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いっそ嫌われて、罵られた方が余程楽だっだと思う。
彼女がそんなことするはずないとわかっていたのに。
乙骨に直接初めて会いに高専に出向いた日、
この日、他に私にはやらなくてはいけないことがどうしてもあった。
「えー!夏油様、これから原宿じゃないの?!」
「すまないね、2人とも。また今度連れていってあげるから」
ずっと避けていたいたけれど、
これ以上先延ばしにしていたらもう時間が無い。
高専からある程度離れた場所になまえが1人でいて、
悟や階級の高い術師が高専での対応に追われるこの機会を逃す訳にはいかなかった。
10年、か。
記憶の中のなまえは、小さくて、私や悟が居ないと、1人では何もできない子供だったのに。
10年振りに見た彼女は、一人前の術師になっていて、きっとこの間、血の滲むような努力をしたことが伺える。
それに成長した彼女は驚く程、綺麗な女性になっていた。
その姿を見た時、
本当は
綺麗になった
ここまでよく頑張ったと、
伝えたかった。
高専を離れた後、唯一、なまえに会いに行けなかったのは、
なまえに会ったら、実の家族を手にかけた時すら揺らがなかった決意が、砕けてしまいそうだったんだ。
それほどに
なまえはずっとずっと私にとっての唯一の救いで、大切な存在だった。
それなのに、思ってもいない酷い事を言って、たくさん傷つけてしまった。
「傑くんは、私のこと、ちっとも、必要なかった、んだね」
私ばっかり馬鹿みたい。
そう言って片方の目からポロポロと涙を流す姿は流石に堪えた。
そうじゃない、違うんだ。
本心じゃないよ。
左目、
術式の影響でもう見えてないんだろ?
何もなまえだけがそんなに、ずっと辛い思いばかりしなくていいんだ。
術師だけの世界を作るという自分の理念からしたらおかしな話に聞こえるかもしれないけれど、
なまえは、誰かの為じゃなくて、
普通にもっと自分のやりたいことをして、好きな人と恋人になって、その人と結婚して、当たり前の幸せな人生を送って欲しい。
なまえの力を利用する呪術師も、組織も
それになまえのお陰でのうのうと生きながらえてる猿も許すことができない。
そのために、非術師も、呪いも、呪霊も全てなくなる世界を作るから。
このままなまえと話していると、未練ばかりが募ってしまう。
本当はずっと一緒にいたい、このまま連れて行ってしまいたい。
でも、それはできない。
なまえは、優しい子だから。
誰かの傷を負って生きていくことを迷わず選ぶ。
(これ以上、巻き込みたくないんだ)
「さよなら、なまえ」
なまえが、これから起こる無駄な争いに巻き込まれて、自分を犠牲にしないように。
次に目覚めたら全てが終わるように。
生死の境目の間際で敢えて自分の手で傷つけた。
人の血は、こんなにも赤くて、温かいものだっただろうか。
裏切り者、最低、どんな言葉でも受け入れる覚悟は出来ていたのに
私の腕の中で朦朧とした意識の中、
なまえの最後の言葉は
私に対する謝罪と感謝の言葉だった。
謝らなければいけないのも、感謝するのも自分なのに。
「傑くんもいつかいなくなっちゃうの…?」
「なまえを置いてけぼりになんてしないよ」
「ほんとに?」
「じゃあそうだな、約束の指切りしようか」
ごめん、約束したのに、守れなくて。
「傑くんは、呪霊飲み込むの、辛くない?」
「大丈夫だよ、
なまえも無闇に誰かの傷や呪いを自分に移そうとしないこと、わかったかい?」
「でも…」
「痛いのは嫌だろ?自分の身体を大切にしなくちゃ」
懐かしい記憶。
どれほど救われたか、わからない。
もうあまり時間が無い。
時間が経てば経つほどなまえの命に関わる。
なまえは術式のせいで他人の傷や呪いに対しての耐性か強い分、直接の傷に弱い。
それに反転術式も効かない。
だから、下手に呪操をするわけには行かず、自分の手で傷つけた。
そっとなまえの身体を横たえる。
小さな音を立ててなまえの付けていた髪留めが切れた。
それは自分が高専を離れる時になまえに置いていったもので。
こんなものをずっと、大切にしていたなんて。
もしかしたら、目覚めたなまえが自分を責めずにいてくれるかもしれない、
大切なものをなくしたと、悲しむかもしれない。
最後まで矛盾していると分かっていても、そっと、髪留めを彼女の懐にしまった。
「さあ、用事も済んだしいこうか。」
冷静を装ってその場を立ち去る。
振り向く資格はない。
離れていても、二度と会えなくても、
これからもずっと変わらずに、
なまえの幸せを願っているよ。