つむぎくんとの毎日が幸せすぎて、月日はあっという間に過ぎ去っていく。
愛おしい日常をどんどんと過去にしていくなか、何故か私の体調もどんどん快復に向かっていた。緩やかに近づき目の前にあると思っていた死が、今は随分遠い。
「雪華ちゃん、もうすぐ退院ですよね。準備はどうですか?」
「うん、まだあんまり実感は湧かないんだけど……本当に退院できるなんて思ってなかったから」
「雪華ちゃんが毎日頑張ったからですよ」
そうかなぁ、なんてくすくす笑い合う。ノックの音が聞こえて扉の方に視線をやれば、赤と黄色。
「やァ。雪華ちゃん、退院が決まったんだっテ?」
「おめでとうございます!宙も嬉しいです!」
わいわいと病室に入ってくる夏目くんと宙くんに笑顔で手を振る。
こんな日が来るなんて、本当に人生は何が起きるかわからない。
「これはボクたちからの退院祝いだヨ。受け取ってくれル?」
言いながら夏目くんが渡してくれたのは、ライブのチケットだった。ずっとずっと、行きたくてたまらなかったそれ。
「HaHa〜、宙たちSwitchのライブチケットな〜!たくさん幸せの魔法をかけます!雪華さんにも来て欲しいな〜!」
「うん……絶対行くね」
感動で泣いてしまいそうになるのを堪えて笑みを作る。よかったですねとつむぎくんに頭を撫でられて、少しだけ決壊した。
学校は1年やり直すことになった。
もともとついていけてなかったし、どうせならちゃんと通いたいと我儘を言った。制服姿で登下校だとかも夢見たけれども、つむぎくんが卒業してしまったので敵わない夢になったけれども、駅前待ち合わせ。だとか、一緒に帰り道で喫茶店だとか、こっそりつむぎくんのライブがたくさん見れるとか、多分探せばもっと昔のライブが見れたりする。
今までできなかったことができるようになった。それがうれしくて仕方がない。私自身貧欲だと思っていたのに、実際外に出れるようになるとあれもこれもと、欲が増えていく。遊びすぎてつむぎくんに目くじら立てられたりするけど、それもなんだか逆転したりすることも。
徹夜で私と出かけると言い出すから、寝かしつけて夏目くんに怒ってもらったりだとか、元々私とつむぎくん、それから家族だけのメモ書きみたいなほどの小さな世界が一気に広がって、つむぎくんの事務所の人だとか、件噂のプロデュース科のあの子だったり、いろんな人を知って地図は広がる。
雪華ちゃん。玄関の向こうで聞きなれた大好きな声がする。少し高いような声。その声を聴いて、私は履き潰しかけのローファーに踵を入れてノブを捻れば、そこにつむぎくんが花束をもって立っている。卒業おめでとうございます。なんて祝いの言葉とともに持っていた花束をくれる。春の匂いがしそうな香りのいい花束を抱きかかえてお礼を言うけども――……
「―まだ式も始まってないってば。」
「雪華ちゃんの卒業式に出ると人込みができそうだからって、参加を止められてるんですよ。だから学院までは一緒に行きましょう。」
「うん。」
差し出された手に手のひらを重ねる。冬の終わりの季節。温かい風が吹いて木々を揺らし一つ二つと花を散らす。前とは考えられないほどの日々がこれからも続くんだろうな。って思うと、心が弾む。
「雪華ちゃん。あのですね。俺の事好きですか?」
「うん?好きだよ?」
隣を見上げると、ライブの時のような表情で私を見て重ねていた手をぎゅっと強く握る。痛くはない。男の人らしい骨ばった手から、あの丸文字が生まれるのだから不思議で仕方ない。つむぎくんが足を止めるので、つられて私も止まる。まじめ緊張しているナッツ色の瞳は少し伏せられた。
「あの。以前した予約を抑えたいんです。もう少し先のためのちゃんとした予約をですね。」
させてください。ってたぶんつむぎくんのことだから言おうとしてたんだろうけど、そんなものも全部ぶった切ってつむぎくんに抱き着く。上から困惑した声がしても無視。今日だもん。抱き着いて密着して返事をそのまま繰り出す。
「いいよ。最後まで一緒にいてあげる。いつ如何なる時も、返品は許さないんだから。」
「そんな物みたいに自分を捕らえないでください。」
「予約って言ってるつむぎくんに言われたくないよ。」
「そういわれればそうですね。」
「そういうところ、ほんとつむぎくんらしいよ。」
こうして頭をなでたりするところ、困った風に笑うところも、そのあとくしゃりと笑うのも。好きで。過去の約束を覚えてたのが私だけじゃないっていうのがうれしくて。卒業式前だっていうのに、泣きそうになって。つむぎくんになだめられる。
「雪華ちゃん。泣かないでください。ほら、左手を出して。一番心臓に近い指に約束しましょう。」
俺がそばにいますから。そんなに泣くことはないんですよ。って私に囁いて薬指に小さな石が埋まったシンプルな指輪がはめられる。石は青。つむぎくんのイメージカラーで。しっかり自己主張してるのがまた微笑ましくて、今しがた嵌ったばかりの指を眺めて、つむぎくんの手に絡める。
「ほら、行こう。隣を歩いてよ。」
「そうですね。行きましょうか。」
「うん。」
近くにつむぎくんがいる。それが何年も前から望んでいたこと。それがかなっただけでも嬉しいのに。それ以上の喜びをくれるつむぎくん。ありがとう、これからも一緒に歩いてください。口に出さずにそっとぎゅっと彼の手を握って花降る道を歩く。
名前通りの雪の華はつむぎくんの魔法に溶かされてない。新しく生まれ変わった私は、つむぎくんとともに歩いてく。
いいの、最期まで一緒にいて。
いいの、最期まで一緒にいて。