来週からまたよろしくね
番組の企画とはいえ、大人気アイドルがデートなんて良いんだろうか。なんて考えてもいたけど、どうやら彼にはそういった心配はないらしい。折角ですから撮影中は下の名前で呼んでくださいとあの胡散臭い笑顔で言われてしまった。
「茨さん?」
「何ですか、名前」
「って、名前!」
さん付けで良かっただろうかと彼の名を口に出してみれば、こちらは呼び捨てにされて動揺する。別に呼び捨てにする必要はないはずで、そのまま伝えればこの方がデート感があるでしょうと食えない笑みで返された。手の上で踊らされているようで悔しい。
メイクを終えスタッフさんにハンディカメラを渡されると、では行きましょうかと手を差し伸べられる。ええいこれも仕事だ、割り切ってやるしかない。
「という訳で、今日はこちらの遊園地にきております。七種茨です。敬礼っ!」
「名字名前です。よろしくお願いします〜」
ハンディカメラに向けて営業用の笑顔を作りながら、七種さんのエスコートで遊園地を回る。
メリーゴーランド、コーヒーカップ、お化け屋敷と定番のアトラクションをいくつか回って、お昼にはコンセプトカフェでランチをとった。
「……意外と普通に楽しいかも」
「それは僥倖。ここをデートの場所に指名した甲斐もあるというものです」
「っ、戻ってたんですね」
七種さんが席を外しているタイミングでぽつりと呟けば普通に返事が返ってきて、驚いて顔を上げる。
カメラも七種さんもいないからって完全に気が抜けていた。慌てて笑顔を取り繕えば「今はカメラ回してませんよ」という言葉と共に七種さんが隣の席に座る。
「なるべくゆっくり回ったつもりだったんですが、足の調子はどうです?」
「それは全然大丈夫です、お気遣い頂いてありがとうございます」
「……なるほど」
「?」
笑顔で返したはずが、七種さんは神妙な顔つきになって私の足元に跪く。えっ、何、急にどうしたの。
「貴女の演技力にはお見逸れしますよ、名前さん」
「え? っ痛…!!」
痛みのあるところを指で押されて思わず声が出る。
鬼畜が過ぎませんか七種さん!思わず涙目になった私に、七種さんは淡々と告げる。
「この状態でよく大丈夫などと言えたものです。……しかしまだ他の人は気づいていないようですし。この後は観覧車だけですから、もう少し我慢してください」
「……べ、別にまだ他にもアトラクションは」
「…………はぁ」
平静を装う私に、七種さんは大きな溜息を吐く。
え、私何かまずいことでも言っただろうか。
「貴女が心配なんですよ。自分のような最低野郎に心配なんてされたくないかもしれませんが」
「……えっと、」
「言うことを聞いてくださいね、次の観覧車で最後です」
諭すように言われて、首を縦にふる。それでは撮影を再開します!と七種さんがハンディカメラのスイッチを入れた。
「最後はここ、観覧車です!」
「やっぱりデートといえば観覧車は鉄板ですよね〜」
「ええ、そうですね。行きましょうか、名前」
「は、はいっ」
1周30分の空の旅、とアナウンスされている観覧車に2人で乗り込む。
景色が綺麗ですね〜とか今度のドラマの話とかで場を繋ぎながらお互いを撮影し合う。この調子なら問題なく終えられそうだと内心安心しながら外の風景を眺めていれば、七種さんに名前を呼ばれた。
「名前」
「どうしましたか、茨さん……?」
反射的に名前を呼んで振り返ると、そのまま彼の温もりに包まれた。抱きしめられているのだと理解するのに時間がかかる。いつの間にかハンディカメラは空いた座席に置かれていた。
「い、茨さんっ?」
「……」
「あの、急にどうしたんですか」
「……」
何も言わなくなってしまった七種さんに、どうしていいかわからなくなる。あんなにペラペラと喋っていた七種さんだから余計に。
どきどきと早鐘のような心臓を落ちつけようと意識的に呼吸をする。
そっと頬を彼の指先がなぞり、視線が合った。眼鏡の奥の綺麗な青からは、何も読めない。
「名前」
「えっと、なんでしょう……?」
「……好きです」
「は、はい?」
急な告白に思考がショートする。え、何、ドッキリ?
「自分の恋人になっていただきたい。必ず幸せにします」
「あの、七種さん?」
「言っておきますが、嘘でもドッキリでもありませんよ。自分たちの周りは常に見られていますからね!貴女に想いを伝えるならば、誰もいない場所でと決めていたんです」
「……ええと」
「嫌なら拒絶してくださいね」
「え……、」
動揺から逃れられないまま、七種さんの綺麗な顔が近づいてくる。ドキドキと心臓がうるさい。逃げられない。思わず目を瞑る。そっと、唇が重なった。
「というわけで、1日遊園地でデートした感想はいかがでした?」
「茨さんのエスコートが完璧で凄く楽しかったです、ちゃっかり満喫しちゃいました」
「ドラマの収録では自分がエスコートしてもらっておりますからね!普段のお礼が出来ていたなら光栄です!」
遊園地の入口に戻りエンディングトークを撮影すると、「お疲れ様でした」とスタッフさんがハンディカメラを回収にきた。
感想を聞かれたので、楽しかったですよと笑顔で応える。ようやく慣れない仕事が終わったと胸を撫で下ろしていれば、七種さんに声をかけられた。
「名前さん。お疲れさまでした」
「七種さん……お疲れさまです」
「よろしければ車でお送りしますよ。乗ってください」
「……ようやく、2人きりになれましたね」
七種さんのエスコートで黒塗りの車に乗り込むと、車は音もなく発車した。
2人きり、というには運転手さんも居るのだけど、七種さん的にはそこはカウントに入らないらしい。
「あの、さっきの、観覧車の……あれは、その」
「告白の事ですか?それともキスしたこと?」
「っ……どっちも、です。本気ですか?」
観覧車から降りてもずっとドキドキが止まらなくてふわふわした心地だった。
いまだに何が起きたのか信じられなくて尋ねれば、七種さんはニッコリと笑う。
「もちろん本気ですよ!それともやはり名前さんは自分と付き合うのは嫌だと?」
「そういう訳では……でも、展開が急すぎて、あの」
「わざとですよ」
「え?」
「いえ、なんでもありません。あっはっは、自分最低野郎で本当に良かったです!」
意味が分からない、と呟く前に、再び唇を塞がれた。
妖艶な瞳が、笑う。
「自分、どうしても名前さんを手に入れたかったんです。その為なら手段は選びません」
「……七種さん」
「茨。名前で呼んでください」
毒のような甘い囁きで、脳が痺れていく。
私はいつの間に彼に捕えられていたのだろうか。
「来週にはドラマの撮影も再開しますし。またよろしくお願いしますね!敬礼〜!」
「こちらこそ……よろしく、おねがいします」