*
記憶は良い方だ。
クラウスはいつだってそう思う。今まで打ったプロスフェアーのゲームの数も、殺してきた相手の姿も名前も、死んでいった仲間の様子まで、明確に他者へ伝えることが出来た。その中でも一番稀有なのは、己の手足が無かったころの記憶だ。スティーブンは私がこの話をすると、まるで精神疾患の患者をたしなめるような素振りで叱るものだから、クラウスはその話をすることは許されずにいた。きっと話せば、またスティーブンが嫌な顔をしてクラウスに言うことを聞かせるべく、横柄さを露わにして手を伸ばしてくるものだから泣き叫んで助けを請い、許しを願うのだけれども、ちっともそんなこと聞き入れられるはずもなかった。
だからクラウスはあれだけふくれっ面で、スティーブンはなんて暴虐的で横柄なやつなんだろうと思っていたばかりでそれ以上口にする気などさらさら無かったのだけれど。
はて、私はなぜここにいるのだろうか。
そこにあるのは間違いなく産まれたばかりのクラウス・V・ラインヘルツの姿であったし、クラウスの手足はそこにはなくまるでなんだか芋虫のようにもぞもぞと動いて気味の悪い生物だった。髪も歯も生えそろわず、ぎょろぎょろと緑色の目だけが辺りを見渡していた。なんて気味の悪さだろうか。冷えたまなざしで、自分のことを見下ろしながら一体自分はどうしてしまったのかという漠然とした疑問が浮かんだ。これは恐らく過去のことだろうか。だってそうだ。私の手足がなかったころは、目もなんだか開くこともままならないような赤ん坊のころのことだったのだから。
様子をうかがいながら影に身を潜めていた。なんせ、ころんと私が転がり出た途端に複数の白衣の男達が現れるはずなのだから。ところが現れたのは一人で、白衣を着てけだるそうに歩いてきた。めんどくさそうに幼い私を見下ろしている顔は――。
「……スティーブン?」
ライブラの副官、クラウスの横暴な女王であるスティーブンその人の顔とそっくりであった。いや、そっくりだなんてものではない。ウェーブがかったブルネットも、血のように滲んだ赤い目も、常に口に刻んでいるのはアルカイックスマイルだ。そんなとこまで全く間違いなく類似していたものだから、クラウスは目を見張った。私は一体どこにきてしまったのだろうか。この場所は、間違いなどなければ、クラウスが生まれた容器の中から這い出てきて、蹴り飛ばされて暗転した場所だった。スティーブンらしい人物はケタケタと笑いを部屋中に木霊させていた。しばらくして、やっぱり小さなクラウスはスティーブンの傍へと芋虫のような形状の私はなんとか這う這うの体で、なんとか近付いたのに足先でころりと引っ繰り返されてしまっていた。
ここで私の世界は暗転して、次にはすっかりと手足が生え、ラインヘルツ家に迎えられていた。その間に何があったのかはてんで知らないので、ここからは私の初めての事柄である。白衣の男はそっとこけしのようなあたまでっかちの私を抱き上げると、彼の手の中にすっぽりと納まってしまうほどに小さな体格をしていた。赤ん坊だから当然かもしれない。手足の無い分それは、尤も明確であった。
それから男は、徐ろに半開きに口を開いて、幼い私の首筋へと歯を立てたのである。
ぞわりと身の毛がよだち、思わず自分の首に手を当てる。妙な痣が、クラウスの首にはあった。数字のようにも見える痣だ。これが何かと聞いたことはあるが、決まって産まれる前からあるただの痣だと家族には、散々はぐらかされたものだ。何を意固地になって気に留めていたのかは、分からない。子供の蒙古斑のようなものじゃあ無いのか、と父も兄も言った。大きくになるにつれ、私もそうだと思っていた。しかし消える様子の無い痣は、色濃くなり、首許を摩る機会も増えた。母と姉は気になるようならば消せば良い、腕の立つ整形外科も紹介をしてくれたが、クラウスは女でもあるまいし身体に痣の一つや二つあったところで気になるものでは無かった。
しかし、それでも、そうだ。事あるごとに首をなでさすっていた。気にした訳では無い、もうそれは癖のように首許を撫でつけていたに過ぎない。けれども、これは、違う。自分のものであって、自分のものでは無かった痣だから気になっていたのだ。疵だとすればなおさらに。今もまた、クラウスは首筋を撫で、膨れ上がったような箇所がチリチリと痛みを訴えかけてくる。それは、街の中で突然薔薇の花束を押しつけられ、不用意な棘に刺された時のようなものだった。
クラウスは左手のナックルを引き絞る。右側のグローブも健在だった。戦闘スタイルで身構え、クラウスは幼い己の行く末をじっと見つめる。何せ、この後のことは恐らく自分の身に起こったであろう、知らない記憶の断片に違いないのだから。
恍惚に吸い上げるスティーブンの横顔は、一等に美味い砂糖菓子を提供され、甘美な食事にありつけたかのようにどこか性的な色を含んでいた。目元なんてうっとりととろめかせ、匂い立つような色香をまとっている。名残惜しげに傷口の一片までねぶりつくすと、それこそ男の顔は慈愛というよりも欲愛の眼差しで赤子を見つめていた。首の傷口はすっかり塞がっているようだが、確かにそこには牙の刺さった証として痣が浮かんでいる。今のクラウスのものよりずっと小さいが、確かに同じ位置にあるのだ。なんだか、とっても気味の悪いものを見せられているようで、クラウスはぎゅうっと目を強く瞑った。
男は、まるで情事に草臥れた女の後片付けをするように、赤子のクラウスを暗がりへと運ぶ。この部屋事態が、ずいぶんと照明を落とされており、機械より発せられる明滅、ブラウン管の青白さ、白熱灯は余り機能していないようにも見かけられ、角になると闇が手をこまねいているようなそんな状況であった。男は、赤子をつま先で転がしたときのような冷たさは微塵も感じられず、腕の中に頭と胴体だけの幼き私を優しく抱だき、奥のゆりかごがへと横たえられた。ゆるゆると柔らかな頭を撫でて、少し舌にもつれるような甘い声で「おやすみ、クラウス」と赤子のクラウスに投げ掛けるさまは、しかし、それはまさに、スティーブン・A・スターフェイズその人に他ならない。
なぜならクラウスは、よくよくその声を知っていたからだ。
昼間の情事の最中に彼は「いいかい、クラウス」と笑みを多分に含んだ甘たるい口ぶりで、命令をしてみせたのだから。とろとろと体中を軟体動物のようにくねらせたクラウスに「もっと柔らかくおなりよ」とでも言うようにスティーブンは、その手で声でどんどん、クラウスを現実との境目を分からない曖昧なものへと変容させてしまった。床の冷たさは肌に熱伝導し、一気に燃え上がり、這い上がる爪先は傷を残すことさえ困難で、クラウスと繋がったスティーブンの剛直は、元々胎内にあったのでは無いだろうかというほどにひとつへと成り下がっていた。「いいかい、クラウス」その声のなんとみだらがましいこと! クラウスの未熟で繊細な心根は、このような淫猥さには悲観することしか出来ない。いいや、堕落に生きることの恥を今思い返し、情けなく思えたのだ。
顔に熱の上がった目許を手で押さえ、クラウスは嘆く。ああ、いったいどういうことだというのだろう。彼によく似たブラッドブリードがそこにいるのか。しかしこの場所は一体。――私の夢だとでもいうのか。妄想か、妄執か。思い出せもしない箇所を人は近くのもので補う性質がある。クラウスが記憶できていない科学者達の顔を手近な男で補完しただけの夢だろうか。目覚める前は確か、ビヨンドの攻撃を受けた。ともすれば、これはビヨンドの持つ特異性であろうか。分からない。情報が余りにも少ない。
混迷や困惑というより、クラウスはなぜそうなったかの事態を判別しようと、冷静ではあった。しかし不可解な事象、そしてまさに覚えの良いクラウスにとってこの状況は未知であり、知っているものの続きだったものだから、余計に状況は冷静を取り繕うとして困惑が更に上塗りされる。どう動くべきかわからない。ビヨンドからの脱出と考えた時、こういったもののセオリーはボスを倒すことだ。古今東西より、夢幻を打破するには、何かを倒し乗り越えるに相場は決まっている。だとすれば、クラウスがすべきはあのブラッドブリードを倒すことだろうか? よく見知った男の姿をした――?
答えなどはあるはずもなく、そうしている内に彼が動きはじめた。視線を向けると、赤子に向けていたあの甘さはすっかりそげ落とされ能面のようになったスティーブンがモニターのある前に腰掛け、どこかへ連絡を取っているようであった。少しばかり距離があり、遠のいた声が断片的にクラウスの耳へと届く。「ああ、うん、そうだよ。アンタたちの――そうだ、ああ、**は今、たしかに――え、いやあ、アンタにはまだ、****――……完成していない」
不明瞭な単語がとぶ。しかし、完成とは何だろうか。ここにあるのは、クラウスの赤ん坊時代の身体だけである。それ以外は、まるでSF映画の中によくあるような機械とモニター、そして破壊されたドーム状ののガラスケースだけだ。その中身であったクラウスは今はゆりかごの中だった。ラボに見える作りの室内で出来ることといえば、正に人体実験、及び薬等の開発。思いつく限りを脳内に押し並べてみる。細菌、ガス、薬品、生物兵器。ヘルサレムズロットでは、さも当然のようなものだが、ブラッドブリードがそれに手を掛ける必要はあるだろうか。
ああ、いや、まさかこれは。クラウスは、思考を試みる。考えを止めれば、人は、駄目になる生き物だ。クラウスは状況を鑑みて、仮説を脳内に従えた。
――要するにこれは、クラウスを呑み込んだビヨンドの記憶なのかも知れない。自分の行った行為を、クラウスの知り得る人物に当てはめて、幻想または記憶の共有、夢の共感性を作り出しているのかもしれない。さもすれば、やはりこれは現実のことでは無いのだ。崩壊させるには、速やかな解決と問題点の排除しかないだろう。
思考から戻ってくるころ話し声が止んでいることに気付いた。視線の先にいる男の足音がひたりひたりと此方へと向かってくるのが見え、クラウスは息を飲んだ。思索に没頭しすぎていた、とはいえ此方には武器がある。じっと見ていた男の足が不意に消え、そして唐突に背後に気配が押し罹る。それは冷凍庫へ放り投げられたかのような、ぞっとする冷たさが背中を撫で上げ、動きが止まった。
「なにしてるんだい?」
首許に息が掛かる。膝を付いたクラウスの頭上から声が降る。氷のつぶてをそのまま音にしたような身の毛がよだつほどに冷え冷えとした声だった。背中に触れているのは間違いなく男の手のひらだと分かったが、何も出来ない手のひらではないことだけ理解していた。下手を打てば、このまま心臓を抜き取られてしまいそうな脅威すらあった。動けないままに、クラウスは喉を鳴らした。どう対応する。基本的には独断で勝手に動くが、こればかりは動けば死に至りそうだと悟っている。
戦況はどう見ても、不利だった。
男は、スティーブンによく似た声で独り言を垂れ流す。口に出し、疑問をまとめるようなやり方まで、副官そっくりなものだった。
「……どこから入ったんだ? この部屋を見つけることはおろか、生身の人間には到底来ることの出来ない場所にあるんだが……おまえはだれだ? ――いや、別に答える必要はないな」
突如、反転した視界。咄嗟に受け身を取るが、体はふわりと宙に浮きしたたかに背を打つ。床がみしりと音を立てたのか自分の骨が軋んだのか、クラウスには分からなかった。息が詰まる、目だけは閉じてはなるものかと視線を繰った。次の一手を見逃せばすぐに死ぬかも知れない。先程見た限りでは、男の腕はクラウスを引っ張るには細いものだった。岩壁のように厚く二メートルを優に超える体格を反転させるには、余りに困難だ。普通の人間ならば、当然だがクラウスを力技で負かせる者は過度に少ない。
だというのに、スティーブンによく似た男にどれほどの力があったのか、軽々とクラウスを引き倒し床へと叩き付けた。マウントポジションで頭上より見詰めてくる男は、真っ白を通り越しいっそ青白い顔色で、その中央に居座る赤い目玉ばかりがぎょろぎょろ動き回っている。クラウスをじっと凝視しては、唇を開いては不可思議そうな表情で、問いかける。
「……お前は、なんだ?」
目が眇められると同時に、顔をぐっと近くまで寄せられる。クラウスはますます混迷した。やはりどこからどう見てもスティーブン・A・スターフェイズその人だったので、彼には兄弟の類などいただろうかと明後日の方向へ考える。いやそもそも、スティーブンという男の姿を借りた別の個体であると思うべきかも知れない。これはビヨンドと私の記憶の混線だ。でなければ、このような不可思議なことがあり得るのだろか。
ひたり、とナイフの先のような冷たさで、男がクラウスの頬に触れた。「こわくは無いのか?」何をされるか分からない恐怖を、男は問うているのだろうか。クラウスはゆるりと首を振る。指先が輪郭をなぞり、眼鏡の蔓に手を伸ばしては、明後日の方向へと投げ捨てられた。ほとんど男の顔しか判別の付かなくなった目を、ぱちくりと瞬かせると、男はますます不可解な表情を作ってみせた。への字に曲がった口は、この場面ではひどく似合わない。
ひたひたと、何かを探るように男に触れられる。撥ね除けて臨戦態勢を取るべきだと思ったが、下手に動けば殺されかねない。まだ、死ぬわけにはいかなかった。首筋の傷へ触れたとき、男はハッとした顔でクラウスを凝視した。わなわなと震える唇が、「あり得ない」と呟く。
「ありえない。お前は、クラウスか? 匂いもこの疵も俺が、作ったものだ。――名前だけ、名乗れ。それ以外は、発言をまだ許可しない」
「――……クラウス、クラウス・V・ラインヘルツ」
逡巡し、迷った挙げ句、名前を伝える。もう一度男は、「あり得ない」と言った。クラウスは此処にきて自分が考えていた仮定が違うものだと勘付いた。男はゆりかごと、クラウスを交互に見つめ、唐突に「スティーブン・A・スターフェイズは健在か?」と問うてきた。人を小馬鹿にしたような滅法傲慢な男は、いつだってかしこい大人のように振る舞い、クラウスを子供だと笑っている。そんな男の姿をそっくりそのままの男が、神妙な面持ちで尋ねるものだから、クラウスは、ははあ、と返答に困るのも無理は無かった。
「私の、副官だが――」その答えが果たして正しいものなのかは、さても検討はつかない。続けて「貴殿にそっくりだ」と敵であり恐らくは、この問題を解決する担い手の男に、まったく間抜けな態度で弁理を付いたのである。
それをどう捕らえたのか、男は黙りこくって、きっかり三十秒ほどの後、終には、大仰なほどに癇癪が弾けたかのように大笑いが室内を満たした。腹を抱え、背を反り、大層に笑ってみせた。目尻に涙をうかべて「あー、おっかしい」と喘鳴の中で吐き出した。
「クラウス、君が、こんなにでかくなるのか。俺のやり方は全く間違ってはいなかったんだなぁ! ああ、しかし、何がどうして君が此処へ飛び込んできたんだろう。ここが過去だって、お前は気付いていたか? いやきっと、知らなかったんだろうなァ。でなければ、俺をそっくりだなんていわないはずだ。だって、俺は未来にいるであろう君のそのあー……副官だっけか、ソレなんだから」
わけがわからず、クラウスは目を白黒させる。「あり得ない」と男と同じ言葉を吐き出した。それすらも噴飯物だというように、男はまだゲラゲラと笑っている。間抜けで滑稽なクラウスが、とんでもない道化に見えているんだろう。
「ちがわない、違わないのさ、クラウス。いいかい、未来の俺は君にきっと秘匿しているんだろう、どんな手品を以てお前に秘密を誓わせているのかはよく分からないけれど。ああ、しかしでも、これは確かに君の隣にいるならば、黙っておかなければならない事態だ。でもきっと君は好奇心の亡者みたいに知りたいと思えば、それがどのような事態を起こしても、気になってしまうんだろう。そうしたら、俺に出来ることは何もかもを君に言う外ないんじゃあ、ないかな?」
「わたしは、その、秘匿はわからないが、私はこの状況を覚えていたので、彼に叱られた」
「なんだって?」
スティーブンだと名乗る男が怪訝に聞き返すのをクラウスは視線を右往左往させながら、か細い声を出した。「その、私は、記憶力がとてもいいので、赤ん坊だった頃のことを覚えている……」もう言ってはいけないよ、と何度もたしなめるように彼が言ったのだが、しかしクラウスの状況を正しく伝えることにおいては必要なことであったので口にした。つらつらと並べ立てる、己の所在をどう扱うべきかと懊悩するような顔つきで、顎に手を当てて考える素振りを見せた。眉をひそめ、ぼそりと独り言のようなささめきが落ちてくる。「血の影響か? いやそれとも元々持ち得た能力か……?」スティーブンの指先が目尻に触れ、舌瞼を引っ張られる。
「目に」無理矢理見開かされた目からはだらりと涙が散った。乾かないようにと目が保護機能を働かせている。「異常は無いか……。しかし、赤ん坊の頃から君の目の色は変わらないな」と感慨深気に頷かれたところで、クラウスには知る由も無い。
しばらくして、男はニタニタと好奇心を押し殺せない顔をして笑うものだから、私は少しばかり不快に眉をひそめた。
「なァ、クラウス、君は俺に今の話を止められていたんだろ? それは実に当然のことだし、この時代に俺と接触を図っていたのはそうだな、お前のところにいる優秀な執事様だけだ。ラインヘルツ家の家族は実際には会っていないが実情を知っているぞ。だからみんな、知らなくて良いと言うんだ。未来の俺は変にお前に入れ込んでいるようだな……。アアそうか、だからお前から妙に俺の匂いがするのか。全く滑稽だ、荒唐無稽も此処までくれば笑えないもんだな。――なんだ、何が何か分からないって顔だなクラウス」
「ひとりで納得しないで頂きたい……。私はつまるところ、貴殿との関係はなんだというのだろうか」
「未来の俺はお前に隠してしまいたいらしい。しっかりと言うことを聞かせて、碌でもない言葉で丸め込もうと必死になっているんだろうなァ! ああ、可笑しいったらないな、本当に。くだらなくて笑えてくるよ。お前との関係はそうだな、お前がモルモットで俺が研究者というだけだ」
モルモット。
その言葉に、クラウスは大いに混乱した。それは要するに、自分は何か作られた人間だというのだろうか。だから、最初のうちは手足が無かったというのだろうか。まるで接着剤で貼り付けるように何か別の個体を。そこまで空想して、クラウスはぞっとした。
男の顔を見つめると、いかにも意地の悪い顔をしてクラウスがだんまりになってしまったことを喜悦していた。なんて性根の悪い男なのかと、たまらなくなった。
「お前が何を思っているのか、よく分かるぞ、クラウス。なァ、よく聞けよ。お前はブレングリードの成り立ちを知っているか? ああそうだ、これはとんでもない隠匿であるんだ。ラインヘルツ家は、その作り方を知っている家系だぞ。
ああ、いいか、なァ、クラウス。ブレングリードになるものは、まずその体は産まれた時に未成熟であることが条件だ。加えて、手足の無いまるで木偶のようなものでなくてはならない。元よりの障碍というわけじゃあない。ブレングリードはそうでないと出来ないからだ。ラインヘルツ夫妻の三男坊に生まれたのは、丁度そんな未熟児だったのさ。腹から滑り落ちてくる時に、呆気ないほどつるりと出てきたお前は特別な血を持った、ブレングリードの担い手になるべくして生まれたんだ。別段、作りたくて作っているわけじゃアない。それだけは理解しておけよ。それこそ神の思召しに近いもので、血だって特別でなくっちゃいけない。希少な血の元に生まれたお貴族様、クラウス・V・ラインヘルツ。これほどとっておきなことは無いんだぜ。ただし、ラインヘルツ家は生来、特にバケモノ退治を担っているわけじゃない……支援はあるけどな。自分たちの子供がそうだったからと言って、黙っているような家族では無いことを、お前が一番よォく知っているだろ? そうだ、それでだ、クラウス。ブレングリードの技で一番必要不可欠なものはなんだ?」
「……ブラッドブリードの……封印だ」
「そうだ! まさにそこなんだよ、クラウス!」
手を叩いて喜び勤しむスティーブンの顔は、実に稀有で、滅多に見たことなど無かった。クラウスの肌を羽毛の先で戯れるかのように撫で上げた。それは、どこか継ぎ目を確かめた昼間のスティーブンの行為を彷彿とさせて、ぞくりと肌が粟立った。男の顔がどこか歪に見せ、目眩がする。
なァ、ラインヘルツ。
スティーブンの呼び掛けに、クラウスは暗がりに震える男をその瞳の中に見た。それが己の姿などと気付いたのは、スティーブンの話が終わってからであった。恐怖ではない、しかし逆らってはならないという本能が叫んでいる。
「許より、お前の血には特別さが兼ね備わっていた。きっとお前の周りにもいるだろう、特別な血の奴らが。そいつらはその稀な血と共に生きて、より強固なものを求めれば術式か鍛錬を積むだろうさ。ブレングリードもこのまま行けば、ただ血を扱いブラッドブリードと対峙するにすぎない。わかるだろう、病気を殺すにはどうする? 同じもので殺すんだよ。人間だってそうだ、お互いに同じものなのに殺し合うだろう? 戦争が最たる部分だ。
ほら、クラウス。サーヴィス問題だ。答えられたら、キスをやるよ。はは、べつに欲しくないって? そんなこと言われると寂しいんだけどなァ。ほら、答えてくれよ、さん、に、いち。なんだよ、クラウス。すっかりだんまりか? けれど頭ではわかっているんだろう。ほら、それを口にするだけでいい。なんなら、俺の可愛いかわいいクラウス坊っちゃんだから大サーヴィスだ。俺の正体は?」
「……――、――ぶら、っど、ぶりーど」
「Excellent!」スティーブンが叫んだ。よく出来た生徒を褒めるようにして、クラウスの頬を抱き、宣言通りキスを送った。派手なリップ音を鳴らして、離れる顔はずる賢いキツネみたいな顔をしている。「よォくできました。アア、そうだ、お前の横にいるスティーブン・A・スターフェイズは、ブラッドブリードだ。俺はそんなにお前が気に入ったんだろうか。なァいつからスターフェイズがそこにいるか思い出して聞かせてくれ。お前の知っている俺はいつからお前のそばにいたんだ?」すっかり気に入りの玩具を手に入れたような素振りで、べろりと頬を舐めてクラウスの指先を取っては娼婦のような仕草で爪先に噛み付いた。急かされるように、さぁさぁと促され逡巡する。
いつからかなんて、あれは、確か。――たしか?
記憶力は良い方だった。なのに、スティーブンとの出会いを明確に思い出せない。出てくるのは三年前のあの日、紐育が堕ちて狂ったように世界が変わった日。喉がひりつく。目が痛い。吐きそうなほどに目まぐるしく脳が回転している。ジェットコースターで揺さぶり尽くされ、三半規管を抉られているような気分だ。シナプスがパチリパチリと弾けては飛んでいき、思い出せないでいた。
ちがう。なぜならスティーブンは、ずっと以前から、クラウスの側にいた。クラウスの鍛錬に付き合い、いたずらにセックスを教えたのは紛れもなくスティーブンだった。「なァ、坊っちゃん、気持ちいいことは好きかい?」まるでそれは、イヴに囁く悪魔の蛇だ。スティーブンの腕がクラウスを捕らえて、セックスの時にはてんで逆らえない様子に仕立てあげてしまったのは、スティーブンだ。
あれは、十四の夏のことだ。スティーブンと訓練をするのだ、と私は確かに今と何ひとつ変わらないスティーブンの腕を取って、私有地の離れで二人の生活を始めた。そう、目の前の男は、歳を取らずに己の横にいる。なんだって、そんなことを気付かずにいたのだろう。空恐ろしいほどの事実が、どうして記憶に残っていないのだろうか。
思い出せば、クラウスは確かにまだスティーブンの身長には及ばず、胸元までの背丈で、いまよりずっとまだ体格とて頑健では無かった頃に、セックスを教わった。散々に無体を働かれ、起きた頃には彼の従順な隷になっていた。夏の日差しが刺さる部屋の真ん中で、汗みずくになりながら嬌声を響かせ、どろどろの身体を混ぜ合わせながら芯を溶かされていく感覚に泥酔した。酸素の行き渡らない部屋の中は、出来の悪い水槽の中のようで手足をばたつかせ藻掻いても、スティーブンは一向に助けてなどくれはしなかった。なぜ、思い出せないでいたのだろう。ギルベルトは、知っていたのだろうか。
「……どうしたクラウス。ずいぶん、幼い顔をして。迷子の子供みたいだ。俺はお前の側に、いつからいるんだ? 出来の良い頭で覚えているんだろう?」
「わからない、ずっと、いた。ずっと――、なぜ覚えていないのかわからない。今更になって、スティーブンがずっと同じ、姿形だと思い出した。……なぜ、ずっといたはずなのに」
「――……、お前の横にいる俺はずいぶんクラウス・V・ラインヘルツに熱を上げているらしいな。俺もそうなるんだろうか? お前のそれは、混乱しないようにスティーブンが行ったものだ。何の疑問も持たず、朧気なかすみがかった記憶にすり替えるために、何か術をはめ込んだんだ。なァ、ラインヘルツ、ブレングリードに必要なものが途中だったな。俺が、ブラッドブリードならば、必要なものはその血だ。お前はきっと、さっきその目で、見ていたんだろう? 赤子の首に吸い付いた俺の様子を。
あれは、俺の血とお前の血を交配させていたんだ。手足の無いお前に行き渡るのはブラッドブリードの血と稀有な血を持つお前のものが混ぜられた血液だ。一歳をすぎるころには、混血により手足が生え始める。そしてその腕も足も、身体全てが俺の従属になる。驚異的な生命力、回復力、突出すべきは体力だろうか。それでも、きっとお前は俺の力より遙かに強く恐ろしい存在になっているんだろう? 逆らえないのは単に親のようなものだからさ、子は親に逆らえないってよく言うだろう? それが俺とお前の間ではより強固で顕著なだけだ。反抗を起こそうと思えば出来るはずだ」
スティーブンの言葉になぜだか悲しくなり、顔を覆った。クラウスの上から退いた男はクラウスを起こすと、頭をゆるゆると抱き留めてくれる。「従属と言っても、別に命令に従うわけじゃない。ちょっとしたまじないみたいなもんだ。お前の側にいるスティーブンが言うように、思い出してはいけないよ、とか。そんな程度だ。それも単純にお願いにしか、もうお前には効かないんだろう」ふつふつと笑う声にクラウスはそっと目線を上げ、懸命に口を動かす。たくさん伝えようとする小さな子供のように、要領を得ない言葉で呟いた。
「私は、どうしたら。君に、あいされているような、これも錯覚なんだろうか。私は、どうやって戻れば」
「あいしてるよ、きっと。
……僕は、基本的にはブレングリードを作り終えたら、そいつの隣にいようなんて思わない。同族がどうなるかなんて知ったことじゃない。金を貰って、その後は快適な暮らしを楽しむばかりだからね。それが、自分の正体を顧みず、お前のそばにいるなんて正気の沙汰じゃない。きまぐれなのか、最初はもしかしたら俺のモルモットの行く末が気になっただけかも知れないけどな。――さて、そういえばクラウス、戻るって言ったな? 此処に来る前にどうなったか聞かせてくれよ」
大男であるクラウスを立ち上がらせると、手を引いてテーブルへと案内をした。すっかり意気消沈となったクラウスに、スティーブンは特別優しくしてくれるわけでもなく、話を促した。ぽつぽつとクラウスは、ビヨンドに吸い込まれたのだという経緯を話した。床に倒された場所で見るよりも白熱灯の丸い光の下で見るスティーブンの姿は、やはり、なにひとつ、今のスティーブンと変わりはしなかった。ただ、頬の疵とタトゥーは見て取れなかったけれども。
「ふゥん、長く生きてきたけれど、そういうバケモノが今はいるんだな。恐らく、そいつの胎内は時空が捻れていて、どこかに飛ばされるんだ。解除の条件は、ソイツの死か、意志か? そもそもこの世界の異物であるお前が、永久に此処にいるっていうことは無いはずだ。今からその時代に戻るにはまた二十八年必要になるっていうことだが、此処がお前のいた未来になるとも限らない。平行世界、ってのは知っているだろう? パラレルワールドの可能性も否めないからだ。
そこで、お前も考えたんだよな、いくつかは。――俺を倒す、仲間が解呪してくれるのを待つ、あとはそうだな。こういうのはパワーアップイベントだ」
パン、と手を叩き思いついたように、クラウスの傍へと再度寄る。ぐっと襟元を開かれ、首筋の痣のある部分をまじまじと見つめられた。「十二回か」唸るようにスティーブンが呟いた。確かにクラウスのそれは数字に見えないこともない。「*」の文字に見えなくもないが、そんな風に思ったことなど無かった。
なるほど、とスティーブンは呟く。何か分かったのだろうか。未来のスティーブンは、少なくともクラウスにとっては優秀すぎる副官でありブレーンだった。知識の共有に余念がなく、ひたすらに言葉を交わし合うことなど造作もないことだ。スティーブンはひとつ、パネルに向き合うと、何かを操作した。中央の床が開き、階段が現れる。
「おいで、秘密基地だ」
エスコートをするように、先導して手を取った。クラウスの現れた部屋自体も地下のようだったが更に地下が存在するらしい。階段を降りきったところで、何に触れるわけでもなく自動的に明かりがつく。とはいえ、間接照明だけのようで、床から溢れる青白い光りがぽつりぽつりと非常灯のように点灯していた。
階段から降りきってしまったところで、勝手に天井の扉は閉じた。しかしそんなことよりも、クラウスの目の前に広がっているのは全面アクアリウムだ。壁が分厚いアクリル板で、水槽の中にたゆたうのは色の薄いアロワナが一匹。ゆっくりと緩慢で、そして雄大に泳いでみせている。部屋には、テーブルとベッドしかなく、クラウスは慌ててスティーブンを見た。
「俺は、今のクラウスがいるから殺されたくない。解呪を待つのもいいがいつかは分からない。となれば、出来ることはお前に力を与えてやるしかないわけだ。ああ、クラウス、なんだその期待したような顔は。お前の隣にいる副官がきっと残念がるぞ。淫乱だ、売女だと蔑む可能性を考えないのか。抱かれようとしているんだ、もっと嫌がる素振りをみせてくれなくっちゃなァ」
「……同じ、スティーブンであるのに、何をいやがれば」
クラウスは、何とはなしにそう尋ねた。彼は、何度も自分がクラウスの隣にいるスティーブンと同じだと言う。では、怖がることは無いだろう。こうして還る方法を模索してくれているならば、何を恐れることがあるのか。
首を傾げるクラウスに、スティーブンは額を覆って明後日の方を向いた。「……アレがこうなるのか。そうか、なるほど……そりゃあ俺は傍にいたくなるよな……」独り言のようにぼそぼそと呟かれるそれは明瞭を得ず、クラウスは更に眉をひそめた。
「ああ、ほらっ! さっさと服を脱いで、ベッドで裸になってくれ!」
ヤケクソ気味に叫ばれ、クラウスはいささか不満げに着衣を脱ぎ始める。「ああ、やっぱり待ってくれ」ウエストコートを脱いだところで、制止を掛けられる。「やっぱり俺が脱がす」ベッドに誘導され、クラウスはシーツの海へと沈み込み覆い被さってくる男の顔を見つめる。光りの下で見たのは今日の昼間だったはずなのに、なんだかもうすっかり遠い昔の記憶のようだった。
昼間の傲慢な女王は、すっかり夜の王さまだった。クラウスを支配する気で見下ろしている夜の目が赤く濁っている。「快楽主義者?」質問の意図が分からずかぶりを振る。けれども、スティーブンにはよく言われた。お前は気持ちいいことが好きなんだ、と。罵倒だったのか侮蔑だったのか、それとも嘲りであったのかも知れないけれど、服を脱がされながら目の前の男にはただ一つ「痛いのは誰しもいやだろう」と嘯いた。どう受け取ったのかは分からないけれど、スティーブンはくつりと笑っていたし、肌を舐め取ってみせた。
彫刻のような肉体美を持つクラウスの身体を見つめて「俺の匂いがする」と顔をしかめた。「昼間散々、貴殿になぶられたので」と意地の悪い答え方をすれば一瞬だけ面食らったが、怯むことなく「昼間から自堕落だな」と嘲笑された。そんなところは、見知った彼のようでなんだかひどく安心した。
――けれども、肌に触れる段階まできたところだった。シャツの下に顔を埋めて、スティーブンが吐息でなぞる。それだけで、他人に抱かれているような気がして、クラウスはいささか身を捻った。これは、ちがう男なのだと気付かされてしまって、少しばかり嫌な感じがした。
「やめたい?」
「そうではなくて……」クラウスはまるで自分が生娘のような感情を持っていることが恥ずかしく、言葉を途切れさせる。ああ、いやだ恥ずかしい。しかし、スティーブンはきっとその先を聞くまで、続けてはくれないだろう。「ただ、いつもと触れ方が、ちがうので」
胸から顔を上げたスティーブンの視線が痛いほどに、クラウスに突き刺さる。その熱視線に顔が灼けてしまいそうなほどだ。じっとりと見られるだけで顔中が茹だるように熱を上げるのを感じ、思わず腕で隠してしまう。
そんな風に見ないで欲しい。操立てというよりも、クラウスは隣に立つ男の腕しか知らないので、同一という過去の彼だとしても意地の悪い触れ方ではなく、真綿のようなそれは困惑しても当然だろうと思うのだ。
重いため息が頭上に降り、恐る恐る顔を覗かせるとそこにいたのは一匹の獣だった。
「なァ、お前、今のクラウスも育てばお前みたいになるのか? アァ畜生。狡いやつだ……本当に」
クラウスがすっかり呆けて彼の独り言を眺めていれば、がばり、と起き上がったスティーブンは顔を顰めて眼を凶悪に細めると、呻くように「覚悟しろよ」と笑ったのであった。
*
耽溺の中で指を探る。縮こまった足先が元に戻らないほどの快楽の海におしこまれ、目の前が泡沫に消えていく。背中から犯され、クラウスは広いベッドの上でのたうった。蒼い空間野中ではすべてが深海のようで、シーツを握りしめても逃がしてなどもらえない。
「――――ッ、う、ぁあッ、も、う、――ぁひ、ぃ」
かぶりを振っても、男の骨張った手が止まることを覚えるはずもなく藻掻くクラウスを楽しげに見ている。仰向けにひっくり返されたクラウスはすっかり潰れた蛙みたいに足を開いて、がくがくと痙攣し、やむことのない法悦の波がたまらず咆哮をあげた。嬌声というよりも、悲鳴に近い。太ももをしっかりと抱え込まれ、割開かれた足の合間にスティーブンが入り込んで、尻朶を潰さんばかりにごりごりと内壁をこすりあげてくる。はやく奥を開けてくれよ、と嬌笑混じりに唱えられたが、女じゃない。そこは子宮なんかじゃないんだからと心中で悪態をついた。なにせ、声を上げれば意味の無い言葉しか紡げないのだから。
とろけきった肌を桃色に染め上げ、クラウスは何度となく逃げ出すように藻掻くたびに、じらされ、追い立てられ、その手管にたちまち彼の腕の中へとずるずると戻るしかない。いやいや、と泣きじゃくるのも止めてくれるような男ではないことなんてとうに知っていたことじゃないか。
「ひっ、ん、ぁ"あ"っあッ、あ――ッ、んや、っ、ああっ、もっ、しゅてぃ、す、てぃ、ぶん」
「ああ、もう本当に可愛い奴だな。俺の名前を呼んだって、どうもしてやらないっていうのに」
呆れた台詞のわりにスティーブンの仕草はどこまでも優しかった。射精がしたいのか直腸の快楽で達したいのか、淫蕩なこの行為の中ではその懊悩すら無意味であった。
両腕を掴まれ、抱き起こされる。中に入ったままの熱量が角度を変え、凶悪なまでのシャフトに内壁をごりごりと抉られる。たまらずクラウスは意識を飛ばしかけ、目玉がぐるりと回転するもなんとか持ちこたえる。このまま気絶すれば、スティーブンにどうされるか分かったものでは無い。
胡座をかいたスティーブンの上に座り込む形で、対面に抱きかかえられた。深々と刺さった楔に、息が詰まる。瞬間的に喉元を反らして酸素を取り入れようとしたが、狙いすましたかのように大口を開いたスティーブンの犬歯が首に刺さる。
「っあ、は、ァ――っ! 〜〜ん、っぁあ!」
気持ちが良すぎて、頭の芯から溶かされて、血が沸騰するように熱い。自分の体のはずなのに、全く制御が出来ず、男に翻弄されるがままだった。スティーブンの背に遠慮も、ましてや力の加減すら出来ずにギリギリと 爪を立てる。肉を抉るような力にも痛がる素振りすら見せず止まることのない、律動は激しさを増すばかりだ。クラウスの蠕動する胎内はいまや、スティーブンのための肉壺だった。きゅうきゅうとペニスを締め付け、そして奥へ奥へと咀嚼する。――ああ、もっと欲しい。
首に噛みつかれた牙は、神経の深いところまでずぶりずぶりと沈み込んでいき体を内側から変えていく。まるでジェットコースターのようにめまぐるしく、空転する快楽に息も絶え絶えである。待って、と口を開けば甘やかな嬌声に掻き消える。喘鳴の悲鳴に満足したのかスティーブンは、ようやく口を離してクラウスののけぞった顎下に唇を落とした。
「獣を抱いているような気分だ、本当に。……ほら、十三度目の口吻けはどんな気分だった? 気持ちが良かったかい? っていっても、十二回ともお前が赤ん坊の時に仕込んだものだから、覚えてもいないか」
「や……、もう、へんに、なりそう、なのだ……ッ、ひ、んっ」
右の乳頭に噛みつかれ短い悲鳴を上げた。乱暴なほどのスティーブンの手練れにクラウスはどうにかなりそうだった。犬のようにだらしなく舌をだらりと伸ばして、はあはあと肩で息を弾ませながら、下方からの突き上げに何度となく絶頂を繰り返している。さきほどから内股の痙攣がやまない。
精液を零すこともなくなったはずのクラウスの大きな性器からは、ちょろちょろと尿みたいなものが溢れていた。
「あ、んああ……っ、ふ、あ、っ、ああっ、あっ、ん……」
リズミカルに何度も揺さぶられる。尻たぶを引っ掴まれ、結合部に男の長い指が引っかけられた。伸びきった皺を撫で、限界まで引き延ばされたクラウスの慎ましい孔を更に広げようとするものだから、いやいやと首を振った。それでもスティーブンは、もちろんだが、やめてくれるはずもなかった。
知らないはずなのに。この男は、クラウスがどこまで未来のスティーブンのペニスを呑み込んで喘いでいるかなど知らないはずだというのに、その動きには一片の迷いもなく、最奥を括れた狭窄の部分を狙っていた。
身動ぐクラウスの身体をおかしそうに笑いながら、「だいじょうぶ」と言った男の言葉に寒気がした。腐ったトマトのようにどろどろと赤色が覗き込んでいた。
「んぐ、っ、ん――――ッ! 〜〜〜〜っ、ひぃ!」
「腹の奥から俺の匂いがすると思ったんだよ。ああ、ホント、こんなところまで入るような大人になるんだね、俺の小さなクラウスは。可愛いなァ、顔ぐちゃぐちゃにして、情けないなァ、かわいいなァ……クラウス」
「あ、ぁあッ、いや、……んぁあ"、あっ、あっあっ、ひい、ん、そこ、あっ、も、こわ、こわれっ、んぁあッ!」
蹂躙される内壁は従順に彼の肉棒を貪り、じゅるじゅると吸い上げている。はやく熱い精液が欲しいのだと言わんばかりに収縮を激しく繰り返すクラウスの蜜壺は、最早スティーブンのためだけの機能だった。
「あ――ッ、も、あっ、いく、いくう、あ、ッ、あっ、ひぃ、あ、あ、――ッ〜〜〜〜っ!」
足先をぴんと伸ばし、シーツを引っ掻き、大きくのけぞった。突き出した胸の上で、真っ赤に染まった乳首が唾液にまみれて瑞々しく腫れている。腹の中に吹き出した灼熱のマグマの如く、どくりどくりと精液が吐き出されていた。長く、ながく。
耐えきれずベッドに仰向けに倒れ込み、全身が甘いしびれに冒されていた。もう指の先まで動かすのが嫌でクラウスはぐったりと目を閉じる。抜け出ていくスティーブンの刀身を感じながら、覆い被さってくる気配に薄く目を開いた。
「おやすみクラウス。お前を見たから、俺の実験は成功したんだって自信が保てたよ。あちらの俺にもよろしく頼むよ」
彼が、何かを言っている。答えようとしたが鉛のように重い身体はそのまま深く、意識を落としたのだった。
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