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 事務所から持ち帰った書類に目を通し、案件の仔細を確認する。それをレオナルドや、スタッフに振り分けると言う作業を繰り返し、ふと時計を見遣れば、時計はくるくると回り既に早朝の四時頃である。あれ、クラウスを部屋に置いたのは何時の話だっただろうかと思い返してみたが、優に半日を越えていることに気付いた。
「あー、ちょっと没頭しすぎたなァ。クラウス大丈夫かな」
 注射器の睡眠薬は即効性だが、効果は短い。三時間ほどで喉の渇きで目が覚める。嗚呼、そうだ水飲ませてやらなきゃならなかったのに、ついつい忘れてしまった。地下室への鍵束を探り、開く。扉から階下へ続く会談はまるで地獄への門だ。ようこそ、地獄へ。スティーブンにとっては天国のような場所だけれど。
 部屋の内装は防音仕様のため音は何もしない。クラウスのことなので、死んではいないだろうが、それでも予定ではもう少し早く、降りてやるべきであった。
 仕事が思ったよりも多かったせいで、ついついいつものように精を出してしまった。御蔭で、持ち帰った書類の山の一つは終えることが出来たのだが、果たしてクラウスはどうなっているだろうか。
 恐らく目は覚めているはずなのだが。
 鍵を三つも施錠した扉を解錠し、部屋に入った。途端、アンモニア臭の香りが鼻をつき、むせ返るような精液のひどい匂いがした。しまった、換気は付けておくべきだったなァ、とスティーブンはひとりごちる。別段スティーブンは気にならないのだが、クラウスが可哀想だと思ったからだ。これでは、息苦しかったに違いない。それとも、自分のことは分からないだろうか。
 壁際のスイッチを押し、電気を付ければ中央のベッドは惨憺たるありさまだった。何で汚れ濡れたのか分からないクラウスが、それこそカタツムリに這いまわられた醜い芋虫のようにごろりと転がっていた。ところどころ解けた包帯からは、接合された跡が覗いている。スティーブンは、下半身に熱がたまるのを感じた。じわじわと目の裏を焼き尽くすような高ぶりがじわりと襲った。
 口を開くのが酷く億劫で、口内が唾液でねっとりと張り付き、舌を使うことに苦心する。
「――……いい子に、して、いたか?」
 こうふんで、声が、震えた。たまらなかった。
 ベッドの上で、荒い息をふうふうと上げるクラウスを恍惚とした表情で、スティーブンは見つめた。ああ、ついにこの瞬間が来たのだと、感動さえ覚えてうっとりと目をとろけさせる。半日前もずいぶんとその様を舐め回すように視界で楽しんだが、今の状況も最高だとしか言いようが無かった。
 口には猿轡をはめられ、だらだらと涎を零し快楽の海で耐えるクラウスの姿は、スティーブンが頭の中で想像していたよりずっと淫猥だった。「何度も、何度も、君の痴態を想像したんだ」呟くように唱える声に、キッと翠の双方が貫いた。
 唸るように、スティーブンへ抗議を上げているのが分かる。くつくつと喉の奥で笑いながら近付けば、短い腕を振り上げ必死の抵抗を見せた。「おお、怖い怖い」とおどけてみせると悔しそうな顔を向けられ、それがさらにスティーブンを煽った。残念ながら、今のクラウスはスティーブンにとっては美味しそうだとしか思えない。待ちに待ったメインなのだ。これをどうしてやろうか、という気持ちで胸中は仕方なかった。
 何も出来ない男を世話をするのだ。あの女みたいに出来るという夢が、いま、現実にあった。
 何から何まで己ですべて、世話を焼いてやれるのだ。これほどの幸福がどこにあるのだろうか。
 ベッドの傍まで近づいて、スティーブンは視線までしゃがんでやる。汗で額に張りついた前髪を梳いてやれば、それすらも感じるのか、クラウスは嫌々と首を振り、びくんと肩を揺らす。なんて、可愛いのだろう。
「クラウス、クラーウス。これだけで感じてしまうのか? 浅ましいものだね。……あはは、嘘だよ。薬のせいだから安心しなよ。それにしてもシーツがぐちゃぐちゃじゃないか。下に防水マットを敷いておいて正解だったよ。これじゃあマットレスまで、濡れちゃうところだね。気持ち悪いだろ、シャワーを浴びに行こう」
 クラウスに手を伸ばし、脇に腕を差し込み抱き上げれば抵抗するようにうごうごと蠢くクラウスは、今や本当に芋虫のように滑稽だった。短い脚の間では、まるでストラップのように尻から輪っかが生えている。赤く充血した肛門をみやればプラグはゆるゆると動いている。随分慣れてしまったようだ。プラグの隙間から延びるリングを指で引っ掛けてやれば、抱き上げたクラウスが弓なりに身体を逸らしびくつく。スティーブンのシャツを精子で汚したのがおかしくて、何度もゆるゆると引っ張ってやった。
 たぶん、中のパールが中を擦っているうえにプラグが振動するもんだから、たまらないのだろう。すっかり自発的に中でイっているクラウスは、実に優秀な生徒であった。
「さァ、クラウス、バスルームに行こう。あんまり暴れると君の四肢を氷漬けにしてしまうよ。ふふ、いい子だね、冗談だよ。何度おもらしをしたんだい、あ、のどは乾いてないかい。なにせ、スポーツよりひどい運動だっただろう? 汗まみれに尿塗れ、射精は何度達したんだ? 恥ずかしいのか、クラウス。なぁ、クラウス。ほらバスルームだ。尻のそいつを取ってやろう」
 階段を上る振動にすら耐えられないのか、クラウスは何度か内腿を痙攣させ、掴まることも出来ないスティーブンの腕の中で震えるのみだ。解読不明な母音を口から発し、はくはくと息を繰り返す。猿轡、取ってやればよかっただろうか。なんて考えたがどうせ罵倒しか飛んでこないだろう。
 バスルームのタイルにクラウスを転がすと、すぐにまたクラウスの鋭い目が睨んだ。涙で滲んでいても、凄みはある。しかしずっと扇情的だ。スティーブンは、よいしょ、とシャツを脱ぎ捨て上半身裸になる。どうせ、今から汚れるのだからと、ランドリーに突っ込み、バスのシャワーヘッドを掴みクラウスに上から掛けた。遠慮なく流したせいで、床でばたつくクラウスはまるで溺れるみたいだった。
「あはは、ごめんごめん。さっぱりさせてあげようと思ったんだけど、ちょっとシャワーの水量きつかったみたいだね」
 トイレの蓋の上に腰かけ、それでもスティーブンはクラウスにシャワーを浴びせるのをやめてはやらなかった。じたばたともがき、開いた口に水があふれた。激しく咳き込むのをおかしそうに眺める。本当に、水たまりに嵌った蜘蛛みたいだ。
 カランを捻り、水を止めてやればクラウスはその身を折って水を吐き出していた。「ごめん、悪かったよクラウス」すっかり抗う力もなくなったのか、弱弱しくなったクラウスの頬に唇を落とし、脚の間でタイルの水たまりにぷかりと浮くリングを見つめた。
「そろそろ、後ろ抜いてやろうな。限界だろ?」
 プラグの刺さった後口は、すっかり皺を伸ばしきっている。指摘はしていなかったが、クラウスの下腹部は赤ん坊でも入っているかのように一杯になっていた。グリセリンのせいで、さっきからぐるぐると音を立てているので、相当つらいことは見て取れる。
 リングに指を掛けると。クラウスは必死に目を見開き、悪あがきを繰り返す。意味の無い言葉で、何度も制止を訴えるのが分かったが、スティーブンはそんなこと聴きもせず、ただただ、死刑宣告するのだ。
「それじゃあ頑張れよ――クラウス」
 ひとつめのプラグを外すと、ずるりと詰まっていた中身も一緒に零れる。続いてリングに指を掛けてアナル用のパールプラグが卑猥な水音を立て、一つずつ抜け始める。最初はゆっくりと。ひとつ、ふたつ。
「が、ぁっ、ぁあっ!」
 クラウスの声がバスルームに反響した。猿轡で満足に声も上げられない、可哀想だとは思ったが、スティーブンは遠慮なく、一息に、それを引っ張りあげた。
「ぁああ?! ああああっ、あっ、があっ、ああ!」
 ひどい声だ。感じて仕方がないとでも言うように、クラウスは叫んで、体を跳ねさせ、そして盛大にその中身をタイルの上にぶちまけた。一日何も食べていないせいで、匂いはきつくなかったが、どろどろとした液体じみた中身がぶちまけられる。排泄行為にひくりひくりと身体を震わせ、クラウスの目には涙が浮かんでいた。
 スティーブンは、なんともなしにシャワーで排水溝へそれらを流し込みながら、ゴム手袋をした右手で、クラウスのそのひくつく肉壺の口に指で開く。ぐぽ、と糸を引いて肉色の内臓器官が顔を覗かせていた。
 そして遠慮も何もなく、そのままシャワーヘッドを外して、ホース状になったシャワーの口を押し当てた。
「ぅぶっ?! ぇ、ぅえええっ」
 猿轡の隙間から零れる胃液に、ああしまったなァ、とスティーブンは実につまらない感慨で見つめた。胃酸の饐えた匂いに、性器からはじょろじょろとまた尿が漏れている。気持ちいいどころか、シャワーの勢いにクラウスはどうやら耐えきれなくて吐いたようだ。これは、少しだけ想定外だ。
「ああ、ごめんよクラウス。吐かせるつもりは無かったんだ」
 なるべく優しい声で、スティーブンはクラウスの口元を拭ってやり、窒息しないように猿轡を外した。
「うん、そう、ゆっくり息をして。口の中気持ち悪い? お水いる? ミネラルウォーターならあるから。ほら、口の中漱いで」
 シャワーをバスタブの中に放り込み、スティーブンは洗面台に置かれたペットボトルを取ると、クラウスの口に注いでやる。バスルームは換気扇の重く唸るような音と、シャワーの水音以外響いてはいなかった。
 すっかり大人しくなったクラウスの顔を撫でてやる。まあ、でもそれもそうだろう。どれだけ体力を削がれたのか分からないほどに無茶をやった。憔悴しきった顔のクラウスは、見ていて哀れだった。
 濡れたエメラルドを抉り取って舌の上に転がせば、どれだけ甘いのだろうか。きっとマスカットの素敵な味がするに違いない。それともメロンだろうか。どれも極上に甘くてとろけるに違いない。いつか、その目も口にできればいいのだが、そうするとクラウスは二度とスティーブンを映してくれなくなる。それは、少し嫌だった。
 けれども、それ以外ならばスティーブン以外を映すことも無くなると考えれば魅力的で、最後に見るのはスティーブンだということであるならば、あまりに興奮を覚える。
「……はは、寝不足かなァ」
 スウェットパンツを押し上げる自身に、苦笑を禁じえず、クラウスのパタパタと揺れる足を取る。まだ虚ろなクラウスは、スティーブンが何をするのかよく分かっていないようだった。別に分からなくともいいのだけれど。
 シャワーで流した口はぽっかりと開ききり、中がきゅうきゅうと収縮していた。プラグの太さに開いたそこは、少しばかりきつそうだが、入らないことも無いだろう。
 ゴム、あったかなァ。思案するも、鏡の裏にコンドームを置いていた記憶は無い。洗ったことだし、そのままでもいいか、と楽観的にスティーブンは思った。ぐずぐずの内側は随分気持ちが良さそうだし、なによりいささか限界だった。
 指の腹で探るように中へと潜り込ませる。ひくん、と喉を引きつらせたクラウスが「ぃ、やだ」と呻く。むいむいと蠢く足と腕の切り口に唇を寄せると、途端に嗚咽を零して泣きはじめたクラウスの眦を指でそっと触れる。

「……なァ、クラウス。なァ、聞いてくれよ。きっと、君はなぜこんなひどいことをするのかって思っているだろう? 僕もひどいことだと自覚はあるんだけど、あの時君の足がなくなったとき、僕は歓喜に震えたんだ。なぜかって? 僕は自分でもおかしいって分かっているんだけど、手足の無い人間にしか欲情出来ないみたいなんだ。それでさ、聞いてくれよ。きっと僕が仕事を頑張っていたおかげかな。神様は僕の味方みたいで、君を心配する人間を全部遠ざけてくれたもんだからさ、僕にはこれが千載一遇のチャンスだと思ったんだ。――大丈夫、僕の気が済んだらぜんぶ、返してあげるから。安心しなよ」

 話をしている最中もぐちりと弄っていた奥は、すっかり三本の指も容易く飲み込んでいる。クラウスは触れられることを嫌がり、腰が逃げを打っている。
「君、痛みにはとことん強いのにね。こういうのは、弱いだなんて、本当に愛らしいもんだな」
 ウエストのゴム部分を少しだけ降ろし、張りつめたスティーブンのものを取り出す。タイルの上で滑るようにして免れようとせん体を抑え込み、スティーブンはそろりとぬかるんだ秘所へ自身の亀頭を擦りつけた。くぷくぷと卑猥に吸い付くそこがおかしくて、目一杯、拒絶する身体の脇腹をつらつらと指の腹で確かめるように撫でた。
 映画の再現だ。
 男の肌を撫で、慈しんでいた女は自らの欲望を見つめて馬乗りになるのだ。そこに例え、男の拒絶があろうとも。『貴方のために一人の女になってはいけないの』その言葉は異様に耳に残っている。スティーブンは女では無いから、女の気持ちを上手く理解できるはずもない。
「……いれるね?」
「スティ……ッ、あ、っ、あああああッ!」
 悲鳴、が上がった。
 柔らかくなった中は、想像していたよりずっと心地がいい。抵抗の甲斐なく揺さぶられるクラウスにいつもの強く、此の世の王みたいな苛烈さも無い。子供も大人も泣く、その視線の刺さるような力も無かった。幼子に見える動作で、いやいやと首を振り、もがく。
 何も出来ない歯痒さに、ひぃひぃと喘ぐクラウスは、スティーブンの目から見ても痛々しく思う。何をのたまっているのだと聞けば罵倒されそうだが、事実そうだった。
「はは……、すごいなッ、クラウス」
「ひっ、ぅ、あっ、ぁい、ぃッ」
 身を屈め、首筋に噛みつけば半狂乱で嫌がった。食べられるとでも思ったんだろうか。スティーブンはおかしそうに顔を歪めた。
 ずっとクラウスをこうしてみたかった。本当に。
 クラウスは、知りもしないだろう。自分の持つ彼の写真は全部手足が無いのだ。壁に写真を張り付け、虚ろな顔をしたクラウスを揺さぶり、夢想した。今は、現実で。目の前のクラウスは、虚ろでも無い。顔を真っ赤にさせ、ふうふうと耐えている。牙から流れる唾液が美味しそうだと感じだ。
 嗚呼、本当に。齧ってしまおうか。首筋に歯を立て、ぎりりと犬歯を立てると「スティーブン!」と怯えた声が降る。
 もう突き飛ばすことも出来なくなってしまったから、クラウスは成すが儘で。
「可哀想にね、クラウス。僕なんかに好かれて」
 本心からそう思った。
 目を見開き、ころんと落ちそうな瞳を伸び上って舐め上げる。残念、マスカットでもメロンの味もしなかった。しょっぱいだけじゃないか。残念だ。見ている分にはこんなにも美味しそうな色をしているのに。若々しい新緑のように、綺麗な翠。
「咀嚼したらあまいのかなァ」
「う、いや、だ、すてぃ、ッ、すてぃ……ふっ」
「こんなに泣く君は初めて見るよ。本当に可愛いね、大丈夫たべたりなんてしないから。カニバリズムは趣味じゃないんだ」
 髪を撫でる手は優しかった。
 それでも、クラウスにはスティーブンが今や化け物のように映っていることだろう。それでいい。それでよかった。この背徳感も、この危険思想もすべて、クラウスが抱えていいものでは無いのだから。
 腰を抱え直し、タイルから半分浮いた不安定な身体に再度穿つ。わななく腹筋に指を這わせ、感じると顕著に表れる男の陰茎がぺちりとその腹筋を叩くのを見つめた。
「はァ、ッ、ああっ、ぁ、うっ、ゥうッ」
 涙でけぶる睫毛が、キラキラとしている。薄暗いバスルームの照明の下でも、はっきりと見えた。白い包帯が水を含んで肌に張りついている。薄い肌色の先が見えて、思わず唇を落とせば、いやだ、と喚いた。
「すて、ぶん、ッ、……う、たべ、ァ、い、で」
 クラウスの目にどんな化け物が映っているのだろうか。
 あんなに強くて頭の良い彼が、今や一介の狂人を前に怯えて震えているなんて。彼の近親者が見遣れば本当にスティーブンの命なんて無いだろう。それでも良いから、クラウスをこうしたのだ。後悔などあるはずもない。
 かぷり、と腹の肉に歯を立てると腸でも啜られているような妄執にでも陥るのか、クラウスの中はぎゅうぎゅうとしまって、横に生えた足はぶらぶらと上下に蠢く。逃げ惑いたいだろうにそれも叶わない。本当に、哀れで仕方がない。
「あっ、ああ、いや、ッ、いやだァ」
 本当のところを言えば、声帯も奪ってやりたかった。映画の中の男は話が出来なかったからだ。女に意思を伝えるときは、舌で舐めてみせる。手のひら、腕、肩、脚。それを目の前で揺さぶられる男にもやってやりたかった。意思さえまともに図ることが出来ないなんて、ぜんぶ、すべて、スティーブンの思いのままではないか。
 完璧な男の世話をしたい。夢想していたのは、そうだったが、思い返せば、これはクラウスを服従させたいに他ならない。
「…ッひ、ふ、すてぃ、うぇッ」
 嘔吐くクラウスに微笑みかける自分はどんな男に見えるだろう。聞いてみたいような気がしたが、今のクラウスの言葉など期待もしない。
「スティーブン!」
 不意に声を荒げたクラウスに、はっとした。カタカタと震える肩、荒く息を吐き、目玉が溶けてしまいそうなほど泣いている。
「なに、クラウス」
 頬を抱いて、眦を吸った。腕の辺りにクラウスの短い腕が触れ、そこも小さく震えていた。
「こわい」
 その時の感情をなんといえば良いのだろうか。震える薄い唇が、こわい、とまるで小さな子供のように、伝えた事実を、スティーブンは打ち震えた。
 深海を覗くように、クラウスの目を見据える。見えるのは自分の顔だけだ。表情は分からなかったが、きっと歪な顔をしているに違いなかった。だってクラウスがこんなにも怖がっている。
 優しく髪を撫でた。そういやバスタブにシャワーのノズルを突っ込んだままだ。カランを捻り、湯を止めスティーブンはぐしゃぐしゃに濡れた身体を引きずって立ち上がる。クラウスとは繋がったまま、バスルームを後にした。
 フローリングが濡れるのもいとわず、肩口で歩くたびに揺れる振動に声を上げるのを耳にして、スティーブンは地下の部屋へと足を運ぶ。
「……なァ、クラウス。僕の妄執を聞いてくれよ。きっと今の君も、普段の君も理解なんてしようにもできないことだろうと思うんだ。けれど、僕は君のその素晴らしい声も奪い去って、舌先の感触だけを確かに生きてみたいんだ。……そんなことしないよ。声帯をつぶした後、替えが利くかわからないしね。利いたらやったのかって、たぶんやったよ。ああ、クラウス、ごめんね、少しひんやりとするかも知れない。君にはわからないんだっけ?」
 濡れたシーツを取り除き、ベッドの下に落とす。防水のアルミマットが顔を覗かせ、そのうえにクラウスを寝かせた。びくんびくんと大きく内腿が震える。スティーブンを銜え込む穴は、さっきからずっとひくついて、きゅうきゅうと吸い上げている。
「薬ってすごいなァ。君、初めてだろ? それとも誰かと肛虐に勤しんだことでもある? それだと僕が準備した意味が無いなァ。……なんて、嘘だよ。初めてだろ。分かってるよ、だってあれだけ広げてもきつかったんだからね。もう少し奥に入ってもいいかな。ああ、これ許可は求めてないんだ、君がいやだって言ってもそうするつもりだからさ。なんだい、その顔。僕のこれ自慢じゃないけどそこそこおっきいんだよ? 君の中にまだ全部納まってないんだからさ、ほら、見てなよ?」
 足を割り開き、ぐいと腰を揺らす。クラウスが信じられないと、息を吸った。腹が収縮して、ひどく心地がいい。奥の奥を暴くように動く自分の興奮は、青年時のように際限がない。こんなこと、許されるはずもなかった。はじめてだ。スティーブンとて。
「っ、は、はっ、……ぅ、ぅう」
 クラウスの瞳孔が開き、天井を見据えて耐え忍んでいた。どこかにしがみつくこともままならず、アルミの上を腕が滑る。脇の横でぴんと伸びた足は、まるでどこかに糸がついているかのように、ぴんと吊り上げられている。つま先まであれば耐えられない、と足先が丸まっていたことだろう。
「ほら、もう、入る」
 ぬかるんだ秘所がぎちぎちと音を立て、奥の奥に潜り込む。別に喘いで欲しいわけじゃない、クラウスが必死に身体をもがかせる所が見たいだけだ。はーはー、と大きく胸や肩で息をし、口の中は唾液であふれている。感じてるし、気持ちも悪いのだろう、顔は紅潮しているが、体の手先は冷たい。
 まるで熱病だ。
「ぐぅ、う……ぃ、ぁッ、ひッ」
「つらい? まァ、そうだよね? 叫んでいいよ、いくらでも。声、出した方が楽だよ。女の子の子宮口突いてるようなもんだからさ、最初はすごく痛いらしい。どうクラウス、これも痛くないの? あ、でも内臓って言っても医学的には肌に触れているようなもんだから、痛くないのかな。ねェ、クラウス、どうかな? 痛い?」
 まるで実験のようだ。
 腹の中をスティーブンの太い陰茎がぐちぐちと掻き混ぜる。腹筋に浮いて見える形に、嘔吐いた。もう吐くものなど無いと言うのに、クラウスの口から胃液がこぼれる。
 「また、吐いちゃったの?」おかしそうにスティーブンが笑う。もうやめてくれ、と懇願する表情のクラウスなんてお構いなしだった。まるでおもちゃか何かのように、スティーブンが楽しむ。
「痛くないけど、気持ち悪くはなるんだね。それとも、僕が気持ち悪い?」
「ひっ、ぃ、やっ、」
「答えてよ、クラウス」
 そういうスティーブンは、クラウスに応えさせようとはしなかった。口を開くと揺さぶる。腸をこじ開けられたクラウスは、もんどり返るような気持ち悪さに、ただただ喉元をせりあがる胃液を我慢するしかない。それでも、舌はだらりと外に出ていく。もう何か色々と制御など出来ない。理性が上手く、働かない。

「……気持ち悪くたっていいんだ。――ねェ、クラウス。僕と、暗闇のなかで生きて。すこしだけだから」

 泣きそうな声だった。
 スティーブンは自分でも情けない声を上げたことを自覚して笑った。腰を抱え直し、ゆるゆるとした動作から激しいものに変える。奥まで、ずっと奥まで。
 クラウスの手足の無い肢体を、身体の神経すべてで感じ取った。



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