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ふとした日常の中で感じる懐かしい香りに彼の面影を探してしまう。
ここからするのは、ほんの少し、過去の話。
私が禪院の家から悟くんに連れ出された後
(その間、悟くんが禪院の家に対して何だか色々したらしい。)
家から出ても、頼る場所も身寄りも無かったので、私は特例でそのまま高専の寮で暮らすことになった。
外の世界が初めての私にとって
夜蛾先生や高専関係者の人たちはずっと保護者みたいな存在だったし、
私が高専に入学するまで、年上の高専生のみんなは本当のお兄さんやお姉さんみたいに、勉強を教えてくれたり、遊んでくれたし、
本当に恵まれていた生活を送っていたと思う。
その中でもやっぱり
悟くんと、硝子ちゃんと、
それに傑くん、
この3人は私にとって特別な人達だった。
「〜っっこの国語の問題解けない…」
「うわ、なまえこんな簡単なのも解けねーの?しょうがねーから教えてやろうか?」
「悟くんには聞いてないもん…傑くん〜〜〜」
「コラ悟、あんまりからかうな。なまえ見せて。悟のことはほっといて、ヒントをあげるから頑張って解いてごらん」
それまでろくな教育を受けず、人との関わり方も知らなかった私が、こんな中途半端な学年から高専の近くの学校に突然転入して、
比較的早くに学力に追いつけたのも、
あまり人との接し方もわからないままクラスのみんなと馴染めるようになったのも、
3人の、お陰だった。
私は本当に彼のことを兄のよう慕っていたし、ことある事に構ってもらっていた。
今考えればよくこんな子供の相手をずっとしてくれていたなと思う。
「今日もね、傑くんが結んでくれたこの髪型、クラスのみんながかわいいね、なまえちゃんはいつも違う髪型凄いねって褒めてくれたの」
「そうか、なら明日はまた違うのにしよう。きっとなまえに似合うよ」
「ほんとに?!傑くん、ありがとう!」
私の髪の毛を結ってくれる大きな手も、優しい声も彼が纏う香りも大好きだった。
傑くんが教えてくれることは全てが真新しくて、楽しくて。
悟くんと傑くんの他愛も無い言い合いややり取りを硝子ちゃんとばかだね、と言いながら過ごすのが大好きだった。
いつまでもこんな日が続けばいいのになんて、呑気に思っていた。
呪術師が、呪霊や呪いと向き合うの事がどれだけ過酷であるかも、
彼が何を考えて、何に悩んでいたかも知らずに。
傑くん達が高専3年の夏、傑くんは私たちの前から姿を消した。
傑くんが任務のために、村に赴く前の日の夜ことは今でも鮮明に覚えている。
いつもと変わらない様子で私の学校の夏休みの宿題を見てくれたけど、
私の髪の毛をドライヤーで乾かす手がなぜだかいつもよりゆっくりで、
それがとても心地よくて、そのまま私は寝てしまった。
きっと傑くんが部屋まで運んでくれたから、朝目が覚めたら自分の部屋のベットで。
私の枕元には、傑くんが傑くん自身の髪の毛を結っていた髪留めが置いてあった。
胸騒ぎがして、不安で仕方ない数日が過ぎて、
飛び込んで来た知らせはあまりに信じ難い、それでも紛れもない事実だった。
傑くんは任務で赴いた村の一般の人全員を呪霊で殺害して、行方を眩ませてしまった。
行方を眩ませた後、しばらくして硝子ちゃんや悟くんには1度姿を見せたみたいだけれど、
私が傑くんに会うことはなかった。
すごく悲しかったけれど
彼を責める気持ちは全然なれなくて。
きっと私は彼を知らない間に傷つけてしまったのだと思う。
いつもそうだから。
私は、また私の周りにいる人を傷つけてしまったんだ。
こんなことを言ったら悟くんに怒られるけど、傑くんが私たちの知らないところで、元気に生きている。
それだけで充分だった。
そして月日は流れ、私は成人し高専を卒業して、呪術師をしている。
そこそこ強くなったと思う。
あれだけたくさんの大人の人達に面倒を見てもらったのがもう懐かしいくらい、
後輩も増えた。
今年の高専の1年生の子達も良い子ばかりで、
慕ってくれたりしてるのかな、頼られると嬉しい。
ちなみに今はとてつもない反抗期の中3の男の子に1番手を焼いている。
小さい頃はもう少しかわいかったのにな
悟くんは
「これくらいの歳の男子の反抗期はみんなこんなもんだろ」
と言っていた。
傑くんが置いていった髪飾りは私にとってお守りみたいな役割。
今日から少し長めの出張だから、願掛けも込めて、この髪飾りで髪の毛を結ぶ。
「よし、いってきます!」
卒業して、寮を出て一人暮らしをはじめて少し経つ部屋出る。
これが私の今の日常。
そして与えられた任務をこなす。
呪霊の階級はそこまで高くないからきっと私じゃなくてもいいはずなんだけど、
出てくる呪霊の数が本当に多い。
報告書にあったから、想定内なのだけれど
祓っても祓っても
毎日呪霊が減らないから結構時間がかかってしまう。
根本的なものを解決しないと埒が明かない。
「呪いの元がわかんないな…」
まぁ今日はこれで終わりかな。
なんて思っていたのに、
「あれ、」
本来なら開くはずの帳が開かない。
もしかして、ビンゴ?
キュッと気を引き締めるために自分の使う呪具を握り直した。
でも。それは私が想像していた範疇を遥かに越えていた。
バサっバサっと大きな羽音たてて風をたてながら
巨大な鳥が目の前に現れる。
「っ…」
思わず目をつぶってしまう、
足に力をいれていないと吹き飛ばされてしまいそう。
「やぁ、なまえ!」
心臓の音がやけにうるさい。
だって、私はその声を出会ってからこれまで何年も、片時も忘れたことがないから。
だから、目を閉じていてもわかるんだ。
「傑、…くん?」
「久しぶりだね」
そっと目を開けると、やっぱり、そこには彼の姿があった。
「なん、で…?」
なんで、のあとに
上手く言葉が繋がらない。
なんで、会いに来たの?
なんで、あの時何も言わずにいなくなってしまったの?
私は何をしてしまったの?
これまでどこで、何をしてたの?
言いたいことたくさんあるのに。
そんな私を他所目に傑くんは言葉を続けた。
「なんで、かぁ。私はね、これから術師だけの世界を作るんだよ
だからそのために要らないものは全て排除しないといけないんだよね」
「なに、言ってるの…?」
今ちょうど悟にもそのことを伝えたところだよ。と
にこにこと話す彼の言葉が
回らない頭では理解できない。
「あぁ、そうだ。私には新しい家族もできたんだ。」
その言葉に、ここには傑くん以外の人が何人かいた事に初めて気がついた。
この人たちが、傑くんの家族。
ようやくわかった。
「そっか…傑くんは、私のこと、ちっとも、必要なかった、んだね」
「うん。もう要らないよ。
というか初めからずっと」
鬱陶しかったよ。
その言葉に分かっていても涙が溢れる。
どこかで私は傑くんに必要とされてるんじゃないかと思っていた。出会った時から、ずっと。でも、全然違った。
「私ばっかり、ばかみたい…」
でもきっとこれは罰なんだ、これまで散々色んな人の命を、人生を。助けられずに犠牲にして生きてきた自分への。
「ごめんなさい…っ」
謝っても誰も許してくれないのに。
泣いたって仕方ないのに。
傑くんが近づいてくるのが涙でぼやけている視界でもわかる。
傑くんの世界に必要ない私はきっとこのまま殺される。
妙に冷静に
傑くん、呪霊じゃなくて、自分の手で私の事を殺すんだな、なんて思ってしまった。
多分、傑くんの持ってる呪霊なんかに襲われたら私はひとたまりもないんだけどな。
「さようなら、なまえ」
その言葉と共に彼の持っていた呪具が私の身体を何ヶ所か貫く。
「ッ…」
これで、罪を償えるなら、気が済むなら、
それで構わない。
最初は感じていた自分の身体を貫いた呪具の感覚も、傷口から伝わる痛みも自分の身体から溢れる血の焼けるような熱さも、もうあまり感じない。
もう立っているか、倒れてしまったかの感覚も分からない。
痛みには強い方だと思っていたんだけど、
全然そんなことなかったな。
でも、きっと傑くんの顔が近いから、きっと傑くんに支えられてるんだろうな。
こんな時まで優しいんだね。
力が入らなくて声がもう出ない
けど、けど
ちゃんと、伝えないと。
傑くんは私のこと、必要なかったかもしれないけれど
「私は、傑くんに、っ…出会えて、とっても幸せでした」
ありがとう、まで言えたかな。
ねぇ、傑くん
なんで、なんで、そんなに悲しい顔するの、
お願いだから、私のせいで泣かないで
遠い日の忘れられない記憶
「傑くんと私は血が繋がってないけど、家族になれる?」
「もちろん私たちはとっくにもう家族だよ」