11.息吹の上に朱の座標





翌日。

マリンフォードに向かう船の中は朝から慌ただしかった。

通路をバタバタと走る音が途絶えることはない。

私は読んでいた本をパタンと閉じる。

とてもじゃないけど読書をする気分にはなれない。

丸い窓の外は相変わらず水、水、水。

ハァと溜め息をつく。

大丈夫。

大丈夫だと分かってはいるけど、海軍本部が近くなってきていると思うと自然と緊張する。

数時間前、朝食を持ってきてくれたイッカクに一体何があるのか尋ねれば、火拳のエースといわれる海賊が処刑されるのだという。

もちろん私にはどんな人かも分からない。

でも処刑という物騒な言葉と、イッカクの雰囲気から只事ではないのは伝わってきた。



「レイラ入るよ」



一人だと緊張は増す一方で不安が徐々に押し寄せてくる。

そわそわして落ち着かない。

そんな時、ベポが訪ねてきてくれた。

船は大丈夫なんだろうか。

だんだん揺れは大きくなってきている。



「もうすぐマリンフォードに着くからキャプテンがエレノアに付いとけって」

「舵とか大丈夫なの?」

「そのくらいみんな出来るから大丈夫!」



ベポは彼にとっては小さいだろう椅子に腰掛ける。

いつもと違い和やかな雰囲気は存在しない。

沈黙を打ち破ったのは私だった。



「エース…ってどんな人?」

「火拳?白ひげ海賊団の二番隊隊長だよ。ちなみに白ひげは四皇っていうめちゃくちゃ強い四人の海賊の一人」

「悪いことしたの?」

「うーん、それはおれにはよくわからない。黒ひげっていう奴と戦って捕まったっていうのは聞いた」



自分で質問しておいて、海軍にとっては悪いことをしてもしてなくても海賊は悪だと決めつけていると思い出した。

きっと私もここにこうしていなければ、海賊は極悪非道の怖い人たちというイメージのままだったかもしれない。

その時、グラッと今までで一番船が揺れた。

咄嗟にベポが支えてくれたから、ベッドから落ちずに済んだけど揺れは一向に収まらない。



「レイラ!しっかりおれに捕まってて!あと足気をつけて!」

「う、うん…!」



ぎゅっとベポの腕にしがみつく。

一人でこの部屋にいたら今頃床に転がっていたに違いない。

すると突然光が差し込んできて船が海上に浮上したのが分かる。

なんとか窓の外に目を向ければ海は大荒れ。

要塞のように見えるあれが海軍本部なんだろうか。

瓦礫が崩れ落ち無惨な状態になっている。



「っ!?な、何!?」



突然、何か聞こえた。

本当に微かだが何かの声のようなものが。

次の瞬間、頭が割れるような痛みに襲われる。



「レイラ!?どうしたの!?」

「うぅっ!!あ、たまが…いたい…!」



ベポにしがみつく腕に更に力を込めた。

微かに頭の中に響く何かは大きさを増し、もうその音しか聞こえない。

それに比例して痛みは増す一方。



「な、にか…声が、聞こえる…の!」

「声!?」

「ベポ…!私を…!外に連れて行って!!」

「でも!」

「お願い!!」



力を振り絞り、すがるように言えばベポが頷くのが分かった。

ぎゅーっと私を抱き締めると、しっかり捕まっててと部屋を飛び出す。

ぐらんぐらん揺れる船。

私は何も考えられずただひたすら痛みに耐えていた。





***





海は大荒れ。

海軍本部はほぼ壊滅。

予想以上に酷い状態だ。

麦わら屋とジンベエをジャンバール達に任せ、急いで手術室へ走らせた。

後は自分も向かうだけ、というところで誰かの叫び声で辺りが静まり返る。

直後、現れた人物にその場にいた誰もが息を飲んだ。

赤髪のシャンクス

白ひげと同じ四皇の一人。

四皇を拝めるなんざ滅多にない。

少しの間、甲板に留まっていたら、不意に麦わら帽子が飛んできた。

見覚えがある帽子だった。

それを手に手術室へ向かおうとした時、背後からドタドタと足音が聞こえてくる。



「ベポ!?お前何やってやがる!っ!?おい!どうした!?」



勢いよく飛び出してきたのはベポ。

しかも腕の中にはレイラがいる。

よくよく見ればレイラの様子がおかしい。

額は汗でびっしょり。

呼吸も荒い。



「レイラが声が聞こえるって言うんだ!」

「声!?」

「キャプテン!青キジに加えて黄猿も来ます!」



甲板に残っていたウニの声が響く。

赤髪が来たことで油断していた。

奴等はまだ攻撃を緩める気配はない。

寧ろ今にもしかけてくる勢いだ。

そしておれはハッとする。

黄猿の視線がレイラを捕らえていることに。



「しまった!」



レイラの存在を海軍に知られてはいけない。

いけなかったのに…!

黄猿も驚いたような顔をしている。

このままではまずい。

おれは盛大に舌打ちをし、ウニに船内に入り全速力で逃げる指示を出す。

ベポも同様に扉に押し込もうとした。

その時、今まで閉じられていたレイラの瞳が見開かれる。



「な!?」



その瞳の色は、真っ赤だ。

いつもは夜空のような群青をしているのに。

すると今度は小さく口が動いた。



「リ、ヴァイ…ア…サン」

「!?」



リヴァイアサンと言ったレイラの言葉がはっきりと耳に届く。

それが何なのか考える間もなく地鳴りが聞こえてくる。

この地鳴りには身に覚えがあった。

レイラを助けた日に現れた…あの…。

ポーラータングと黄猿、青キジとの間に凄まじい水しぶきが上がり、あの海王類が姿を現す。

暗かったあの時よりもはっきりと確認出来るその姿。
龍のような長く細いコバルトブルーの巨体にキラキラと輝く鱗。

鋭く尖った口先、広げた数枚のヒレはまるで翼のようだ。

その姿からは神々しささえ感じられた。

間違いない。

こいつはレイラと何か関係がある。

しかしこの前とは様子が違っていた。

そいつが一鳴きすると更に海面が揺れ、黄猿達に向かって巨大な津波が発生したのだ。

何が起こったのか。

津波により黄猿達の姿は見えなくなり、急いでベポを振り返る。

ベポはあんぐり口を開けていて、逆にレイラの瞳はもう固く閉ざされていた。



「おいベポ!しっかりしろ!お前はレイラを部屋まで運べ!その後はイッカクに任せて舵だ!全速力で逃げるぞ!」



レイラを見られてしまった以上、どのみち長居は無用。

おれは手術室へ急いだ。

レイラのことが気に掛かるが、今は麦わら屋達の命の方が危ない。

手術室のドアノブに手を掛け、深呼吸をする。

おまえは一体何者なんだ…レイラ…




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