緊急事態発生中
シグナルレッド。メーデー。
眼前のスマホは、早く出ろとばかり言うけど、おそれ多い。でも、出なかったらあの人も困るんじゃないのだろうか。過去に一度携帯を落とした身からすると、かなり心胆を寒からしめる。支払いだってできちゃう世の中で財布を捨ててると同義。
あの人芸能人だから、そんな額を些細なものと捉えるかも知れないけども、こちとら控えめに大学一年生。物入りなので、そんな額も大事だし、現代社会スマホは高いんだぞ。
出るか出ないかで葛藤していると、鳴り止まない電話は一瞬だけ息を引き取りまた復活した。確定、これ怒ってる電話ですね。わかります。このまま鳴りやむのを待っても、また息を吹き返すだろうから、意を決して電話に出る。緑のボタンを押して耳に中てると一発目から怒声。
大音量すぎて耳が痛い。ひとしきり怒りたいだけ怒ってるので、申し訳なさそうな声を出してすみません。それだけを伝えると固まった音がした。
「……拾ったんですけど。これってどうしたらいいんでしょう?困ってますよね」
「落とした奴はどこ行ったか知らない?」
「えっと、タクシー乗ってESビルに行くって…言ってました。」
「わかった。交通費も払うからタクシー乗って、大至急ESビルの受付まで来な。」
「ひえっ」
「返事は!」
その剣幕に条件反射のように喉から肯定の言葉が破裂する勢いで飛び出す。そして受話部分から聞こえる諦めたようなため息の後、威圧的に言われるのは是も非もない声色で、じゃあ話は通してるから絶対に来なよ。そして機械的な終話音。
脳みそから離れない、是も非もないけど受けてしまった以上このまま持ち逃げするのも後味が悪いので、ベンチに置かれていたスマホをカバンの中に入れて、今来た道を戻る。今日一日、短時間でどれほどこの道を往復すればいいのだろうか。あの怒声をもう一度浴びせられるのだろうか、そう考えると胃に鉛を入れたような重たさがやってくる。タクシー乗り場に向かう足も重たくなりつつも足は前に進む。タクシー乗り場で行き先を告げると、タクシーは滑らかに滑り出す。
あの怒声の主と会うのかと思うと気が滅入ってくる。テレビの向こう側のアイドルがあれだけ怒鳴るのだから、アイドルというものは表裏が激しいのだろうか。そうやって思い浮かべたのは先ほどまで言葉を交わした相手だった。突飛、地面に寝ころんで紙を書きなぐって、とても楽しそうだったけど、ううん、そうじゃない。思い浮かべた思考に首を振る。
鞄の中のスマホを渡したら終わる間柄だろう。なんて思った。この考えが甘いことをこの後知る。
ESビル最寄りのタクシー乗り場に車は滑り込む。領収証を受け取ってタクシーを降りる。受付に来いと言っていたっけ。
怒声を思い出しながら、ESビルのほうに向かう。受付に言えと言っていたか。友達に誘われてライブを見に来たけれどもこういう用事で来るのは初めてで受付が何処かわからずに、あたりを見回すと先ほど聞いた声が聞こえた気がして、音のほうには先ほど見た月永レオの背中があった。
「セナ!そんなに怒るなよぉ」
「あんたがそのあたりにスマホを放っておかなければガミガミ言わなくていいの!」
「そんなにプリプリしてるとエビになるぞ?」
「ならそんなに怒らせないでくれる?」
名前から月永レオの横に立っているのが瀬名泉だと察知するのは簡単だ。内容からして月永レオがスマホを落とした事に瀬名泉が怒って、暖簾に腕押しよろしく月永レオは笑って、ESビルのほうに向かっている。
状況が状況なだけに心なしかストーカーみたいだと思ってしまう。うん、携帯を拾ってなかったら不審者案件間違いなし。いっそのことこういうのが好きな友達に押し付けてもよかったんだけど、なんだかなぁ。とりあえず彼らを追い抜くのに憚られ、後ろからさっさと歩けとヤジを飛ばしながらその後を追いかけた。ついでに、後ろも振り向くなの念も送っておいた。が、期待むなしく。彼らは振り返り、月永レオはおーい!さっきぶり!と相も変わらずの笑顔でいた。やめろ。こっちみるな。やめろ、手を振るんじゃない。やめてください。この通りです。