01.春告鳥のなく頃
4月。
真新しい制服。
ピカピカの革靴に形がしっかりしている鞄。
桜の花びらがまだ少しだけ散っている中、私は湘北高校の門をくぐった。
3月の新入生説明会で事前に知らされたクラスは1年10組。
クラスに行けばまだ時間が早いのか、教室の中には疎らにしか人はいない。
「おはよ!瑠奈!同じクラスで良かった!」
「おはよう!紗也」
中学の頃から仲が良い紗也と同じ高校に受かった時はそれはそれで嬉しかったけど、更に同じクラスでホッとしたのは先日のこと。
担任はどんな先生なのか、クラスメイトはどんな人達なのか、そんな話に花を咲かせていた。
しばらくするとだんだんと席が埋まってくる。
そんな中、一人眠そうに入ってきた人物に一気に注目が集まる。
「え、でか」
思わず呟いた紗也の声が聞こえた。
確かに、今あの人教室のドアをくぐったような…?
ザワザワしていた教室は静まり返りその人物の動きをみんながじっと見ている。
けれど、当の本人はそんな視線なんてお構い無しに少しだけ教室を見回すと黒板に貼られた座席表を見つけたのか、それを確認して男子の最後だろう席にどかっと腰を下ろした。
「瑠奈知ってる?」
「知ってるわけないじゃん。うちの中学じゃないことは確かだよ」
「男子の最後ってことは…流川?」
「かな?」
流川。
もちろん知らない名前だった。
でもあの身長。
おそらく180cm以上はあると思う。
バスケとかしてるんだろうか。
バスケ、か。
どうしても頭から消し去ることが出来ない単語。
小さい頃からあんなに好きだったのに、中二に上がって以来関わることはなくなった。
もうフォームも忘れてしまったかもしれない。
「はぁ…」
思わずため息が漏れる。
せっかく湘北に入ったのに。
少しだけ暗い気分になったところで担任と思われる先生が入ってきて、私たちは入学式のため体育館に向かうことになった。
◆
入学式は無事に終わり、その後のHRも簡単に終了して今日のところは下校になった。
本格的な高校生活が始まるのは明日から。
私は電車に揺られて最寄りの駅で降りる。
そこから家までは徒歩圏内。
午前中に終わったせいでまだ陽は高い。
空を見上げると気持ちいいくらい青い空が広がっていた。
まだ少しだけ風は肌寒いが季節はすっかり春だ。
小さい頃から見慣れている駅から家までの道もなんだか違う風景に見える。
そろそろ家が見えてきた。
そのとき、隣の家から出てきた人物に思わず挨拶をする。
「おばさん、こんにちは!」
「あら瑠奈ちゃん!こんな時間に会うなんて珍しいわね!あ!入学式!?」
「はい!終わって帰ってきたところです」
隣の家のおばさんはまぁ大きくなって!と返してくれた。
「その制服…もしかして湘北?」
「は、はい」
少しだけ戸惑う。
おばさんの目に暗い影が落ちた。
「あ、あの…ひ、寿くんは…?」
聞いていいか迷った。
でも近頃全く姿を見ていない。
おばさんは出掛けるところだったのか、バッグを握っていた手に力が込められる。
「少し前にまたケンカしてねぇ…あの子。今、入院してるのよ」
「え!?入院!?」
初耳だった。
「全く困ったものよ。それじゃ、おばさん行くわね」
そう言ってだんだんその背中は小さくなっていく。
入院…。
驚きに胸が苦しくなった。
家に着いて、二階の自分の部屋に入る。
ベッドに上がった位置にある窓のカーテンを開ければ、その先にはすぐ窓が見えた。
もうずっとそのカーテンは閉じられたまま。
出窓になっているそこに腰かけて、鍵を開けた。
窓をスライドさせると風が舞い込んでくる。
「もう二年、か…」
兄のような存在だった。
最後に窓越しに話をしたのはいつだったか。
あんなに楽しそうにバスケのことを語ってたのに。
高校でも大活躍するって自信満々に言ってたのに。
私にバスケを教えてくれたのに。
「湘北、入ったよ」
ポツリと呟いた言葉は風に拐われていった。