ハートを盗まれた
ESビルに入っている四大事務所の中でも一番の老舗といえるリズムリンクの事務員に応募したのは単純に自分がお世話になっていた事務所だから、だった。
アイドル部よりも俳優部へ入りたかったのが本音だけれど、ここ最近のアイドルブームから募集があったのもアイドル部。ESビルに新設された事務所まで手が回らないということで募集があったそれに応募して採用されたのはまだこの春のことで、最近は慣れない事務仕事もようやく板についてきた気がする。
いわゆる大御所と言われるアイドルたちには専属のマネージャーや担当の事務員がいて、私がかかわることが多いのはもっぱら新人という枠に入る子たちだった。
「あ、羽風さん。ちょっといいですか?」
「俺?」
「P機関のあんずさんから頼まれてた資料が」
「ああ、ありがとね〜」
羽風薫、リズリンの新人ではかなり人気のあるユニット『UNDEAD』の二枚看板の一人。
学生時代は女好きで有名だったものの、卒業後はそんな浮名も有名無実といったところで、それこそP機関のあんずさん相手に初心な対応をしているのをよく見かけていた。
若いっていいねぇ……なんて、自分も同い年ではあるのだけど。
「ああそうだ、名字さん」
「はい?」
「今度ちょっと相談があるんだけど、いいかな」
「……私に、ですか?」
一介の事務員でしかない私に相談なんて珍しい。
きょとんとして首を傾げれば、忙しいならいいんだと濁される。
「そこまで忙しいわけじゃないですし、構いませんけど」
「よかった!後で連絡……って、名字さんの連絡先知らないや、教えてくれる?」
「社用携帯の番号で良いですか?」
「うん、大丈夫」
デスク横に置いていた携帯を手に取り、番号を表示させる。
プライベート用の番号ならともかく、まだこの社用携帯の番号までは記憶していない。
「ありがと、登録したよ。じゃあまた連絡するから。お疲れさま♪」
羽風さんはスムーズに番号を登録すると、資料を持って事務所を出ていく。
しばらくして、携帯がショートメッセージを受信した。
"さっきはありがとう。早速だけど、明日のお昼に一緒にランチでもどうかな?"
"大丈夫ですよ"
"ありがとう♪じゃあ昼休みに迎えにいくよ"
さらりとして嫌味のない、それでいてスマートな誘いの文面に、ああ、そういえばこの人女慣れしてるんだったなぁとしみじみ思う。
昼休みを指定されたってことは、相談というのは業務に直接関係のないことだったのかもしれないなぁとぼんやり思いながら、明日の羽風さんとのランチに少しだけ心が浮足立つ自分がいた。