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それから、度々ジミーと一緒に過ごすことが多くなった。

ジミーはシャーロックみたいに頭がよく、しかしシャーロックより優しい男の子だった。
晴れた日の昼休み、先生がみんなを校庭で遊ばせる時も無意識にジミーを探したし、ジミーが私を見つけて手を振れば私は喜んで駆け寄って行った。

そういえば、そんな様子を見ていた先生に「エレナはジムと仲良しなの?」と聞かれた。
上級生の男の子に「おーいジム!」と呼ばれているのも見た事があるし、もしかして彼をジミーと呼んでいるのは私だけかもしれない。それか、私と彼のお母さんだけか。

とにかく、最近の私は休み時間の殆どをジミーと過ごし、休み時間が終ったら、彼は私のクラスの前までちゃんと送ってくれるのだ。


「エレナ、あの男の子だあれ?」


ジミーが手を振ってドアの向こうに消えてから、ついにアビーに問いかけられた。
クラスの中では仲良しのアビーだが、最近休み時間に私が彼女と一緒に居ない事に、どうやら不満を感じているようだった。


「一個上の男の子。ジミーっていうの。」

「ふーん。友達なの?」

「まあね。」


なんとなくジミーの事をあまり知られたくなくて素っ気なく返してしまう。
それでもアビーは退くことなく身を乗り出した。


「なんでお友達なの?前から知り合いなの?どんなお話しするの?」


ぐいぐいと乗り出してくるアビーと対照的に体を反らせながら、苦笑する。


「最近知り合ったの。いつも話してることは……色々。本の話とか。」

「ふぅん。……今度わたしも一緒に行っていい?」


積極的だったアビーが体を引き、ちょっと声のトーンを落として聞いた。
こんな事言ったら嫌な子だと思われてしまうかもしれないけど、ジミーとの関係にアビーを入れるのは本当は嫌だった。アビーだけじゃなく、誰でも。
でも、寂しそうな顔で上目遣いをするアビーにあからさまに嫌だとは返せなかった。
どう言おうか悩んでいるうちにドアが開き、一杯の笑顔で先生が入ってきた。


「はい、座って!みんな居るか確認しますよ。お名前呼ばれた人はご挨拶してね。」


慌ててアビーのカーディガンの裾を引っ張りその場に座る。


「今度、ジミーに聞いてみるね。」


アビーの耳元でささやくと、彼女はほっとしたように笑った。


−−


「……え?」


ジミーが顔を顰めて聞き返し、私は口にした言葉を後悔した。
思わず視線を逸らして俯けば、彼は慌てたように私の背に手を当てた。


「あ、ごめん。そんなつもりじゃ……。あ、うん、いや。でも……僕は、エリーと二人がいい。」

「そっか、ごめんね。」


眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔を作りながらも、私は少しほっとしていた。
そんな私の気持ちを見通したように、彼はにやりと口元に笑みを浮かべる。


「それに、君もたまにクラスメイト以外と過ごす時間があった方がいいんじゃないの?今のクラスでは随分無理をしているみたいだし。」

「無理……どういうこと?」

「そのままの意味だよ。君はパズルやカードをしたり、ABCD(アブクドゥ)を学んだりするレベルはとうに過ぎてるだろう?」


ジミーの言葉に口を噤んだ。
大きな秘密を言い当てられたような気がしてドキドキしていた。

確かに、私は学校に入る前から大体の文字は読めたし、書けた。
きちんと教えてもらった事は無いのだが、ホームズ家に通ううちに、文字やら数字やらが自然と身についていたのだ。
もちろん、自分の名前はきちんと書けたし、“princess”や“strawberry”や“sherlock”などのちょっと長い綴りも間違わないで書けた。
対象年齢が10歳くらいまでの簡単な本なら一人で読めるくらいには、ちゃんと文字も読めたし理解できた。
当然数学のプロフェッショナルであるミセスホームズと毎日顔を合わせていたので、簡単な計算くらいなら普通にできた。
数字も4・5桁位まで読むことができたし、それが掛け算や割り算というものだと自覚はなかったけど、例えば、3が3つ集まったら9だとか、10を2つに分けたら5だ、と言うことも感覚で知っていた。

まだ、今のクラスでは所謂テキストを使った授業をする事はなく、私がホームズ家で覚えた事を身に付けるためのカードゲームやパズル遊びなどがほとんどだった。
正直、シャーロックとの勝ち目のない推理ゲームの方が10倍は楽しいクラスだった。
でも、みんなと一緒に楽しそうにしない事はなんだか悪い事のように思えた。
皆より“知っている”事をひけらかしたり利口ぶったら、クラスメイトや教えてくれる大人をがっかりさせてしまうように思えたのだ。

だから、無意識に装っていた。
ジミーはどうやらその事を見抜いていたらしかった。


「どうしてわかるの?って顔してる。」


ジミーが片目を細めて楽しそうに笑った。
そして、したり顔で数度頷いた。


「良く分かるよ。僕がそうだった。低レベルな授業やクラスメイト達に気が狂いそうだった。」


彼はわざと唇をひきつらせ、丸くて可愛らしい瞳をぐるりと回して見せた。
私は何か返さなければと、一度口を開けて……閉じた。
しばらくぐるぐると頭の中で考えた後、彼に問いかけたい事の殆どを却下した。


「わたしもそうだと思うの?」

「思うよ。」

「……ジミーは今は平気なの?」

「平気だよ。」


ジミーは表情が豊かだと思う。しかし、コロコロ変わるその表情は私の問いで平坦になった。
彼はニュートラルな顔で私を真っ直ぐ見つめ、口を開く。


「今は平気。……今は、君がいるから。」


あと5つ6つ年を重ねていたら、この言葉の持つ威力にこんなに平然としてはいられなかっただろう。
ジミーもこんな気障な口説き文句のような言葉、きっと恥ずかしくて口に出来なかったに違いない。


「僕は君と居るのが好きなんだ。君は僕とよく似ているから。僕はブロンドじゃないけどね?」

「アハハ。女の子の制服着てみたら?姉妹に思われるかも!」

「勘弁してくれよ!」


その時からジミーは、私の中で『アビーと同じくらいの仲良し』から『一番の仲良し』になった。
クラスはあんまり楽しくないし、女の子とのお喋りも上手に付いていけないけど、平気だと思った。
大丈夫、上手く合わせていける。
私にも彼がいるから。

その日のうちに、私はアビーに謝った。


「ごめんね。聞いてみたんだけど……ほかの子はちょっと、ダメって。」

「……そう。……なら、仕方ないね。」


アビーは、いつものキラキラした瞳に影を落とした。


「でも私、エレナはきっとダメって言うって分かってたわ。」


話すアビーの顔は、少し俯いたままで、私を見ることはしなかった。


「だって、エレナは私達とは、違うもの。」

「ちが、ちがくなんか、ないよ。」


ドキリとして、声が震えた。
アビーがふるふると首をふって、彼女ポニーテールがフワフワ揺れた。


「違うよ。」

「……。」

「わたしはそれが、たまに寂しいの。」


そう言って、長い睫を震わせた彼女に、酷くショックを受けた。
ショック、いや、こういう感覚を『胸が打たれる。』と言うのだろう。
彼女に私は胸を打たれ、同時に私は自己嫌悪した。

私は、きっとずるい子だ。

でも、他に方法を見つけられない。
ずるい子は、ジミーと仲良くしたくて、出来るだけクラスでも上手くやって行きたい。
他の子と同じように楽しそうな顔でリンゴの絵のカードとAppleと書いてあるカードを合わせ、心の中で溜息を吐く。
その息抜きにジミーと過ごすのだ。
皆に対して真摯でない、と思った。

俯くアビーの背中に腕を回し、ハグを交わしながら、私は静かに目を瞑った。








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