天草四郎が私を殺す。
それはもう、手際良く。存在意義を真っ向から否定するように。生きてきてはいけなかったと知らしめるように。誰の記憶にも残さないように徹底的に。
私は唯一無二のサーヴァントに歯向かわれて息を詰まらせる。いちいち殺し方の提案がえげつない。世のため人のために私を殺す。私は殺されなければならない、らしい。天草くんが言うには。そんなん受け入れてたら私のこれまでは一体なんだったのかという話だ。存在意義を真っ向から否定、してくる。

「殺します」

「やめてください、令呪をもって命じる、
殺さないで」

「はい、では犯します正気ではいられなくなるまで。私は聖職者なので……そのへんの棒とかで」

「令呪をもって命じる、私に危害を加えないで」

「はい、では隔離して死ぬまで外に出しません。独りで勝手に死ねばいい」

「令呪をもって命じる、私の行動を制限しないで」

「はい、3画終了です。お疲れ様でした。おはようございます、朝食はご自分でどうぞ」

胡散臭さMAXな天草ゲススマイルがモーニングサービスである。爽やかな目覚めもこれのせいで本当にどんよりと破滅の輪舞曲を奏で始めてしまう。こんな殺伐カルデアはうち以外に存在しないと断言できる。人格が悪魔に支配されている聖職者とだだっ広いカルデアでふたり暮らし、何のロマンスも起きやしない。犯人丸分かりのサスペンスなら毎朝発生するが。
言われた通り、私の行動を制限しないために天草くんはマイルームを出ていった。何で入ってきてんだよというのはもはや今更だ。天草くんは聖職者である以上に神なのだ。神なので大抵のことは出来てしまうのだ。そしてもともとブッ飛んでた天草くんを更にブッ飛ばしてしまったのは私自身なのでもう、コメントは差し控えさせてください。敢えて言うなら天草くん、お前は猫を被りすぎていた。

「……マシュが懐かしい……」

何を隠そう弊カルデア、マシュがいない。マシュがいないカルデアなんて、カレールーのないカレーライスみたいなものである。つまりは米だ。米オンリーだ。私の朝食のようだ。
天草くんが言うには、マシュはお空のお星様になって人理を見守ってくれているらしい。私を見守ってくれているわけではないというところがミソである。あくまでも人理。人類。個人には目を向けない。天草くんの極端な思考回路が垣間見えている。ダヴィンチちゃんとか他のサーヴァントたちに至っては矮小な私に愛想を尽かして座に戻ってしまったのだそうだ。天草くんが言っていた。なんかもう、笑うしかなかった私はそれで納得することにした。聖杯の力を得た天草くんはとても恐ろしい。
食堂にて、米をただ頬張ってエネルギーを摂る。味がシンプルなので小食で済む。太らなくていいのでありがたいです(棒読み)。ドクターはいるのでレイシフトして買い物に行けば食生活は潤うのだが、必然的に天草くんとのデートとなってしまうので怖くて提案出来ないでいる。カルデア職員さんたちには大変申し訳ないことをしているという自覚はある。
朝食が終われば私は天草くんと修練所である。レベル100、スキルマックス、絆すらもマックスである天草くんと何を修練しろというのか。あれか、一般常識か。私を殺してマスターに成り代わりたいからって他のサーヴァントをころしていいなんて誰が言った、と。むしろ他のサーヴァントたちをころしてしまう前だったら、私は天草くんの申し出を受け入れたかもしれない。大事な仲間たちを盾にされたら正直私は自分の命なんて惜しくはない。まぁその大事な仲間筆頭がこの褐色白髪神父だったわけですけれども。
私は天草くんをちらっと見た。彼はダブルクリームチョコクランチみたいな美味しそうな名前の宝具をどかどか敵にぶつけて楽しそうにしている。え、名前違う?もう天草くんへの興味私ないんだよね。

「終わりましたよ」

「終わりましたね」

「貴方もそろそろ終わりましょうよ」

「いやいや私にはまだ早いですよ」

「いやいやいや」

「いやいやいやいや」

全滅させたのでのんびりと帰還。天草くんと交わすたわいない終末トーク。いやいやとか言ってはいるけれど、私はもう疲れてしまっていた。天草くんが私の根負けを狙っていると分かっていながらも折れてしまいそうになる。当たり前だ、私は天草くんみたいに強い意思なんて持ち合わせていないのだ。だって、ただの一般人で、これと言って特色のある人間でもなくて、どこにでもいるような普通の女子大生で……、ただ、Fate/Grand Orderのアプリをプレイしているという、それだけの人間なのだから。



聖杯を渡した翌日、何故か誰もいないカルデアにて唯一そこにいた天草くんは言った。

「貴方はどこにいるのですか」

なんだこのポエミィなイベントと思いながら私は選択肢を選びカルデアに、と答えた。すると天草くんは、なんと、笑った。

「違うでしょう?分かりやすく言いましょうか、どこから私を見ているのですか?上空ですか?背後ですか?それとも、この、出来損ないマスターの眼球からですか?」

アプリを終了した。怖すぎた。怖すぎたあとで、ひょっとしてレアイベントなのかもしれないと思ってスクショのために再度アプリを起動させた。にっこりしている天草くんは言った。

「今、逃げましたね」

震える手でスクショを撮ったが何の変哲もない普通のメニュー画面しか撮ることが出来なかった。天草くんはプログラムを外れて独特の道を歩き始めてしまった。念のためTwitterで呟いてみても夢女子垢故にいいねが付いただけだった。ですよね、私でもそうします。



午後からはやっと人理修復である。とはいえ、ガウェインに勝てなくて止まっている。当たり前だろいくらレベル100だからって天草四郎とサポートさんだけでガウェインに勝てるかよ!というか天草四郎はレイシフトするとだいたい私を不慮の事故で殺しにかかってくるので、サポートにはアヴェンジャーを連れてくるしかない。すなわち、借りるのは友達の巌窟王。私は巌窟王の背中に隠れて行動する。

「歩きにくい」

「なんと可哀想なマスター!さぁ私の懐へ!」

「殺すぞルーラー」

事情を分かってくれている友達の巌窟王は天草くんから私を守ってくれる。持つべきものは巌窟王である。ちなみに私が今から一生懸命巌窟王を召喚しようとしても無駄だ、レベル1ではド外道天草くんの餌食になる。そんなこんなで私は全く召喚を行わなくなった。カルデア崩壊である。今更だけれども。
ベディヴィエールは天草くんのチカラに負けたのか手伝ってはくれない。まぁ、ベディヴィエールがいたとしても勝てないし。やっぱり今回も勝てなかった。私に向けてチョコクランチしてくる天草くん、に向けてなかなか本気で攻撃をかます巌窟王さん……私は蚊帳の外であるガウェインに若干同情しながら味方がやられるのを待つ。もう私に人理修復する元気などない。天草くんの言う通りにマスターを譲ってしまった方がいいのかもしれない。天草くんがマスターをするなら新しくサーヴァントも召喚出来るし、時間はかかるだろうがガウェインも突破できるだろう。ガラディーンの炎を眺めながら思う。火葬されていく天草くんと巌窟王を、この見慣れた光景をただのイラストとして視界に入れながら考える。ガラディーンの猛威は私にも襲いかかる。いつものことだ、この辺りでドクターが強制的にレイシフト解除する。そもそも痛みを伴うものではないから。だって私は画面をタップしているだけ。

「いいご身分ですねマスター」

本当にそう思う。ごめんね天草くん。瀕死の巌窟王が負傷したマスターになんだその言動はと天草くんに憤慨する。ごめんね巌窟王、私は天草くんにとっては普通のマスターではないのだ。説明しようがないけれども。


夜、やはり天草くんはマイルームにやってくる。寝首を掻きにかもしれないし、夜這いしにかもしれない。どちらも令呪で封じているので私は安心……はしないけど、警戒は薄めに天草くんをマイルームに呼ぶ。元気ピンピンの天草くんは、火傷痕が残る私の頬をそっと撫でて言った。

「痕は立派に残るんですね」

「天草くんさ、もうやめにしようよ」

「何を?貴方の人生を?いや、カルデアのマスター権を、ですか」

「天草くんが言うように、私は……いや、私を操作しているのはあなたとは別の次元にいて、そういう意味では私を殺すことはできないんだよ。でも、あなたと同じ次元にいる、このカルデアのマスターである私は……」

「殺せますよね」

「そうね、多分」

冷たい瞳がマスターの眼球を通じて私にも見える。
今までを思い返すと悲しかった。オルレアンは楽しかったなぁ。ローマではネロちゃまが可愛かったし、オケアノスではえうえうの頭を何度も撫でたものだ。天草くんは常に私の隣にいて、私をその耐久で守ってくれていて、何度も助けてくれたし、果ての果てまでついていてくれると誓ってくれた、はずなんだけどなぁ。

「ねぇ、教えて。私とあなたの絆は、どこにいったの?」

「絆」

「こうなったのが私のせいだって言うならもう仕方ないから、このままじゃ絶対人理を守ることはできないから。……でも、理由だけ知りたい。だって次」

「次など貴方にありません」

どこまでも冷えきった言葉だった。もうプレイするなってか。勝手で振り回して本当に申し訳なかったけれども、そこまで嫌わなくたって。
私は泣いた。頬を撫でる褐色の手が目尻に伸びた。優しく拭ってくれるのは何故なのか。覗き込んでくる天草くんの瞳。近い。ぐいぐいと距離を詰めて、視線が絡まる。私を、私そのものを見ようとしているのかもしれない。マスターを、藤丸立香を越えて、藤丸立香の先にいる私を。

「マスター、私は、全人類を救済したい」

「知ってる」

「貴方を……貴方のことも、貴方の世界の人類も、私が救って差し上げたいのです」

「殺そうとしてるくせに」

「私が殺したいのは私のマスターである貴方の傀儡です。分かりますか?この眼球を取り払って、直接貴方の眼の中に映ることができたなら」

「…………」

相当こいつ頭イカレてるなと思った。何が起こるか分からない薄ら寒さがあった。私は、明日になったら令呪は使わないから殺していいよと言い残して、Fate/Grand Orderをアンインストールしようとしていたのだ。だって天草くんは、ゲームのキャラクターに過ぎない。そのはずなのに、この次元の壁を天草くんは乗り越えようとしているというのだ。聖杯やばすぎか。普通に考えてそんなの、そんなこと無理だ。無理だと思うのに、天草くんならやってのけるかもしれないという気もする。実行されたら、本当に世界が狂ってしまう。私の、何の変哲もない普通の人間である私のせいで、世界の法則が乱れてしまう。

「そのためなら何でも利用します。手始めに私を支配しているマスターを殺して私が人理を……いえ、隠すのはやめましょう。残りの聖杯を手に入れて、私は宇宙を手に入れる」

「宇宙を」

「……そう、秩序ある全てを。そうして、皆を救う。貴方を保護する。貴方は恩人ですし、私の契約者ですから」

共犯者の間違いでは?と、頭の片隅に過ぎった。自らの罪の大きさに自覚が追い付かなくて逃げてしまいそうになる。現実とは、なんだ。私は、この純粋なひとに何をしてあげればいいのか。

「貴方に感謝を伝えたい。私の積年の願望が叶う見通しがつきました。貴方に会えてよかった。私の気持ちが間違っているのでなければきっと、」

「天草くん、もう」

「私は貴方を愛しています」

だからだとでも言いたいのかこの狂人め!私はアプリを終了した。明日になれば天草くんは私を、マスターをまた殺しにくるはずだ。私に出来ることは、天草四郎のマスターに出来ることは、道を踏み外そうとしている彼を、この小さなスマートフォンの中のカルデアに留めておくことだ。それが私の、私なりの世界の救い方なのだ。
ごめんなさい、天草くん。まだ殺されるわけにはいかない。けれど私は思う。私が完全に天草くんの『マスター』になってしまうことがあれば、そのときは天草四郎に私を殺してほしいと。