開いた口が塞がらないというのはこの事か。
翌日の放課後。さぁこれから始めるか、という時に顧問が現れた。滅多に顔を出さない顧問に部員のほとんどが頭上にはてなマークを浮かべる。「全員集合ー」とどこか気が抜けた声が上がり、弾かれたように駆け寄ると影に隠れて見えなかったが女子がいるではないか。
「あ!」
と思わず黒尾と夜久が声を上げ、ぽかんと口を開く。横に並んでいる海も少し目を見開いている。そう、顧問の隣には昨日出会った美少女転校生が立っていた。センパイ達も噂を知っているのかコソコソ話しているのが聞こえる。
「全員集まったか?今日から入る新しいマネージャーだ。ほら、挨拶」
顧問が託すと一歩前にでる無表情の彼女。
「先日、音駒高校に転校してきた1年4組の神崎美沙です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた。途端上級生は色めき立った歓声をあげる。顧問が「静かにしろ!」と注意するが興奮はしばらく収まりそうにない。そういう俺も内心、心臓がバクバクと煩い。呆然と見ているとカチリ、と目が合った。すると古い歯車が噛みあったような感覚にブワリと襲われた。周りの喧騒は聞こえなくてこの広い体育館で二人しかいないような錯覚に陥る。彼女は一度瞬きをするが、その仕草さえも美しさを際立たせるだけだ。
「じゃあそこの1年3人!彼女に仕事教えてやってくれ!」
そこの3人、とはいわずと知れた黒尾・夜久・海だ。顧問の言葉に思わず「へっ」と間抜けな声がでたが、当の本人は「他は練習開始ー」とあっさり片手を上げて去っていく。上級生が妬んだ目で睨んでくるがそれに反応する余裕がない。俺らが動けないままでいると彼女の方から近づいてくる。
「昨日は、ありがとうございました」
「えっあぁ、いやいや全然!俺、3組の夜久衛輔」
「俺は5組の海信行、よろしく」
夜久はまだ動揺を残しているが、海はもういつもの穏やかな笑みでニコニコしている。それなのに俺はまだ目の前の彼女を見つめ続ける。すると夜久に「おい、黒尾も言えよ」と肘で突かれようやく口を開く。
「2組の黒尾、鉄朗…」
「夜久くん。海くん。…黒尾くん。」
夜久達と同じように呼ばれただけなのに、彼女の口から発せられた言葉は別物のようで妙な気分にさせられる。
「今日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、でも…何でバレー部?」
海の問いかけに彼女は何も答えず視線を逸らすだけだった。相変わらずの無表情で何を考えているか分からない。返答が気になるものの今は部活中だ。とりあえず話を中断し、マネージャーとしての仕事を教える。今まで俺たち1年がやっていたことをそのまま教えるだけだ。内容や場所を一通り伝え終わると彼女…神崎は「はい」と頷いて仕事についた。「分かんないことあったら何でも聞いてな」とだけ声をかけ、俺らは練習に加わった。
×××××
(「分かんないことあったら何でも聞いてな」)
何てカッコイイ事を言っておいたが、今のところ全くその必要がなさそうだ。
神崎がマネージャーとして入って既に1週間が経過した。部活中は一緒だというのに、未だに会話らしい会話は出来ていない。それもそうだ、きっかけがない。神崎は初日の説明だけで完璧にマネの仕事をおぼえた。ひたすら坦々とこなす姿をみると、もっと前から居たんじゃないかとすら思う。先輩たちも何とか話すきっかけを探しているようだが、困っている様子もなければ助けてほしそうな素振りも見せない。完全に隙がないのであった。
「…何て声かけたらいいんだ」
そして探しているのは先輩だけじゃない。俺もだ。昼休み、自販機に向かうものの足取りがひどく重い。先に言っておくが、付き合いたいとかそういうんじゃなくて…これから2年は一緒にやっていくわけだし……。いや、下心が全く無いといったら嘘になるが。とりあえず、もっと仲良くなりたいのは確かだ。
「…お」
神は俺に味方してくれたのか。目と鼻の先に俺の頭を悩ませている張本人がいた。自販機が並ぶ場所より少し離れているが、間違いない。神崎だ。
急いでパックのカフェオレを買うと、恐る恐る彼女に近づくが何やら熱心に本を読み、しかも両耳にはイヤホンをしているので俺に気付くことはない。ベンチがまだ一人分空いてるのをみて、そこに腰をかける。すると突然現れた俺に驚き、肩を震わせザワッと警戒心を尖らせたが、俺を視界にいれた途端それがゆるりと解かれた。
「…こんにちは」
「…神崎さん、こんなとこで何してんの?」
隣に座ったはいいが、何を話したらいいのか分からなくて当たり障りないことを口にする。
「ここ、人通り少なくて。落ち着くんです」
なるほど。この場所は他からは死角になっているらしく歩くだけで人目を集めてしまう彼女には都合がいいというわけだ。
イヤホンを丁寧にしまいながら話す彼女の膝には先ほど読み込んでいた本が伏せてある。表紙を見る限り、どうやら内容はスポーツケア・応急処置の仕方で思わず目を丸くする。俺があまりにも見過ぎたせいか、彼女はさっとそれを隠してしまった。そしてチラリと俺の顔を伺う。
「これは、その…皆さんのお役に立てればと……」
何故かもじもじと恥ずかしがるようすに俺の方が頬が赤くなる。ウワァ…なにこのこ、かわいい。無表情なのがどうも惜しいが、恥ずかしそうに話す彼女はどこまでも愛らしい。
「…ありがとな」
「いえ、まだまだこれからです」
「聞きたかったんだけど、神崎はどうしてマネージャーやろうと思ったんだ?」
俺の問いかけに神崎は俯いてしまい、流れた横の髪により顔が見えなくなってしまった。
「転校して、校舎に慣れるため一人で周っていたらたまたま体育館にでてバレー部の皆さんをみつけました。皆さんハードな練習しているのにドリンク作りやテーピングまでしていて。その上、部活後も黒尾くんたちは自主練していました。その姿を見て、少しでも負担を減らして支えてあげれればと思って…。もしかして…ご迷惑でしたか?」
さらりと揺れる髪を目で追うと、不安気な瞳と見つめ合う。
「…そんなじゃねぇよ。俺たちはめちゃくちゃ助かってる。神崎が入ってくれて良かったよ」
普段の俺ならありえないような正直な言葉がサラリとでる。そのことに少し驚くが、目の前の彼女はほっとしたようなそしてどこか嬉しそうに瞳を緩めたのでよかった。
「あのさ、またここに来てもいいか?」
俺の言葉に彼女は目を見開く。
「これから少なくとも2年は一緒にやってくんだし、仲良くなれたらなーと……」
最後の方は情けないことに小声になってしまった。神崎の顔が見れず飲み干したパックを潰しながら眺める。暫く無言の空間が続きダラダラと冷や汗が流れる。頼む何んとか言ってくれと願ったところで控えめに袖を引っ張られた。
「いつでも、きてください」
キュン。何と、いつでも無表情の彼女が微笑んでいる。微妙に分かりづらいが、無表情を見慣れた俺には断言できる。彼女の笑顔だと。上目遣い笑顔の美少女、握られる袖、俺たちの為の読書、俺たちの為のマネージャーへの決意。
あぁもうこれで惚れないなんてヤツ、いるのかよ。
黒尾鉄朗、ライバル多し神崎美沙に恋をした。
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