つまらない毎日にさようなら


睡魔が蔓延る昼下がり、欠伸を噛み殺しながらぼうっと教授の話を聞く。
言ってしまえば何でもない、ごくごくありふれた普通の光景。
大学といえど特に専門的に学びたいものがあったわけではなく、高校を出てすぐに働く予定もなかった私は周りと同じように適当に手の届く範囲の大学を受験しただけで。その結果いずれ働きに出るまでのモラトリアムを徒に伸ばすことに成功し、こうして暢気に欠伸を噛み殺しているというわけだ。
「刺激のない人生はつまらない」なんてよく聞くけれど、正直それでいいじゃん、と思う。入学と卒業を繰り返して、大人になって、そこそこの会社に入って……それだけ聞けばごく普通のありきたりな人生かもしれないけど、そのくらいがちょうどいいと思う。ドラマとか小説みたいな刺激のある生活に憧れないこともないけど、ああいうのは創作だからいいんであって、現実的じゃない。世界にはドラマティックな生き方をしてる人もたくさんいるんだろうけど、私はそういうタイプじゃないと認識していた。


だから、間違っても、こんな突飛な人間は私の知り合いには存在しなかった。


「うっちゅ〜☆」
「……。」
「あれ、きこえなかった?うっちゅ〜!!」

聞こえてます。聞こえてるけど、聞こえなかったふりをしたんです。
昼休み明けのコマは授業をとっていないから少し休憩しようと足をのばした大学から然程遠くない距離にある公園。私はここの木陰にあるベンチがお気に入りで、人気も少なく穴場だと思っていた。のだけれど。そこに、先客がいた。
周囲に散らばりまくっている紙、その中心には明るいオレンジの髪。
流石に目の前の人物を知らないほど世間に疎いわけではない。いや、こんな奇抜なキャラだなんて知らなかったけど。
とにかく私はその人物に声をかけてしまったのだった。「あの、紙が散らばってますよ」と。
その返答が「うっちゅ〜☆」である。いや、うっちゅ〜☆って何?新手の挨拶なの?

「う〜ん、やっぱり発音が違うのかな。それとももうこの地球に宇宙人はいないのか?」
「宇宙人めいているのは貴方の方だと思いますけど……えっと、これ、拾わなくていいんですか」
「あ!そうだった!悪い悪い。作曲に夢中になってるとつい他のことはどうでもよくなるからさ〜」
「……そうですか」

小さく溜息を吐いて、彼の周りに落ちている紙を拾い集める。手渡すと、ありがとう!と満面の笑みを見せられた。……流石アイドル、顔がいい。

「って、おまえ誰だ?」
「通りすがりの大学生です」
「ふ〜ん。あ!まってまって、霊感がおりてきた!これは名作の予感がするっ、今すぐ書き留めないと!」
「え?」

急に叫んだと思えば紙に音符を並べだす。もはや奇行レベルでは?と思いながらも目が離せなかった。……まあ、次の授業まで時間はあるし、何とかなるかと音符を並べる彼の隣に腰かけた。



*****



喉が渇いたから飲み物を買ってきてくれ!なんて突然の要求になぜ私がこたえているのか。そんなの私自身が知りたい。楽しそうに作曲する姿を横目にぼうっとスマホを弄っていれば、ばっと顔を上げた彼にそう頼まれた。こんなところで放置して熱中症になられても困るし、寝覚めも悪いし。でも普通、見ず知らずの人間にそんなこと頼む?なんて考えながら、自販機でスポーツドリンクを購入する。元のベンチに戻ると、彼は相変わらず作曲をしていた。

「……はい、これ」
「何?」
「喉渇いたんでしょ、水分とらないと熱中症になるよ」

スポーツドリンクを手渡せば、それもそうだな!と言って彼が受け取る。何の疑いもなく蓋を開けて口をつける相手にそれでいいのか芸能人、なんて思ってしまった。

「はぁ〜、生き返った!そうだこれっ、この曲!おまえにやる!」
「え?」
「お礼だと思って受け取ってくれ!」
「いや、曲なんてもらっても」
「あれ、もしかして楽譜読めない?」

読めなくは、ない。一応学校で習ったし。そう返すと、じゃあ問題ないな!と楽譜を押し付けられた。いや、だから、それでいいのか芸能人。

「そういえばお前、ここどこかわかる?そろそろESビルに戻らないとセナに怒られる!」
「向こうの通りにバス停があるから、そこからバスに乗って……」
「えっそんなに遠いのかここ!?」
「そうですね」

じゃあタクシー使う!と言い出した彼のためにタクシーを捕まえる。彼はESビルまで、と行き先を告げてからこちらを振り返った。

「そうだ、お前名前は?」
「……名字名前」
「名前!いい名前だな!」

じゃあまたな名前!とひらひらと手を振って彼がタクシーに乗り込む。
嵐のように去っていった彼を見送って、元のベンチに戻るととんでもないことに気付いた。

「嘘でしょ……」

ベンチに忘れ去られていたのは携帯電話、タイミングよく鳴った着信の発信元は「セナ」。
……まさか自分がアイドルと関わりを持つ日が来るなんてこれっぽっちも思ってなかった。

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