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「それで、なんで靴が無い事がそんなに重要なの?」


アイスクリーム屋の前に設置されているパラソル付きのテーブルは満席で、少し離れた建物の影のブロックにシャーロックと並んで座ってアイスを舐めていた。
アビーの言う通り、確かに美味しい。
舌触りが滑らかで、所々フルーツの果肉の粒粒が感じられて、フレッシュな冷たさが暑い体に染みるようだ。
シャーロックは一口だけ口を付けただけのバニラアイスをじっと見つめながらずっと考え事をしている。
何について考えているのかは、聞くまでも無い。

私の問いかけに、彼は少しだけ顔を上げた。


「君も彼が裸足でロンドンへ来たと?」

「そうじゃない。でも、そこまで重要視する?」

「彼は泳いでいる最中発作を起こしたんだ。しかし彼の持病は皮膚炎だけだ。発作を起こす持病は持っていない。」

「その情報は?」

「警察が話しているのを聞いた。」

「そう。……でもホラ。急に水に入って心臓発作を起こしたとかあるんじゃない?」

「彼はチャンピオンスイマーだぞ?そんな危険性誰より知ってる。準備体操を怠ると思うか?しかも彼が心臓発作でない事は明白だ。」

「……明白なの?」

「ああ、明白だ。筋肉が痙攣してた。……君もそれ位分かっただろ?」


窺うような彼の視線に、曖昧に頷く。
あんな遠目で、しかも水中の波飛沫の中のパワーズ少年の筋肉の痙攣まで普通の人は気付かない。


「ロッカーの中には彼が身に付けていた水着の他は全ての持ち物が揃っていた。制服も、下着も、洗顔フォームにタオル数枚、腕時計もだ。財布には学生証と8ポンド97ペンス。スられた形跡はなかった。」

「そこまで見たの?!」

「当たり前だ。……なのに、なんで靴が無いんだ。靴に何かポイントになる事があるはずなんだ。……何か。」


苛立ったように言ったシャーロックは、アイスを持ってない方の手で米神を抑え、何か見落としている部分は無かったかと自分が見た光景を何度も思い出している。
私はパワーズ少年の事よりなにより、違う部分で心配になっていた。


「ねえ、シャーロック。」

「……彼が会場に着いたのが朝10時として……。」

「シャーロック、聞いて。」


ぶつぶつと口の中で考えを整理している彼を制止する。
彼は煩そうに顔を上げた。


「おねがい。もう、こういう事しないで。」

「……こういう事?」


眉を顰めるシャーロックを真っ直ぐに見つめる。


「貴方の主張が合ってたとして、そしたらカール・パワーズは殺害されたっていう事になるわけでしょ。」


内容が内容なので、なるべく声を抑えて話す。


「あなたが被害者のロッカーを漁っているのを他の人に見られてでもしたら?それを警察に話されていたら?あなた……犯人だと思われるわよ。」

「僕は犯人じゃない。」

「わかってる!でも犯人じゃないから大丈夫なんて事ないわ!」

「僕には動機が無い。」

「そういう事じゃないの。一人の正しい主張より大勢の誤った思い込みが勝つことなんてこの世の中往々にしてあるって事!だから、わざわざ疑われるような事しないで。」

「……。」

「おねがいよ。シャーロック。」


懇願する私に彼は何も答えなかった。
じっと眉を顰めた顔で私を見つめ、ぎゅっと口を真一文字に結ぶだけだった。
彼の手に持ったアイスクリームが、暑い気温の中溶けかかりゆるんで光っていた。
コーンの端から零れ落ちそうなのが目に入り、思わず彼の手元に顔を寄せて緩いバニラを啜る。
さっきの表情から一転して驚いた顔をしているシャーロックを屈んだ状態から見上げた。


「食べたら?美味しいよ。」


私が零れ落ちるピンチを救ったアイスクリームを、彼はようやく緩慢な動きで口元に運ぶ。
私も自分の手元のアイスを再び食べ始めた。


「人の物を食べておいて僕に一口くれようとは思わないのか。」

「ストロベリー?食べたいの?」

「君はまたストロベリーか。芸が無いな。」

「放って置いて。」


それからしばらく、黙ってアイスを舐めていた。
蕩けたアイスが内側を濡らすコーンをサクサクと音を立てながら食べる。
ふわりと生暖かい風が吹いた。


「次は周りに人がいないか細心の注意を払う事にするよ。」


まったく、伝わっていない。
私は彼に何か返す気にもなれず、ただ呆れるようにぐるりと目玉を回した。


帰りのバスの中でも、彼はじっと窓の外を見つめながらパワーズ少年の事を考えていた。
私がガムを出して勧めても、眠くなって彼の肩に凭れても、全く反応を示さなかった。
家に帰っても、夕食をほんの少ししか口にせず、私が先にベッドに入ってもランプだけの明かりの中、椅子の上で合わせた両手を口元に置き、夜を徹してずっと集中して考えていた。

彼は夏休み中、数度一人でロンドンへ足を運んだ。
きっとあのプールにも行ったのだろうが、私にその話をすることは特に無かった。
私も彼にその事について聞く姿勢を持たなかった。
人が一人亡くなったというのは11歳の私には少なからずショックだったし、亡くなった見知らぬパワーズ少年の事を考えると、プールの真ん中で波飛沫があがる光景をどうしても思い出してしまうのだ。
だから、私は事件の話をなるべく避けていた。


私は、あの事件のあった次の日の新聞で、パワーズ少年がサセックス州ブライトンの学生だという事を知った。
ブライトン……その地名を目にして、思い出すのは彼の事だった。
人違いだと一旦頭の中から消したあの後姿。

あれは、やっぱり彼だったんだろうか。








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