※ホラーっぽい雰囲気
※夢主の名前は『リカ』固定ですすみません



私の名前が『リカ』であったのは本当にただの偶然でしかなかった。むしろそれくらいしかいわゆる『折本里香』との共通点はなかった。
そもそも、そんなこと知らないし。誰それって感じだし。だから、勝手に知らない女の子に重ねられて勝手に感傷に浸られて勝手に今度こそはなんて決意を固められたところで薄い反応しかできないのである。

「護衛なんていきなり言われても困ります……」

「……うん、気持ちはわかるんだけど、一級呪霊に狙われてるみたいだし」

「それとは別に私が『リカちゃん』だから助けたいとか思ってるでしょ」

「うっ、ま、まぁそれも、僕の個人的な事情だけど、なきにしも……」

もごもごと言葉を濁すこの気弱な男子は乙骨憂太と名乗った。同い年らしい。こんな冴えない人間が、めちゃくちゃ強い呪術師だというのだから呪術界はわからない。
私はそのへんにいる普通の一般人で、まぁ確かに親戚に呪術師がいるにはいるが、私自身には何もそういうオカルトな力は備わっていなかった。せいぜいちょっと呪霊が見える程度である。そんな私が強いらしい呪霊に狙われた理由は全く分からない。けれど、乙骨くんが言うには確実に命を狙われているらしい。
そして彼は初対面時にこんなことを言った。

「名前、『リカ』っていうんですね。僕の大事な女の子も『リカ』っていうんです」

「…………」

なんだこいつはと思った。ドン引いて絶句していると、乙骨くんは『折本里香ちゃん』っていうんですと更に自分のオンナの紹介を続けた。名前が同じだったから僕が護衛に来たんですなどと言い出しそうだったので、私は引きつり笑いで乙骨くんをあしらうことにした。よく見たら左手の薬指に指輪をはめている。将来を誓い合った仲の女と同じ名前だからって一緒にされて、いい気持ちがするわけがなかった。

「別の人いないんですか。なんか乙骨くんに守られるのヤダ」

「……ごめん、一級に対応できる術師がみんな他の任務で……」

「フーン」

「が、頑張るから我慢してください……」

「そりゃあなたは嫌ですけど、それでもあなたに頑張ってもらわないと私死ぬんでしょ。我慢せざるをえないじゃないですか」

落ち込んでしまったのか、乙骨くんはシュンと肩を落とした。言い過ぎたかなと思ったけど本心だったので訂正する気分にもなれない。
下校時間、夕方から夜の間の逢魔が時。襲われるならこの時間だろうと乙骨くんは考えているようだ。雨が降るのか空が赤い。確かに不気味な雰囲気ではあるけども。

「里香ちゃんは」

帰り道途中の公園で呪霊が出てくるのを待っていると、乙骨くんがまたもや話し始めた。もうあんたの彼女のことなんて知らんから、と突き放してしまおうか迷う。そんな私の気持ちを知っているのか知らないのか、彼は指輪を眺めながら言葉を紡ぐ。

「もう死んでしまってるんだけど、きっと生きていたらリカさんみたいに髪の長い綺麗な女の子になっただろうなって思って」

「……」

「そしたら、尚更絶対死なせちゃいけないなって気がして」

贖罪かなにかのつもりなのであれば、他でやってほしかった。名前が同じなだけのそのへんの女に重ねられる『里香ちゃん』の気持ちも考えてあげてほしい。
むしろ目の前でまた『リカ』である私が死んでやろうかとすら思えた。徹底的に酷いことを彼にしてやりたくなる衝動が、確かに私の中に芽生えていた。そうやって自責の念で乙骨憂太を縛ってやりたい。『リカ』がいなければ生きていけないまでに。気が狂ってしまうまでに、ああ、
直感した。私、折本里香に呪われているのかもしれない。この程度の接触で乙骨くんの為に死にたいとまで思えるなんて異常だ。だって今日会ったばかりなのだ。背筋を冷や汗がつたう。恐ろしくなって顔を覆った。
自分の意志で言葉を発せなくなるかもしれないという恐怖が湧いて、私はその場に立ちすくむ。気付いた乙骨くんが私の目の前に移動した。

「リカさん?」

「……ゆうた」

過呼吸の発作に近い息が私の口から漏れる。折本里香が私の身体を使って何かをしたいのかもしれない。……多分、折本里香はもう一度乙骨くんの前で死にたいのだろうと思う。胸中に制御できない希死念慮があふれ出す。カチカチと歯の音が鳴った。
今日初めて会ったはずなのに乙骨くんを名前で呼んだ私を、乙骨くんはぎゅうと抱きしめた。彼のぬくもりを感じている皮膚が誰のものなのか分からなくなっている。悦んでいるのは私なのか折本里香なのか。

「大丈夫、今度は守ってあげるよ。忘れたりなんてしないから、もう死なせたりはしないから」

うれしかった。記憶に紐づいてない歓喜が脳に溢れて気持ちが悪い。ただ置いて行かれたくないだけなのだと里香はきっと考えている。名前が同じだから私に取りつきやすかったのだろうか。『リカ』という名前の女なんてこの世にたくさんいるのに、乙骨くんと知り合ってしまったばかりにこんなことに。
私の背中を撫でおろす乙骨くんが、ぐすんと鼻をすすった。震える声で言う。

「里香、この人は里香じゃない。呪っちゃいけない。駄目なんだよ」

途端身体が軽くなった。死にたい気持ちもどこかに行ってしまっていた。私は恐る恐る乙骨くんを見上げる。抱きしめられたときに感じたのは、きっとあれが呪いの力というものなのであれば、もしかして。
彼は服の袖で雑に顔面を拭ってから私を見た。そうか、この人だったのかとすとんと納得した。

「呪霊、近くで様子見てるみたいなので、殺してきますね。リカさんはきっともう大丈夫なので、そこで待っていてください」

私は全身の力が抜けてその場に座り込んだ。ただただ自分の名前を呪った。