アクション・ゼロ
「…あれ、苗字ちゃん?」
訪ねたのは都内でも結構立派な一軒家で、親御さん凄いなぁとぼんやり思いながら押したインターホン。応対したのは、残念な事に穀潰しらしい息子の誰かだった。トッティことトド松くんは最近会ったばかりだからまだ分かる。でも他のお兄さん達は猫背の人を除いて誰が誰だか分からないしそもそも名前すら危うい。
「…どうも、松野さん。こんにちは」
「はーいこんにちは。うちに居るの全員松野さんだからね?おそ松でいいよ。あ、ちなみに長男ね」
「あ、そうですか。ではおそ松さんと」
苗字で呼ぶのが安牌かと当たり障りない感じで挨拶すれば、目の前の松野さんは慣れているのかスムーズに誘導してくれた。長男のおそ松さん。ぱっと見では分かりづらいけれど、トッティより黒目が若干小さい様な。光の巨人六兄弟の見分けは付くし頑張れば分かるようになるだろうか。
「素直な子はいいねー。で、どうしたの?トッティに用事?」
「はい、約束があるのでお迎えに」
おそ松さんは私を見るなりすぐにトッティを連想したらしい。実際そうだったから素直に頷いた。
「ひょっとしてデート?」
「んー、違いますよ。DVD見る約束をしてて…」
下衆い笑みを浮かべながら聞いてくるのでこれは否定。一応二人で会うんだから広義ではデートなのかもしれないが、トッティにその気が無いなら違うんだろう。そもそも鑑賞会と言って誘ったのだし。
「へぇー、何見んの?映画?」
「いえ、一応ドラマです。バイクに乗るアレを」
「あ、苗字ちゃんそういうの好きなの?俺あれならちょっと見たよ。銀色の巨人の方」
「ほんとですか!?」
「お、おおう…」
彼から飛び出た意外な言葉につい食い気味に反応してしまった。おそ松さんは私の剣幕に微妙に引きながら一歩後退る。
「ほら、パチンコであっただろ?打ったら当たってさー、その足で行ったレンタルで見かけたから借りてみたんだよ」
「お兄さんみたいなパチンカスが居るお陰で続編に繋がるんです…!」
「パチンカスて。よくわかんないけど褒められてんの?株爆上げ?」
ニートつまり親の金でパチンコに行く事自体は普段ならドン引く所だけれど、この時ばかりはその事が頭から飛んだ。こと特撮やアニメにおいて、パチンコで得た収益―――所謂パチマネーが続編の予算を賄っている部分が少なからず存在する。知らず貢献している目の前のニートが神に思える瞬間だった。感激して手をがっしりと掴めばおそ松さんは満更でもないように笑う。
「あ、そうそう。お目当てのトッティはちょっと歩かないといけないとこに回覧板回しに行っててさー、もうちょっとで戻ると思うけど。今誰も居ないし話し相手になってよ」
「わーい、ありがとうございます」
折角なのでお言葉に甘えて玄関先で立ち話をする事にした。彼が見たと言う光の巨人の話や、普通に自分のご兄弟の近況等。おそ松さんは案外気さくで話しやすい人の様で、意欲さえあれば普通に社会に出れそうなトーク力なのに実に勿体無い。
「そういや苗字ちゃんって下の名前何て言うの?」
「あ、言ってませんでしたね。名前です。これから多分付き合いあると思いますし…お好きに呼んでください」
「おっけ、名前ちゃんねー。これからってどゆこと?」
「…弟さんと仲良くさせて頂くつもりなので」
「ははー、さてはトッティにホの字ですか」
「ええ。一目惚れっていうか、二目惚れみたいなものですかね」
意味深げに微笑んでみれば同じ様にニヤついてノッてくれて面白い。同時にぶつけられた核心を突く言葉には頷いておいた。
「めっちゃ素直!?うわー、まじかよ。トッティ勝ち組じゃん…同じ顔だよ?俺とかどう?」
「中身がトッティだったら乗り換えますねー」
「どうあがいてもトッティなの!?何が琴線に触れたの!?やっぱりバナナ!?」
「それもありますけど…私の趣味に理解示してくれるし、凄く気を遣ってくれるので」
トッティとの初対面は例の合コンでのあのバナナアームズだった訳で、確かにあのインパクトは大きい。その時は面白いものを見せて貰ったお礼も兼ねて連絡先を交換して、それだけだったら自然に縁が切れるだろうと思っていた。何だかんだあの後トークも続いているし、少しずつ気遣いの見える言動に好感を持って、気が付けば好きになっていた様に思う。友達に話してみれば「あんた流石にちょろすぎだから」と冷たい目で見られたけれど。
「あのドライモンスターがねぇ…」
おそ松さんが意外そうに目を丸くしながら零した単語に首を傾げる。ドライモンスターとは一体何なんだろう。別にトッティが聖人君子だとは思っていないけれど、何か裏があるんだろうか。
「ま、あいつが名前ちゃんとまともに付き合ってくならもう俺も何も言わないし。これからもトッティをよろしく」
「………はい、こちらこそ」
何だかどこかの飴配りお母さん怪人みたいに頼まれてしまった。ドライモンスターが引っ掛かったけれど、まぁそれはこれから探っていけばいい。そんな風に楽観的な事を考えていると、背後で引き戸が滑る音が聞こえた。
「ただいまー」
渦中のトッティ御本人だった。
「おっ。おかえりトッティ」
「えっと、おかえりなさい?お邪魔してます」
おそ松さんに続いて出迎えの挨拶をする私に気付いたトッティは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに人当たりの良い笑顔を繕った。
「名前ちゃん、待たせちゃってごめんね!母さんに回覧板頼まれちゃって」
「ううん、お兄さんと世間話してたから大丈夫」
申し訳無さそうにする彼に笑い流せば、表情が分かりやすく歪んだ。あら、これは初めて見る顔。
「…ちょっとおそ松兄さん、名前ちゃんに何吹き込んだの?」
「別に何も言ってねぇって。トッティをよろしくって話」
「……え、ほんとに?」
トッティは訝しみおそ松さんに詰め寄るが、おそ松さんはあっさり頭を振る。しかし余程兄を信用していないのか、後者の確認は私に対して向けられていた。
「うん。トッティをよろしくされました」
私の笑顔の意味を彼は多分知らないと思う。
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