15-5
「やめろ!!やめろって、オイ!エレナ!!!」
ダブルサイズの羽毛布団の下で、もごもごとシャーロックがもがく。
嫌がる彼に構わず私は羽毛布団の上から彼に向かってボスボスと拳を叩きつけていた。
ようやく布団から彼の腕が飛び出し、尚も拳を落とそうとしている私の手を捕まえる。
「いい加減にしろ!エレナ!!」
上半身を起き上がらせた彼は、私の両腕を捉え、そして、私の顔を見て動きを止めた。
「……何を、泣いているんだ。」
「……泣いてない。」
「泣いてる。その状態を泣いていないと言うのなら世の中の赤ん坊は誰一人生まれてこの方泣いたことがないことになる。」
「じゃあ、……泣いてる。」
彼に両腕の動きを封じ込められたまま、また涙腺が緩む。
「ば……バーニー……っに、き、嫌われた……っ!」
両腕を捉えられ、シャーロックの体を叩くこともできず、自分の涙を拭うこともできず、私はだらしなく涙を流した。
シャーロックは口を真一文字に結び、眉を少しばかり寄せて、私をしばし観察していた。
「なぜ。少なくとも、僕が寝室に入る前は彼は君に好感を持っていた。」
「う、ん。キス、されたわ。」
「じゃあ、なぜ。キスは嫌いな相手にはしないものだろ?」
なぜ、ですって!!
そんなの、決まってる!!
「あなたのせいだわ!シャーロック!!」
腕を捕まえられているため、彼に八つ当たる事が出来ず、自分の体を放り投げるように彼の胸に飛び込んだ。
ふとん越しに私を抱きしめる形になった彼は戸惑うように、捕まえていた私の腕を放し、代わりに私の背中に手を添えた。
「なんで?僕が何かしたか?」
近い位置で、困ったようにかけられるシャーロックの問いに、それ以上答える事は出来なかった。
ただ、声にならない声を絞り出しながら、大声を上げてしまいそうになるのを抑えながら、彼の胸元にしがみ付くだけだった。
「僕のせいで、彼は君を嫌いになったのか?」
「わからないけれど……僕がなにかしたなら、謝るよ。」
「ごめん、エレナ。」
そんな事を言うシャーロックを、それ以上憎めるはずがない。
あなたが居たから、勝手にお風呂になんて入ってたからすべてが狂ったのだと、責め立てられるはずはない。
そして、私が余計な事を言ったから、彼はドン引いてしまったのだと、本当は、本当は、ちゃんとわかってる。
「エレナ、ごめん。……泣くな。」
そう言って、私の背中を擦るシャーロックの胸元を濡らしながら、私もいつの間にか眠ってしまっていた。
*
TRRRR…… TRRRR…… TRRRR……
「エレナ、電話。」
「……誰?」
「いつもの女の子。」
「……アビーだったら、今手が離せないって言って。」
それから短い休暇の間、私はずっとベッドの中でジメジメとカタツムリのように過ごしていた。
かろうじて食事とトイレは寝室から出るけど、本を読んだりテレビを見たりもせず、ホームズ家にすら足を運ばず、朝晩シャーロックが私の食事をホームズ家から運んできていた。
シャーロックは意外にも落ち込んでいる私を放っておくことはせず、かといって無理やり自分の用事に付き合わせる事もしなかった。
裏の森に入ることもせず、寝室からでも気配がわかる場所で本を読んだり楽器を弾いたりし、気が向いたら私のそばで勝手に取り留めのない話をしたりした。
「エレナ、良いものを見せてあげよう。」
背後にシャーロックが腰かけたようで、ベッドのスプリングが沈み込んだのが伝わった。
しかし残念ながら彼の言う“良いもの”は、大抵私にとってはちっとも良いもので無い場合が殆どなのだ。
例えば、ここら辺で見つかるのは珍しい虫や植物だったり、興味深い遺伝子配列が載った本だったり、すごくマイナーな事件のルポタージュだったりだ。
きっと今回も興味の持てないものだろうけど、それでも一応私は頭のてっぺんまでかぶっている羽毛布団を引きずりおろし、ベッドの外の眩しさに顔をしかめながら彼の呼びかけに応じた。
「Tah-dah!」
私の顔が覗くやいなや、彼はまるでいつかの私を真似るように効果音をつけながら、小さなカードを差し出した。
目の前に迫った何かのカードを少しのけ反りながらマジマジと見つめる。
左下に白黒のシャーロックの小さな写真があり、その写真の真上に書かれている文字は……
「ど……DRIVING LICENCE……運転免許証?!」
ずっとベッドの中に籠ってジメジメゴロゴロとしていたのに、そんなことも忘れて思わず飛び起きた。
シャーロックはそんな私を見て、してやったりと口元に笑みを浮かべる。
「いつの間に取ったの?寮に入っていても取れるものなの?!」
「予約さえしておけば学校の前にドライビングスクールの先生が迎えに来てくれるし、帰りも送ってくれるんだ。」
「そっか、1月で17歳になったんだもんね。」
「ああ、エレナももうすぐ16歳だ。」
シャーロックが私の額に唇を寄せた。
「いいなぁ、免許。しばらくはレンタカーか、おじさんの車ね。そのうちドライブに連れてってね。」
ほんの少し気分を持ち直し、笑顔になった私に、シャーロックは「あー……」と言いづらそうに何か迷うように視線を泳がせた。
「それなんだけど、エレナ。流石に僕もさ、君にこんな事を頼むのはどうかと思うんだけど……。」
「……え、……何よ。」
急に嫌な予感がする。絶対無茶なお願い事をされるにきまってる。
聞きたくない。もう、いいではないか。落ち込んだ私にグッドニュースを知らせるだけで良いではないか、何を言おうと言うのだ彼は。
「いやね。君の16歳の誕生日ってもうすぐだろ?それでさエレナ、君がマイクロフトに車をねだればいい。マイクロフトは金持ちだし、君は特別な16歳の誕生日だ。君がお願いすれば彼は必ず買ってくれる。それに君だってそのうち運転免許とるだろう?僕は休みでこっちに帰ってきてる間だけ君の車を借りたいだけなんだ。普段、必要ないし。」
散々迷う素振りを見せておいて、言い始めたら早口で流れるようにポンポンとよくもまあ、自分勝手な要求が飛び出て来た。
呆れて怒る気にもなれない。
「……Noよ、シャーロック。賭けてもいいけど、流石のマイクロフトも私自身が使わないのに買ってくれやしないわ。」
「そこは君の腕の見せ所だろ。交渉しろよ、マイクロフトに。」
「あなたがお願いしなさいよ。お兄ちゃん買って、って。」
「絶対にいやだ。」
「マイクロフトは買ってくれるわ、きっと。」
「その分、何十年もその恩を返せと要求されるに決まってる!あの時私が車を買ってやっただろ。ってね。」
「あなた、そこまで分かってて、よく私にそんな事言えたわね。」
「僕と君は扱いが違うからね。」
シャーロックは天を仰ぎ「ああ、だめかぁ。」と情けない声を出して私の隣にバタリと倒れた。
「それを言うために、帰ってきたの?」
私の問いかけに、彼はこちらを見ることなく「まぁね。」と返す。
「……でも、」
シャーロックが足を振り上げて反動で起き上がり、そのままベッドから降りる。
「あんまり、帰ってくるものじゃないな。」
独り言のように言いながら、寝室から出て行った。
彼が出て行き、再び静まりかえった寝室で、浮かび上がるのは引き攣ったバーニーの顔。
そして、あなたのせいだとシャーロックに八つ当たる自分だった。
じわり、と天井の壁紙の模様が滲む。
ぎゅっと目を瞑り、再びカタツムリになるために頭の上まで布団を被った。
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