02.空音に響く旋律
次の日から怒濤のような毎日だった。
上級生との対面式があったり、部活の勧誘があったり、健康診断があったり。
そんな日々も授業が始まればだんだん落ち着いてきて。
今日も帰りのHRまで終わって、ほっと息を吐く。
新しい生活にも慣れてきた。
ただ一つを除いては。
「いた?」
「いたいた!あそこ!」
「キャ!今日もカッコいい!」
「でもどうしたのかしら…あの包帯…」
放課後のみならず、休み時間の度に動物園のようになる廊下だ。
原因はHRが終わったというのに寝ている流川楓。
なんでも中学の頃から名の知れてるバスケのプレーヤーだったらしい。
そんな噂は噂を呼び、流川くんを知らなかった女子まで見物に来る始末。
大半の眼中には流川くん本人しか映っていなくてもクラスメイトはそうはいかない。
自分達まで動物園の檻の中に入れられた気分になってしまう。
しかも今日は昼休みにケンカでもしたのか、頭に包帯をぐるぐる巻いていた。
「全然凄そうには見えないけど。授業中もずっと寝てるし」
紗也は興味が無さそうに言う。
だけどまだ入部受付期間にも関わらず、教室の後ろの棚には部活バッグが置いてあるところから、噂は本物だと私は思っている。
「三井先輩もこんな感じだったのかなぁ?」
「え…」
言われてドキッとした。
寿くんも中学では有名だった。
中三の時の大会ではMVPを取ったくらいだ。
いろんな強豪の高校から声が掛かったのも教えてくれた。
でもそんな誘いを全て断り、この湘北に入学した。
安西先生がいるからという理由で。
「あ、ごめん」
「ううん、いいよ」
しまったという風な紗也に首を振る。
紗也は私と寿くんが幼馴染で仲が良かったことを知る数少ない人物。
ここ二年、話をしなくなったことも知っている。
「最近、三井先輩は?」
「入院してるって」
「は!?」
「また、ケンカしたんだって」
「そう…」
寿くんが高校に入学した時、私は中学二年に上がった。
学校が別々になっても兄と妹のような関係は変わらずで。
湘北でもバスケ部に入ったことを嬉しそうに話してくれた。
練習も頑張ってた。
私も早く高校生になりたいと思った。
寿くんと同じ高校に通って、活躍を見たり聞いたりしたいと思った。
二歳の差がもどかしかった。
でも、膝を故障してから寿くんの生活は一変した。
寿くんの周りには所謂不良と呼ばれる怖い人達が増えた。
近寄りがたくなった。
いつしか窓越しの会話はなくなり、寿くんの部屋のカーテンが開くことはなくなった。
それでもたまに姿を見かけることはあった。
長く伸ばした髪に、丈が短い学ラン。
もう昔の面影はなかった。
あんなに大好きだったバスケもやめてしまった。
「瑠奈、大丈夫?」
紗也の言葉にハッと我に返る。
湘北に入学してから以前にも増して今のようなことを考えることが増えた。
それなら別の高校に行けばよかったんじゃ?と思うこともある。
でも私は同じ高校が良かったんだ。
「大丈夫。ごめん」
「大丈夫そうには見えないけど」
「はは…そ、そう?」
紗也とも長い付き合い。
笑ってごまかせば、困ったように眉がハの字になった。
「せっかくだし何か部活でも見に行ってみる?」
「そうだね」
正直、部活に入る予定はない。
でも紗也は入りたいのかもしれないし、これは付き合いだ。
私は席から立った。
その時、ざわざわしていた廊下から一際黄色い歓声が上がった。
「あ、起きた」
流川くんは徐に立ち上がり鞄と部活バッグを持って移動を開始する。
それと共に少なくなる人混み。
「迷惑すぎる」
盛大に溜め息をつく紗也。
私は笑うしかなかった。
◆
高校の部活の数は中学より多い。
初めて見る部活もある。
「紗也は何か部活入るの?」
「ん?また吹奏楽かな」
「ふふ。楽器得意だもんね」
中学の頃から紗也は吹奏楽部だった。
「瑠奈は?」
「私は…入らない」
「もう、もったいない」
「まだ出来るか分からないし」
歩きながら自分の爪先を見る。
それに私ばっかりやるのは何となく嫌だった。
「よし!男バス!!見に行こう!」
「は!?え!?」
言うが早いかぐっと手首を捕まれる。
「ちょ、ちょっと!」
私は引きずられるように体育館へ向かう。
体育館に近づくにつれ増える人。
流川くんの影響かとも思ったけど、女子ばかりじゃなくて男子もいるし、なんなら他の部活のユニホームまで見える。
「何かあってるのかな?」
「さ、さぁ?」
紗也と首を傾げる。
どうにか人混みを掻き分けて、体育館の中が見えるところまで来れば、そこには髪が真っ赤な人といかにもキャプテンらしきバスケ部の人が対峙していた。
「あれって7組の桜木花道?」
「あ、なんか有名だよね?」
赤い髪の主は1年7組の桜木花道だった。
和光中出身の五人組の一人だったはず。
野次馬の声から察するに、桜木くんはバスケ部に入りたい。
それでどういう理由かは分からないけどキャプテンと勝負することになった?
でも桜木くんがバスケをやるイメージが出来ない…。
ただバスケ部を見に来ただけなのに思わぬ展開に結局そこに居座ることになってしまった。
二人のレベルの差は歴然だった。
というか桜木くんが素人なのは見て分かった。
これじゃ、勝負にはならないんじゃ…?
「あ!」
息を飲んだ後、すぐに体育館が沸く。
ダンクシュートだった。
「今、ものすごい跳ばなかった?」
「う、うん」
動きはめちゃめちゃだけどさっきのは凄かった。
そこで勝負は着き、体育館からはだんだんと人が減っていってバスケ部員が残り始めた。
もちろんそこに寿くんの姿はない。
あるはずない。
分かっていることなのに、それが悲しい。
「帰ろうか」
「あ、瑠奈!」
もうここにいる理由はない。
私は体育館に背を向けた。
紗也はバス通、私は電車。
途中で別れて今日も最寄り駅で降りる。
太陽の姿は地平線から少しだけ頭が見えるくらいで、空はオレンジ色を通り越して暗い色に染まってきている。
通りの外灯がチカチカっと付き始めた。
家の玄関を開ける前、ふと隣の家の二階の窓に違和感が。
「え?」
今までずっと真っ暗だった部屋の明かり。
その明かりがカーテン越しに灯っているのが分かった。