2012年、4月20日。音駒高校体育館ーー。



「今年のGW合宿だが、宮城にて行うことになった」

4月中旬。猫又監督の言葉にザワリと部員が騒ぎだす。それもそのはず。毎年この時期は梟谷グループの合宿に参加していたので、まさかそんなにも遠くの県外への遠征になるとは夢にも思わないであろう。主将として事前に聞いていた俺も最初は驚いた。

「遠征にはレギュラー陣だけで行くことになるからな。詳しくは美沙からな」

監督が視線だけで託すと、ヒラヒラと手を振りながらコーチと去っていく。全員で声を揃えて挨拶をするとそのままその位置に座り、美沙が配っている資料を受けとる。

「ゴミ捨て場の決戦?」

新入生である犬岡が首をひねる。

「猫又監督とあっちの監督が前からライバル同士で、昔はよく遠征に行ってたらしい。ネコ対カラス、ゴミ捨て場の決戦って近所ではそこそこ有名だったんだが両監督の引退とかでここ最近は接点がなかったんだが…」
「何で今また遠征なんでしょうか?」
「…向こうの先生が、猫又監督に一生懸命頼んだって聞いた」

俺の説明に補足するように美沙が口を開く。まだ彼女の容姿に見慣れない犬岡は分かりやすく身を固め顔を赤くした。

「あ、美沙先輩!」
「犬岡くんと柴山くんは遠征組ね。リエーフはお留守番」
「えぇ!?何でッスかー!俺も行きたいッス!!」
「……リエーフはまだまだ素人同然だから」

珍しく口を開いた研磨にショックを受けるリエーフ。体育館の隅にいき膝を抱えていじけている。その姿に他部員は苦笑いをするが、俺の目の前をふわりと甘い香りが横切った。

「リエーフ」
「…美沙さん……」
「今回お留守番なのは、リエーフは秘密兵器だから」
「へっ」
「敵に手の内をいきなり全て見せることはないでしょ?」

美沙の言葉にみるみる笑顔になり、勢いよく立ち上がると体育館を走り飛びまわる。

「うおおーー!練習だーーっ!」
「うるせぇーリエーフ!!」

すぐに夜久にシバカれているが。
呆れ顔で美沙近づき「上手いことのせたな」と笑うが、相変わらずの無表情で「でも本当のことでしょ?」と返される。その言葉に思わず目を丸くするがすぐにニヤリと笑って見せると、彼女も微かにだが口角を上げ微笑んだ。それと同時に、こちらのやりとりを見ていた山本が後ろで倒れこむ。

「美沙さ、んの笑顔……」
「猛虎さんしっかりしてください!」




×××××




帰り道を二人で手を繋いで歩く。桜はほぼ散ってしまい新緑の葉が東京の空を隠している。見上げても夜空の光は確認できない。いつもの景色だが、隣の彼女は残念そうに緑を睨みつける。最も、彼女がこんなにも表情が出るのは基本、両親か俺の前だけだ。数少ない心を許している者の中に俺が含まれている、という事実に口元が緩みそうになる。
笑顔のときも、怒るときも、悲しいときも、いつだって俺には表情を見せてくれる。とても幸せなことだ。

「合宿、楽しみだね」

考え込んでいるとふいに声が掛けられる。自分より随分と小さい頭を探すと、さらりと黒髪が揺れ星屑のような艶がキラリと光る。そしてその表情には笑みが浮かび少しワクワクと心を躍らせているようだった。そんな顔は親御さんと俺の前ではするなよ、と独占欲を隠すことなく叫びたくなる。

「そうだな、昔は実力近くてライバル同士みたいだって聞くし」
「梟谷みたいにいい関係になれれば嬉しい」
「面白いやつらだといいな」

そうだね、と優しく返される。その後も俺たちはまだ顔も知らないやつらの話題で盛り上がった。そうなると、駅近そびえる美沙の住むマンションが見えてきた。

「相変わらずバカでかいマンション」
「それ、もう何十回目?」

上品に口に手を当てクスクス笑う。俺が何回でも言いたくなる気持ちをこれっぽちも分かっていない。本当に、バカみたいに、デカイのだ。海外で働いている両親が心配して用意したのがこのマンションだ。外見も設備も防犯も申し分ない。さすが親バカ夫婦だ。

「烏野高校との試合、とっても楽しみだけど」

マンションの前に立つと、自然と繋がれていた手が離れ寂しく思う。すると間を空けずくるりと振り向き、美沙はこちらに詰め寄ってきた。あんまり近づくな、ちゅーするぞ。



「負けちゃやだよ?」



あったりまえだ。なんて返事は後でもいいだろう。とりあえず、キスさせろ。