いつかの約束を、ここで


殴ってしまったことによって大きく変わったあの話は、ひたすらダメ出しを食らったあの小説は、最終選考を通り賞受賞が確定した。
エアコンの修理も終わりアイドル科に来る用事もなくなった訳だが、いろいろと一緒に頭を抱えてくれたこともあったので、このまま知らない振りをするのは寝覚めが悪い。ので、受賞した。その一言だけ伝えようと思ってアイドル科の前で多少出待ち。なるものをしてみたがいいけれども、寝ても覚めてもあの斎宮宗は道を通る気配すらなかった。違う道を通ってるのかと思うほど。何日か待ってみたけれども、根気がおれた。むり、寒くなるし太陽はさっさと沈むので諦めた。
仕方なく前と同じ口実でアイドル科の廊下を通り、図書室に向かうことにした。眼鏡の先生は結構不審な顔をしてたので、もう同じ理由で誤魔化しはできないだろう。まぁその話はいい。どうせ来ないし。とりあえず癇癪玉とのやりとりはいつも人気のない図書室だったのでそこに向かう。正確に言おう。図書室しか知らないのだ。
一度映像資料を見せてくれるために、布の多い部屋に連れ込まれたこともあったが、あれが大股で競歩よろしく歩くのが早すぎて覚えてない。コンパスの差を考えろ。心でヤジを飛ばしつつ、仕方なく図書室に歩いていく最中、大声で怒鳴るような声を聞いた。このアイドル科で私を呼ぶものなんて一人しかいないし、それ以外アイドル科の知り合いも居ない。

「貴様、今度は何の用でアイドル科に来ているのかね」

お前に用事があったんだよ。お前に言いたかったんだよ。と思ったが高圧的に言われてしまった以上、教える気持ちが一瞬にして萎えた。いや、こいつが下から出られても気持ち悪いし、槍が降るだろう。
そう言われてしまった以上思考に火がついた。導火線は短く、つっかかろうとうれば、割って入り「先に僕の質問に答えたまえよ」と質問までご丁寧に閉ざされてしまった。いらっとして入賞したことすら教えたのをやめてやろうかと思考を巡らせていると痺れを切らしたのか、こちらの返事を待たずに言葉を出してきた。

「……貴様がいないと張り合いがない」
「何、それ」
「泉本リサ。貴様にずっと僕の傍にいてほしい」
「……へ?」

はい??今なんて言った?何だって?
貴様がいないと張り合いがない。泉本リサ。貴様にずっとそばにいてほしい。だとか。この間から様子がおかしかったけれど、クーラー病にでもなったのか?いや、あれにそんな症状はなかったはずだ。が、まぁ言えることとするならば、あの小説の話し合いのように殴りあうような会話の手応えは、私だけではなかったようだ。
これは、真面目にとらえるべき場面かと考えるが、この男が不真面目にも捉える発言でないのもキャラクター性にも考えて、答をだす。

――……


「――そう。それから私は言ってやったわ。仕事で、っていうならお断りするってこの間言ったよね?だから、仕事じゃないなら付き合ってあげるって。」
「えぇ!?リサちゃん、あの人にそんな口をたたいたの?」
「そう。そしたらあの人顔真っ赤にして怒っちゃってね。怒声を聞いたかげくんまで入ってきて大変だったわぁ」
「作家様はやることが大胆ねぇ」

目の前の彼、鳴上嵐は呆れ果てていた。
ESビルの小さな会議室を兼ねた打ち合わせブースでペットボトルの飲み物片手に二人で茶飲み話に、花を咲かせていた。与太話や最近のゴシップ、仕事について。とりとめのない話から、彼氏がいるのかどうだのの話になったのだ。
あの衝撃的な出会いから一年とそれなり。応募した小説は新書として発売されて、瞬く間に大ヒット作品となり、学生が入賞したというのもあった珍しさが故か、竹を粉砕するような言い方が物珍しさ故かわからないけれども、テレビや雑誌に声がかけられることが増えた。
目の前の鳴上嵐も、前に番組で一緒になった時に意気投合したことで茶飲み友達になった経緯である。

「彼氏がいるって言うのにも驚いたけど、その相手が斎宮宗っていうんだから驚きだわ。密室借りておいて良かったわぁ。……もしかして、だから、コズプロに入ったの?」
「マネジメント管理お願いしてる。一人だとスケジュール都合つけれなくて、相談したらコズプロに口聞いてくれたし。あれも手元に置いておきたいんでしょうよ。見える範囲で関わりたいみたい。」

この間顔を合わせた時に、お前みたいな跳ねっ返り学院に宅急便で送り返してやろうか。わかった。じゃあスタプロに事務所変えてやらあ。と啖呵を切ってスタプロのアイドル科元生徒会長のところに乗り込もうとしたら、七種副所長とかげくんと一緒に謝りにきてたけど、これに愛の要素ある?そんな過去事例を引っ張り出すと、嵐は悩まし気な声を出して呆れかえっていた。

「あんたたち顔を合わせていつもそうなの?」
「まぁ、ね。会話してたら想像力湧くんだってさ。」
「レオさん。みたいなものね。でも、聞く限り大事にされてるわねぇ。あの人が学院にいた頃と変わるきっかけなのはリサちゃんだったのかもね」
「さぁ。どうだか。アイドル優先なわけだし。」

相変わらずケンケン言うから、言い返すし。たまに今度の本の話を聞かせてほしい。とか言われるから説明したら赤ペンの乱舞。人格否定まで入ってるから正気を疑うって。そうまで言ってると、鞄に入れてた携帯が鳴る。聞きなれた楽曲イントロ。

「げっ、はい礼賛。斎宮宗教からじゃん」
「ちょっと宗教って。」
「一種の神みたいなもんだし。いいでしょ。ちなみにかげくんのは、凱旋歌」
「その情報は要らないから、早く電話出てあげなさいよ」

しっしと追い払う手つきで電話を勧められたので、嵐に一言詫びて電話に出ると第一声がさっさと出ないか。どうしてそんなに上からなのか。イラっとして無言で電話を切った。うっせぇ。鼓膜がやられるっての。そうぼやきながら電話を伏せる。

「いいの?彼からでしょ?」
「相変わらずプッツンしてるからあとでかける」
「あんたたち、複雑に歪みすぎてるわよ」

呆れ果て嵐は首を振っているとノックの音。そして間髪入れずに会議室の扉は開き、今しがた話題のまな板に載せていた人物が姿を現した。不機嫌そうな目尻をつり上げて、難しそうなことを考えてるのかいつも以上に険がある。じろりと部屋の中を一瞥することもなくリサを見つめた。

「リサ。貴様勝手に電話を切るなと」
「おやぁ?人がいるのに名前で呼んじゃっていいの?」

からかおうと声をかけたがそれを遮るように、宗は言う。
今はそれどころじゃない!今度【Valkyrie】と泉本との共同で、小説が作られるだろう。それのジャケット撮影用の衣装を試着して欲しいんだが。
いや、待って。いろいろと聞いてないことが多すぎて、リサから驚きを含んだ感嘆がこぼれた。聞き覚えのないスケジュールを組んだであろう、慇懃無礼な眼鏡を思い出すがそういう案件は覚えがない。

「なにそれ?そんな話聞いてないんだけど?」
「副所長から連絡が言っているはずだ」
「あのキチ草!斎宮宗が泣いて懇願しない限り仕事しないって言ってるじゃん!!なんで組ますかな!」
「だから、毎回毎回僕が泣くと思っているのか」
「だから、無理難題並べてるんでしょう!泣いて懇願しない限りやらないから!今日、鳴上ちゃんと話すためにESビルに来てるんだから、さっさとコズプロに帰れば?」
「お仕事の話なんでしょう?アタシお暇したほうがいいかしら?」

いや、お茶をメインに来てるので気にする必要はない。そうリサは強固に却下をだしているが、宗はリサに着てほしくて仕方がないようすで、声を荒げている。

「お前のために今純白のウエディングドレスを縫っている。撮影まで期限がない早く着替えろ」
「あら。そういうこと?やっぱりアタシお暇するわね。リサちゃん。結婚式には呼んでね」
「ちょっと、鳴上ちゃん!?っていうか、なに、勝手にテーマまで決めてんだよ。人の話も聞けって。っていうか、ウェディングってどう言うことよ!」

いたずらっぽく笑って、嵐はさっさと部屋から出て行った。内容が内容だけに音漏れしないようにきちんとドアまで閉めていった。結婚する前にそんなもの着たら婚期遅れるって言うし、嫌。としっかり意思表示して、宗に却下を強くだす。宗は、今しがた自分が入ってきた出入り口のほうに視線を動かしてから、咳払いを一つして屈む。リサの隣に腰かけてふいに引っ張られる。引き寄せられて、宗の胸に頰があたった。腕が背中に回り、強く抱きしめてくる。洗濯されたばかりのように優しい匂いのするシャツを通してリサの頬に宗の体温と鼓動が伝わる。
少しの沈黙の後宗は説き伏せるように一つ一つ言葉を解していく。
僕はアイドルだ。アイドルは結婚や付き合いは辞めない限り公言できないし、二人の写真や揃いのそういう物も世に出せない。だから、リサ。今回はそういう設定で、僕と一緒に写真を撮って欲しい。わがままな僕個人の願いだ。聞いてはくれないだろうか?
こういうときに、珍しく紳士的にやってくるのだからずるい。いつもは上からのくせに、本当に叶えたいことだけは、こうして本心をさらけだしてくるのだから。心がそっと触れられた気がして、もどかしさも覚える。そっと見上げてみると、頭を撫でようとしている手の向こう側に優しい目をした紫があった。

「わかったけど、とりあえず話はキチ草絞めてからにするわ。」
「リサ」
「ねぇ、約束して。次、設定じゃないドレスを着るときは……私の話を聞いて好きなもの入れてよ……宗さん。」
「わかっている。僕の芸術の女神ミューズ。君が望むなら約束をしよう。」
「ならいいよ。早く行こう。私のアポロン。」
「良い返しをするようになったな。」
「そりゃあ、ギリシャ神話を時差越えて叩き込むように電話してきたらそうなるっての。夢枕にでも立つつもりだったの?無理、気絶レベルで寝てたら夢も見ないし。」
「きみが何度言っても【Valkyrie】を覚えてないからだろう。」
「あんたが全部をつまびらかに情報を渡さないからでしょうに!あのかわいい卒業生もあんたと同い年だっていうのも!」
「仁兎の話は今はいいだろう!」
「あるからいってるんだよ!」

打てば響くような……というよりも、撃てば響くのほうが正しいかもしれない。お互いがお互いを銃撃するような勢いで言論の嵐を巻き起こしながら、二人でコズプロのほうに向かって歩き出した。二人で吠えるように言葉を交わしながら歩く姿は、ある意味有名であるとかないとか。真相は定かでない。

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