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お互いの自己紹介をしてしまえば、話題なんて思いつかなかった。

ジミーはニコニコ笑って私の顔を眺めているし、何を話せば良いのかと、窓を叩く雨の雫を眺める。
ふと、最初のジミーの言葉を思い出す。


「私を、知っていたの?」

「ああ、知ってたよ。」


何でも無いように、彼が返した。


「なんで?私はあなたを知らなかったわ。」

「それは、アー……。」


戸惑ったように彼の口元がはにかんだ。


「すごく可愛いって思ったんだ。綺麗って。」

「嘘。」


その頃は可愛いなんて、ママとホームズ夫妻にしか言われたことが無かった。
からかわれた思い、少し眉を顰める。
ジミーは慌てたように両手を上げて手の平をこちらに向けた。


「ああ!本当だよ。お世辞とかじゃない。初めて君を見た時、そのブロンドに太陽が当たってキラキラしていたんだ。それに肌がすごく白いし、目だってグリーンだろ?お話に出てくる妖精か天使なんじゃないかと思った。……制服を着てたからすぐに人間の女の子だって気付いたけどね。」

「グリーンじゃないわ……ヘーゼルよ。」


ジミーが最後は少し冗談めかしたように言って照れくさそうに笑う。
ここで“Oh、ThankYou!あなただってチャーミングよ。”なんて返せたら一人前なのだろうが、幼かった私ではそんな返事出来るはずも無く、少し口を尖らせて目の色を訂正するに留まった。

そんな風に褒められ慣れていない私は、なんとなく居心地悪くなって窓の外を眺めてみたり、ジミーの本をパラパラ捲ってみたりする。
ジミーは急に緊張し始めた私とは逆に、その会話で急にくだけた空気になり遠慮なく私の顔を覗きこんだ。


「エリーはどんなお話が好きなの?」


三角帽をかぶった男の子が大きな豆の蔓にぶら下がっている挿絵を眺めていると、ジミーが声を掛けた。
上目使いに視線を上げ、少し考えるフリをする。


「そうね。プリンセスの出てくるお話はわりと好きよ。」


急に綺麗とか可愛いとか言われて、私は幼いなりに目の前の彼を少し意識していた。
話している内容はこれ以上に無い位子供っぽいのに、わざわざ大人ぶった口調で返す。
しかし、ジミーはニコリと笑っただけで、それについてからかったりはしなかった。


「女の子らしい。いいね、プリンセスか。僕も好きだよ。」

「本当?」

「本当だよ、なんで?」

「だって、私の友達の男の子はいつも馬鹿にするもの。」

「へえ、馬鹿にってどういうふうに?」


私の話を聞いた後のシャーロックの反応を思い出す。
顎を上げて、小馬鹿にした目線をジミーに向け、鼻で笑う真似をした。


「ふんっ……って。」

「アハハハ。」


ジミーが、気取ったシャーロックのモノマネに笑った。
そして一度シャーロックの真似をすると、やっぱり思い出すあの出来事。


「酷いのよ。私がもっと小さかった頃、大きくなったらプリンセスになりたいって言ったら、鼻で笑って“無理だ。”の一言で片づけたの。」

「オゥ、そりゃ酷いな。」

「君は生まれた時にロイヤルファミリーの娘じゃないから、もう無理だって。」

「夢も希望もないな。」


ジミーが目を瞑って首を横に振った。
そして、ぱっと瞳を大きく開き、私を正面から見つめた。


「いい事思いついた!」

「なあに?」


キラキラ光る彼の瞳に、なんだかわくわくし、身を乗り出して聞き返す。
彼は得意気な顔で私を見返した。


「僕が君をプリンセスにしてあげる。」

「あなたが?」

「そう。すぐは無理だけど、大人になった必ず。」


自信満々に頷くジミーに、いつか聞いたミスターホームズの言葉を思い出す。


「じゃあ、あなたは大きくなったら王子様になるの?」


私の問いかけにジミーは口をへの字に曲げて首を捻った。


「さあね。でも王子様になんてなれなくても僕は君をプリンセスにするよ。」

「どうやって?」

「それは秘密。」


ジミーがにやりと笑って、立てた人差し指を唇に当てた。
その時のジミーは私をプリンセスにするための策が何かあったとは思えない。
しかし、自信満々に言い切り、悪戯っぽく笑う彼は、なんだかすごく説得力があって、本当に私は将来プリンセスになれるのかも……と思い込んでしまう程だった。


「じゃあ、大人になった私が綺麗じゃなくても、気づかず通り過ぎてしまわないでね。」

「なんだい?それ。」

「……なんでもない。」


強く雨が降る、少し肌寒いある秋の日。

学校の階段の踊り場で。
私と、ジェームズ・モリアーティのファーストコンタクトだった。


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