人から聞かされた噂を思い出す。

『ねー中庭にある梅の噂知ってる?』

『何それ?』

『木の下で好きな人に告白したら叶うんだってー!』

『ふーん?』

『でもね、―――側の梅じゃないと叶わないらしい。美桜も仁王くんに告白しちゃいなよ!』

何回も同じ会話を思い出してみても重要な部分が全く思い出せない。手前側と言われればそんな気もするし、奥側と言われてもそんな気がする。

「はー…。まあ呼び出してないし、どっちでもいっか」

仁王雅治――立海大付属中学テニス部レギュラー。美桜の好きな人でもある彼は、容姿もスタイルも抜群だ。

それだけでも女子から目を引く存在なのに"話かければ意外と話やすい"、これも仁王がモテる理由の一つだろう。

手前側の木の下に行き、足を止める。

中庭とテニスコート付近には美桜しか居らず、風で揺れる枝の音が大きく聞こえた。

深呼吸をしてから真っ直ぐ前を見つめる。

「仁王くん、」

本人が目の前に居なくても言葉にしないよりマシだ。

「ずっと、好きでした」

きっと仁王は付属高校には行かず、テニスの強豪校に行って可愛い彼女が出来るのだろう。

そんなことを考えたら、鼻の奥がつん、とするのと同時に視界が歪んだ。

醜い感情が溢れ出す。

「…っ、やだよ…ずっと、好きだったのに…」

制服の袖でごしごしと涙を拭うも、今まで溜め込んできた感情を吐き出すように涙は溢れ出して止まらない。

「どうしたんじゃ?代崎さん」

「…!」

ふと近くから聞こえた声にばっと顔を上げる。

訛りのある独特な口調、中学生にしては色っぽい低音ボイス。美桜はこの特徴に当て嵌まる人物を一人しか知らない。

「にお、くん…だ…」

癖毛の銀髪に切れ長の目、すらりと高い身長に程よく筋肉が付いた体躯の仁王が心配そうな表情で美桜を見つめていた。

「…いつからいたの?」

「代崎さんが誰かに告白する随分前からかのう」

あっさりと言われた仁王の一言に今まで美桜の意志とは反対に溢れていた涙がぴたりと止まる。

それはつまり、美桜の告白を仁王は聞いていたということで。

「………うわああぁあぁ…!今の忘れてください!私そろそろ教室に戻りますね!!」

一気に青ざめた表情になり悲鳴に近い奇声を発した後一方的に会話を終わらせる。

しかし、仁王は彼に背中を向けて慌てて教室に戻ろうとする美桜の腕を軽く引き、自分の腕に収めた。

「…わ、あ」

辺りが再びしん、と静まり返り風と一緒に梅の花びらが舞う。

「言い逃げはいかんぜよ」

美桜を後ろ向きに抱きしめたまま仁王が囁く。

その行為に美桜の顔に熱が集まる。

「…!き、聞こえてたんじゃん!」

顔を真っ赤にし、今にも逃げ出しそうな彼女を楽しむような表情で見るも、抱きしめる腕に力を入れていく。

「仁王くん…?振るんだったら離してほしいんだけど…」

抵抗しても仁王の力に適わないと思ったのか、抵抗を止めた美桜が仁王を見上げた。

ゆらゆらと揺れる美桜の瞳が仁王の瞳に映り込む。

「なんで振る前提なんじゃ」

「だって三年間そこまで話したことないもん。唯一の共通点は三年間同じクラスだったことぐらいだし…」

「確かにな。でも俺は代崎さんのこと――」

「わーわーわー!」

続きを言おうとした仁王の言葉を遮る。

続きを聞きたくない。この状況で振られるなんて嫌だ。

「ちょ、落ち着きんしゃい。誰も振るなんて言ってなかろ」

ぎゃーぎゃーと騒ぐ美桜に仁王は苦笑し溜め息を付く。

そして、美桜の耳元に口を持っていき柔らかい声音で囁いた。

「俺も代崎さんのこと好いとうよ」

Fin.

────後日談

「中学塔懐かしい…!」

桜が満開になる三月下旬。美桜と仁王は高校三年になる。

立海大付属高校に進学した美桜は仁王がいて驚愕した。

高校は別々だと思って散々泣いた時間を返してほしい。

「変わらんのう」

「梅の木も健在だ」

「そう言えばもう二年も経つのか」

梅の木に近寄って行く美桜の後ろから仁王が言う。

「梅の木が叶えてくれたんだよ」

「そんな噂高校には流れてなかったぜよ」

「そうそう。だから結局どっち側で告白しなきゃいけないのか分かんないんだよね」

花びらはすっかり散り枝の先から新芽が出ている梅の木から仁王に視線を向ける。

「きっと手前側じゃよ」

仁王が優しく微笑みながら美桜のロングヘアーを梳くように撫でた。

「好いとうよ、美桜」

「私も仁王くんのこと好きだよ」

古いものには神様が宿ると聞いたことがある。

きっとこの梅にも神様がいて美桜の願いを叶えてくれたのだろう。

――叶えてくれてありがとうございます。

心の中で呟くと、一筋の風が二人を通り過ぎた。

****

(…そろそろ名前で呼んでほしいんじゃが…)
(…ま、まま、まさまさまさ…まさは…っ)かあああ
(……やっぱりゆっくりでよか)





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