04.その心に偽りなく
翌日。
「本当に大丈夫!?私、部活休もうか?」
「帰るだけなんだから大丈夫だよ」
朝から紗也はこの調子だ。
昨日、あれだけ泣いたんだ。
目が腫れないわけがなかった。
朝から顔を見るなり、紗也にどうしたのと詰め寄られ仕方なく昨日のことを話した。
紗也は黙ってその話を聞いてくれた。
そして今日一日調子が出ない私を心配して一緒に帰ると言い始めた。
流石にそこまでしてもらわなくても大丈夫。
だから丁重に断った。
荷物をまとめて教室を出る。
廊下を歩いていると何やら騒がしい。
窓の外を見てる人が多いような…?
「あっ!花みっちゃんも知らねーかな?心当たりない?」
その時、そんな声が聞こえてきた。
ちょうど桜木くんは教室から出てきたところのようで。
部活に行くのか、質問には耳を傾けることなく去って行ってしまう。
「オレたちには関係ねーよそれ。あいつをかかわらすな」
代わりに返事をしたのは桜木くんと仲が良い水戸くんだった。
「あ、あの…何かあったの?」
思わず慌てていた生徒に話しかけていた。
「なんかさっき外からバイクの集団が入ってきてさ。すげぇ柄が悪い連中。門のとこにずっと居るから帰りにくくて…水戸たちなら何か知ってるかなーと思ったんだけど」
柄の悪い連中。
少しだけ胸騒ぎがした。
「おーい!奴ら体育館探してたみたいでそっち行ったぞ。帰るなら今がチャンス!」
廊下に響く声。
窓から外のようすを窺っていたであろう生徒も足早に昇降口に向かって行く。
体育館を探してた?
これからそこを使うのはバスケ部しかいない。
ということはバスケ部に何か用があるってこと?
胸騒ぎはどんどん大きくなっていく。
周りに水戸くんや桜木軍団と呼ばれる彼らの姿はない。
私は体育館へ足を向ける。
どうしよう、とか。
行ってみようか、とか。
行ってみてどうする、とか。
そんなことを考えるまでもなく足が動いて。
私は走った。
校舎内から体育館への渡り廊下を抜ける。
聞こえてくるはずの練習中の掛け声、バッシュやボールの音は聞こえてこない。
嫌な雰囲気が漂っている。
やっと入り口に辿り着いて荒い息を落ち着かせながら中を覗き込んだ。
「うそ」
バスケ部と睨み合っている集団。
さっき教えてもらった集団だろう。
土足のまま体育館に立っているその中心人物を見て私は目を疑った。
それは、寿くんだった。
嫌な予感はしていた。
でも違うと思いたかった。
そのことを私は確かめたかったんだ。
でも、嫌な予感は的中してしまうもの。
「ぶっ壊してやるよ」
寿くんの低い声が体育館に響く。
本当にあれは寿くんなの?
ボールを蹴る姿に思わず顔を背ける。
この二年、どんな気持ちだったんだろう。
入学してすぐに膝を故障して入院。
とても悔しそうだった。
勝手に病院を抜け出してたこともあった。
ちゃんと治さなかったのはもちろん寿くんが悪い。
でもそこまででしてでもバスケをやりたかったんだよね?
結果、膝は悪化してしまった。
インターハイの予選に間に合わなくて悔しい思いをしていたのも知ってる。
窓越しに弱音を聞いたのもそのときが初めてだった。
『もう、バスケ辞めるわ』
その言葉が今でも胸に突き刺さっている。
どかっと一際大きな音が響いた。
見れば寿くんがバスケ部の一人に頭突きをしていた。
溢れてくるのは、血。
「自分のせーで出場停止とかくらっちゃあ…イヤだもんな宮城」
続けて聞こえた廃部という言葉に騒然となる体育館内。
あんなにバスケを好きだった人から発せられる信じられない言葉。
本当にそう思ってるの?
本当にもうバスケはしたくないの?
「三井」
タバコを吸っていて、一際柄の悪い人が寿くんにモップを手渡す。
まさか…。
私の予想と体育館にいる全員の予想はたぶん一致している。
それぞれ声を上げるけど、寿くんは構わずモップを振りかざす。
「もうやめて!寿くん!!」
思わず叫んだ。
ぴたり、と寿くんの動きが止まって。
一瞬で場の雰囲気が変わったのが分かった。
たくさんの視線が自分に注がれている。
恐る恐る寿くんに目を向けると目が合った。
コツ、コツ、と革靴の音が響いて私の方へ近づいてくる。
私は怖くなって下を向く。
今更だけど大変なことをしてしまった気がする。
足音が止まると同時に視界に革靴が入って。
「瑠奈」
低いけれど呼ばれたのは自分の名前だった。
寿くんの声で久々に聞いた自分の名前。
反射的に顔を上げると、
「もうオレに関わんな」
その表情は無表情だった。
でも私には苦しそうに見えた。
トン、と肩が押される。
勢いで一歩下がったら左右から閉められる体育館の鉄のドア。
「寿くん!!」
取っ手に手を掛けたのと鍵が閉まる音が聞こえたのは同時だった。
ドン、ドン、と叩くけど扉の中から返事はない。
そんな。
「だめだよ…」
バスケ部を壊したいだなんて本当は思ってない。
思ってないくせに。
私は荷物はそのままそこに置いて別の入り口に走る。
そこには野次馬や先生達も集まってきていた。
騒ぎはだんだんと大きくなっている。
「このままじゃ…」
考えている間も中から聞こえてくるのは初めて聞くような鈍い音と荒々しい声。
な、なんとかしないと!
でもどうすれば…?
そこで閃いた。
この状況をどうにか出来る人を。
私は再び走り出す。
今度は職員室に向かって。
きっとあの人なら寿くんを止められる。
しん、と静まり返っている職員室前。
私の荒い息遣いだけが響く。
息を整えてノックをした。
「1年10組の香月瑠奈です。安西先生に用があります。いらっしゃいますか?」
頼れるのは一人しかいない。
職員室内は放課後というだけあって少しだけ賑やかだ。
私の声が響くと一番近くにいた先生が口を開く。
「安西先生?あぁ、バスケ部の監督の。安西先生なら来られたらいつも直接体育館に行かれるよ」
「え!?」
驚く私に安西先生は顧問じゃなくて監督だからねと付け加えられた。
そう、だったんだ…。
全然知らなかった。
失礼しますとだけ言ってドアを閉める。
今度は昇降口に向かって走った。
靴を履いて校庭に出る。
ちょうどその時、門から歩いてくる白髪の人。
その顔には見覚えがあった。
「あ、あの…!」
私は駆け寄る。
「なんでしょう?」
「安西先生ですよね?」
「そうですが…そんなに息を切らして、どうしましたか?」
初対面である私に対しても、先生はとても優しい口調だった。
「あの…体育館が大変で!その、ひさ…三井先輩が来てて!」
自分でも支離滅裂だと思った。
それでも安西先生が寿くんの名前に反応したのが分かる。
「三井くんが。行きましょうか」
「あ、ありがとうございます!」
安西先生につられて私も歩き出す。
本当は走って行きたかったけど、先生に走る気配はない。
「君は一年生?」
「はい」
「三井くんのこと知っているんですね」
「え?あ…えぇと、家が隣で…」
「おや、そんな子が彼に居たとは」
ほっほっほ、と安西先生は笑う。
わ、笑ってる場合ではないのだけど…。
安西先生先生のゆっくりとしたペースに合わせて歩いてやっと体育館が見えてくると、様子を気にしている先生達が必死にドアを開けようとしているところ。
「ちょっといいですか…?」
野次馬の数にも驚くことはなく、安西先生はドアの前に立つ。
どん、どん…
静かに扉を叩く音が響いた。
「私だ。開けて下さい」
静かにそうドア向かって声を掛ける。
しん、と一体が静まり返る。
少しだけ間があって、扉が開かれた。
ゆっくり安西先生は中へ足を踏み入れる。
そんな安西先生越しに見えたのは崩れ落ちる寿くんの姿だった。