パイロット・フィルム
今日の天気は曇り、秋も暮れていて肌寒くなってきた頃。バイトしてたスタバァとは違う店舗のテーブル席を陣取り、僕と向かい合う女の子、名前ちゃんは眉間に皺を寄せて実に不満気だった。
「だーかーらー違うってば。帰ってきたのは上から四番目のこの子で、一般ピーポーにも知られてるのは二番目のこの子。体の模様が違うでしょうが」
「えー?体ほぼ映ってなくない?わっかんないよ」
名前ちゃんはスマホを差し出し、銀色の体に赤のラインが走るそのキャラクターを指しながら唇を尖らせる。バストアップの画像が三つ並べられているけど、正直全然見分けつかない。彼女は大きく溜息を吐いて、鞄からメガネケースを取り出すと僕の目の前に置いた。暗に「眼鏡掛けたら?」と言っている。
「別に目は悪くないからね!?…大体同じ顔が3つもあってどうすんのさ」
「君んとこその倍あんじゃん」
「顔つきとか仕草とかで分からない?」
普段僕は女の子と知り合う時は兄弟の事はひた隠しにするけど、彼女は僕と初対面の時に全員と会っているので怯えなくていい。あの悪魔共の妨害も多分気にしなくていいなんて本当に貴重な子だ。本人にはちょっと一癖あるけど、まぁ、何より顔が可愛いから無問題。
「ああ、あのボサボサ頭のお兄さんは分かりやすいよね。後ろから見ても分かるよ」
「………僕の事は?」
彼女の言う様に、髪の毛はボサボサだし猫背だしで一松兄さんは確かに分かりやすい。でも今こうして話しているのは僕なんだから、僕を真っ先に分かって欲しいよね。そう思って目に見える様に拗ねてみれば、名前ちゃんはココアをくるくると掻き混ぜながら唸った。
「んー、体に模様とか突起物とか付いてたら見分けられるかもー」
「そっちの巨人兄弟と一緒にしないで!?」
これはオタク女子特有の興味ある事に記憶領域割いてるパターンか。彼女を落とすには結構手こずりそうだな。
「…あ、そうそう。倍って言えばこっちの二番目もマスクが更に三種類あってね、一番最初のは口が動く造型になっててー」
「あーあーフラペチおいしいなー!名前ちゃんも飲む?」
「うえー、雑な逃避しないでよ………貰う」
僕の飲みかけ、期間限定のフルーツクラッシュクリームフラペチーノを差し出せば、名前ちゃんは普通に受け取って口をつけた。間接キスを拒否されないのは良いけど、全く気にされないのはそれはそれで悲しいものがある。
「ねぇ、名前ちゃんは何でココアしか頼まないの?」
「フラペチーノとか名前長くて頼みにくいし。飲みたいなって思ってるとくれるからトッティ好き…」
「はいはい、本気じゃないならそういう事言ーわーなーい」
「へーい」
物欲を満たしてくれるから好きとか言われて本気にする様な、そんなおそ松兄さんレベルのおめでたい頭はしてない。やんわり窘めてみれば名前ちゃんはやはり本気じゃなかったらしく、うっすい返事をしながらフラペチーノのクリームをキュイキュイ吸っていた。
「…っていうか本気で疑問なんだけど…何でトッティ相手してくれんの?特撮興味無いなら無理しなくていいのに」
「別に興味無い訳じゃないよ。何より名前ちゃんが好きなものを好きになりたいのはほんとだからね」
「話逸らそうとする癖にー…」
「一気にディープな話するからだよ。だから少しずつ、ね?」
「む…そっかぁ……じゃあやっぱりバイク乗る方の電車通勤とか二人で一人のアレとかかなー」
まぁ正直下心が大部分を占めているけれど、彼女の趣味が理解出来ない訳でも無かった。特撮ドラマって元々男の子向けに作られている訳だから、どこかが引っ掛かるんだろう。それに最近よくテレビで見かけるあの俳優が出てた、とかそういうライトめな入り口を示してくれる時は素直に興味を示せる。名前ちゃんはぶつぶつと何か呟き、少しして僕の方に視線を合わせた。
「あのさ、トッティ。今度の水曜日と木曜日空いてる?」
「え、………何で?」
これはもしや彼女からのお誘い。今日だって僕から誘って来て貰ったもので、普段彼女は自主的に僕と会おうとはしないのに、向こうから予定を聞いてくるとは。平静を装いつつも内心ガッツポーズを決める。
「私その辺り休みだし鑑賞会しようよ。まずは作品に触れて欲しいし」
「あー、そういう事。うん、いいよいいよ。どこで見るの?」
まぁ何となく分かってたけど特撮絡みだった。でも彼女から誘われた事は事実だから嬉しいことには変わりない。鑑賞会って言うぐらいだから長時間一緒に居られるんだろうし。
「うち来て」
「……………え?」
「トッティんち居間にしかテレビ無いんでしょ?ご家族に迷惑掛けたくないから」
「ちょっ、ちょっと待って。意味分かって言ってるの?」
―――いきなり家に誘う!?そりゃうちはニートの巣窟だから二人っきりになんてなれる訳無いし邪魔が入るだろうけど、だからっていきなり家!?
いくら女の子と話せる方とは言え僕だってまだ童貞、もといきれいな体だから声が揺れてしまう。名前ちゃんはそんな僕とは対照的に首を傾げた。
「え?だから鑑賞会しようって」
「な、何で名前ちゃんち?」
「ネカフェとかだと一泊高くつくじゃん。今月プレバンからコンセレベルト発送されるし」
「え、泊まりなの?」
「どうせなら一本丸々見せたいし……」
何かよく分からない単語を交えて説明されたが、要するにあまりお金を使いたくないって事らしい。一本丸々って一年分だっけ。30分番組が一年分の50話ぐらいって事は…休憩挟むだろうし確かに一日強掛かる。でもいきなり泊まりって。大丈夫かこの子。
「あ、もしかして何か予定ある?駄目?」
「な、無いし…いいけど……」
「やった!じゃあそういう感じでー。お泊りセット準備してね。着替えだけでもいいけど」
オタク女子って自分の趣味に引きずり込む為なら色々惜しまないのか、はたまた名前ちゃんが特殊なのかは知らないけど、何とも恐ろしい。つい流されて承諾してしまったけれど、彼女は本当に嬉しそうに笑った。あー、もう、可愛いってずるい。
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