ーー5月3日


リエーフは合宿が始まると、再び愚図りはじめたがなんとか美沙に宥めてもらい今日を迎えることができた。

早朝にも関わらず、遠征メンバー達はいつもより浮き立った様子で落ち着きがない。特に新幹線に初めて乗るという山本猛虎は人一倍うるさい。しかし、みんなの楽しそうな様子に美沙はこっそりと…微かに口角が上がった程度だが笑った。

「でも宮城は初めてだな〜。烏野ってどんなとこかな、仙台しか知らないや」

思わず話に集中してしまった面々は横に広がり始める。早朝などと時間問わず混み合う東京駅ではいただけない。注意しようと声をあげる前に、隣の大男が口を開く。

「おいまとまって歩け。学校じゃねぇぞ」
「あっ、スンマセンッ」

なんだかんだ面倒見のいい彼は、私よりも先に気づいたのだろう。監督やコーチと座席の確認をしている横顔をじっと見つめていると隣から夜久がニヤニヤとした表情で近づいてきた。

「何見惚れてんだよ」
「え?私見惚れてた?」
「あつ〜〜い視線おくってただろ」

夜久の言葉に思わず頬に熱が集まる。

「もう、意地悪しないで夜久くん」
「事実だろーが」

そんな不毛なやりとりをしているとこれまたニヤニヤした顔の黒尾がやってきた。

「何、なんの話」
「美沙がお前に見惚れてた…って気づいてただろ」
「あんだけ見られてたらそりゃーな」

鉄くんにまで気づかれていたとは。ぽぽぽっと更に紅に染まる。気恥ずかしくなり床においていた荷物を掴み、その場を離れようと試みるがあっさり手首を掴まれてしまう。

「それ貸せ」

あっさりと逆の手で持っていた荷物を攫われてしまう。既に黒尾は荷物を持っているし、これ以上負担をかけるわけにはいかないと取り返そうとしてみるがひょいひょいと躱される。

「このくらい、持てる」
「いーの。俺がいるんだから、俺に持たせておけば」

手首を解放されたかと思えば、頭を撫でられるが豪快なそれにグラグラ揺れる。そこにタイミングよくコーチの声がかかり、ぞろぞろと改札へと向かう一同。美沙は自分から離れる大きな背中を不満そうに見つめながら手櫛で髪の毛をなおす。まったく、本当に彼には勝てそうにない。



×××××



「…あれ」
「……おい、研磨はどうした?」


音駒バレー部に事件発生。
状況を整理しよう。仙台駅で新幹線をおり、合宿所に向かうため貸切バスに乗り込んだ。そこまでは順調だったのは間違いない。なのに先ほどの黒尾の言葉どおり、一人の人物が見当たらない。美沙は思わず額に手を当て項垂れる。

猛虎がまだバスじゃないのかと聞くが、俺たちが最後だから聞いてるんだと不機嫌そうに言う。

「ごめんなさい。私忘れ物とかないか心配で目を離してた」
「いや、俺も全っ然気づかなかった」

海が辺りを見回すが「近くにはいなさそうだ」と苦笑いする。

「ったく」

黒尾が吐き捨てるように呟くと、おもむろに携帯を取り出し電話をかける。よくもまぁ、初めて歩く土地でフラリと歩いていけるものだと感心する。本当に猫のような人だと改めて思った。部員たちが心配そうに見守るなか電話を終えたらしい黒尾が振りむく。

「研磨捜してくるから、みんな中入って休んだろ」
「俺らもいきますよ!手分けしたほうが早いだろうし」

犬岡が手を挙げて提案する。

「これ以上迷子が増えても困るから、鉄くんに任せたほうがいいと思う。みんなは荷物をなかに運んで、待機でいいんじゃない?」
「そういうことだ。もし見つからなかったら連絡する」

黒尾と美沙に説得され、しぶしぶ犬岡は手を下ろした。

「監督たちには言っておくから研磨くんのことよろしくね。こっちは任せて」
「あぁ、頼んだ」

二人のやりとりに周りの部員たちは呆れたような視線を送る。慣れてはきたが相変わらずの信頼関係だ。他の部員より二人を長く見守ってきた夜久と海は少しだけ悔しく思う。黒尾と同じときに美沙とは知り合ったが、その絆には雲泥の差がある。
もちろん仲間、チームメイトとしての絆はあるが黒尾と比べてしまうとどうしようもない。研磨のように昔馴染みではないかと思うくらい二人はあくまで自然と、深く、繋がりあっていた。

黒尾が背を向け、町のほうへ歩いていくのを完全に見送るとようやくユルリと振り向いた美沙は「それじゃあ、行きましょう」と荷物を抱えあげた。