06

目を覚ますとそこは完全に異世界だった。時代劇などでよく見る和風の城のような廊下に転がっていた名前はぱちくりと目を瞬かせながら起き上がる。確か自分はりせの家にいたはずだが、ここは一体どこなのか…思考が追いつかず恐怖すらわいてこない。

「誰か〜誰かいませんか〜」

人の気配はないようで歩き回っても誰とも遭遇しない。とりあえず出口を探しつつ一部屋一部屋確認していくが、同じような景色が広がっているばかりだった。歩き回っているうちにおそらく出口であろう大きな城門を見つけたが外はあからさまに名前の知っている日常とかけ離れており、空は赤く渦巻いている。

「は…はは……え?なにこれ?」
「驚いたかえ?」

後ろから突然聞こえた声に驚き振り返ると、名前が立っていた。いやもう全く意味がわからんと若干呆れながら名前?をよく見ると、それこそ時代劇の女将軍のような格好をしている。自分の常識の範囲内で理解ができなさすぎて頭がまわらず、あ、これ大河ドラマで見たことあるコスプレだ〜と場にそぐわないことを考えるしかなかった。

「どちら様ですか…」
「どちら様?それは自分が一番よく分かっているであろうに…妾は其方よ、名前」
「いや全然わかんない」

もうどうにでもなれと明らかに怪しい目の前の人物に向かってゆっくり首を振ると、名前(仮)はくすくすと袖を口元にあてにんまりと不気味な笑みを浮かべる。

「臆病よのぅ…そうして自分の心を騙して生きていくしかないなんて、なんて可哀想な名前…」
「は?」
「本当は怖くて怖くて仕方がなかろうに、怖いと言えない、寂しいと言えない、誰にも心を許せない…でもいいのじゃ名前、ここは其方と妾が生きやすいように生きる場所。さぁ、こちらへおいで、妾は完璧なのじゃから、何も恐れることはない」

完璧、という言葉にぴくりと反応し、むっと顔をしかめる。

「嫌味?」
「うふふ…なんのことやら」

相変わらず感じの悪い笑みを浮かべている名前(仮)の意図が読めず、その上同じ顔をしているからなのかどうにも話していて気持ちのいいものではなかった。名前はため息をつきながら少し思案顔をし、ビシッと名前(仮)を指さす。

「あのさ、コスプレはお家の中でやっててくれる?私ちょっと人探しに行かなきゃいけないから遊んであげらんないんだわ」
「人探し…りせかえ?」
「そうそううちのわがまま娘が…って、え?りせ知ってるの?」
「妾は其方、其方は妾、なんでも知っておるよ。りせなら隣の珍妙な建物の中にいるようじゃ…妾の大事な大事なりせ…」

名前(仮)がうっとりと見上げる方には、なぜ気が付かなかったのかわからないくらいギラギラとした建物がたっていた。それにしてもりせがいるという建物を見上げている名前(仮)の表情がだいぶ気持ち悪い。

「な、なんていうか…ありがとう、じゃあ行くわ…」
「うふふ…早く帰ってくるのだぞ」
「帰ってくるか!!」
「妾にはわかるのじゃ。名前、其方は帰ってくるしかない…では、また後でのぅ…」

そう言うと名前(仮)はすっと暗闇に溶けて行ってしまう。一体なんだったのかと首を捻るが、どうかんがえても異世界の常識を名前が理解できるはずもない。夢かなぁとベタにほっぺたをつねってみるも普通に痛かった。
りせがいるという建物は思ったよりもすぐ側にたっていた。道を挟んですぐ目の前といった感じなのだが、振り向けば城、前を向けばストリップという光景はなかなか衝撃が大きい。目が痛くなるほどピンクと紫の照明がギラギラと建物を照らしており、空の赤色と相まって毒キノコ顔負けの危険だよアピールが凄い。

「えぇ…この中…?本当にりせいるのかな…」

若干入るのが躊躇われるうえ、名前(仮)が本当のことを言っているとも限らない。しばらく考えてみたが今は他に頼れる者もないためやはり行くしかないかと建物に足を踏み入れた瞬間、バリバリという破裂音と共に名前の全身に電気のようなものが走った。

「〜〜っ?!っった!!!なに?!」

あまりの衝撃に飛び退くと、入口付近にパチパチと電気のようなものが見える。つまり入ってくるなということなのか、名前が近寄るとそのバリケードはさらに強さを増した。何度か侵入を試みるも静電気を何倍にもしたようなそれは入ろうとすればするほど強くなるようで、ついに名前の方がこれ以上はギブアップと地面に倒れ込んだ。

「はぁ…どうしろっつーの…」

ここがどこかも分からず、行くところも頼れる人もいない状況になす術なく目を閉じた。


▼▼


0時のマヨナカテレビにはふざけたバラエティ番組のようなものが映り、そこには水着姿のりせがストリップがどうたらこうたら、なにやらとてつもなくまずい発言を繰り返していた。花村は一瞬呆けたあとすぐに鳴上に電話をかける。

「見たか?!」
「あぁ、見た…」

今回はいけると思ったのになぜこんなことにと拳を握りテレビを見ると、いつもと違いまだテレビが消えていないことに気がつく。

「…悠、お前んとこ、テレビ消えた?」
「? さっき消えたはず…いや、待て、消えてない!」

テレビからはジジジ…という電子音が聞こえ、次の瞬間パッと明るくなった。和風のオープニングのようなものが流れたあとまるで大河ドラマのような部屋が映し出される。その中心に立っている人物は花村達がよく見知った人物で、しかし立ち居振る舞いは全くの別人だった。

『…あぁ、もう始まっているのかえ?うふふ、妾の名は名前…。完璧で完全で誰よりもすぐれている妾にふさわしいのは一体誰ぞ?』
「…悠!!これ、名前先輩だ!!なんで…だって名前先輩はテレビには出てないだろ?!予告にも人影は一つしかなかった!!」
「落ち着け陽介!」

テレビの中の名前は普段と違いとても上品な女性で、怪しく目を光らせている。格好や髪型、化粧に至るまで全てが普段の名前と違いすぎて、見慣れている花村達でさえ一瞬誰なのか考えるほどだ。

『世界一すぐれている妾にはもちろん他人を選ぶ権利がある…そうじゃろ?さぁ、これから妾にふさわしい殿方を選びに行くとするぞ…うふふ…あぁ、あの子のかわりはいるのかえ…妾の全て…愛しい世界…寂しい…寂しいのぅ…』

今度こそブツリとテレビが消える。花村の手は強く握りしめられたせいでびっしょりと汗をかいており、小刻みに震えていた。

「なんで…!なんで名前先輩が…」
「陽介…」
「…助けに行く」
「だめだ、今は危険だ。早まるなよ陽介。明日必ず行こう」
「…わかってる、けど…!!」

なぜ名前がと考えても答えは出ない。ただ一つ、花村の頭には過去に同じ理由で失ってしまった人の事が思い出されていた。もし今この時に名前が死にかけていたら?また自分は何も出来ず、自分の知らないところで大切な人の命が奪われていくのか。そう考え出すと焦りか恐怖かわからない感情がふつふつと溢れ出してくる。しかし、今はあの時とは違い助け出す力がある。いつも通りにすれば必ず助けられる、そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと深呼吸をする。

「…悪い、取り乱した。そうだな、明日必ず、いつも通りにやれば…」
「あぁ、絶対に助けよう」


▼▼


「名前、起きるのじゃ」

ぺしぺしと頬を叩かれうっすらと目を開ける。どうやら昨日は静電気のバリケードに疲れ果てそのまま寝てしまったらしい。こんな異様な世界のしかも地面で爆睡できてしまう自分の神経を褒めてやりたいと思いながらよく回らない頭をゆっくりと持ち上げた。

「…またあんたか」
「うふふ…りせはどうじゃった?」
「見ての通り、入れてすら貰えないけど?」

むすっとした顔で相変わらずバチバチと元気に電流を流しまくっている入口を親指でくいと指す。名前(仮)はそれを見ても何も言わなかったが、悲しそうな表情を隠さなかった。

「悲しいの?」
「其方も悲しかろう」
「…ま、嬉しくはないよね」

ふぅとため息をつく。もうどうしようもないし、この世界に来てから口をきいた人間といえば目の前にいる名前(仮)だけなので謎の親近感すら湧いてきてしまう。

「さて、では妾たちの城に帰るとするかのぅ」
「帰らねっつの」
「?? ではどうするのじゃ?」
「もうちょい散策」
「ふむ…まぁ好きにすればよいが…早めにかえるのじゃぞ。妾はあまり遠くへは行けぬゆえ…」

帰らないと何度も言っているのだがこの妙ちくりんなドッペルゲンガーは話を聞いていないようでまた勝手に話を終わらせるとすっと消えてしまった。もはやなんで消えたのかとかどういう存在なのかとかいうことは気にならなくなってきた自分が恐ろしい。

「出口とかないのかな…」

どうやってこの世界に来てしまったのかあまり記憶が定かではないが、来たのなら帰れるはずである。りせが本当にこの中にいるのなら置いて帰るわけにも行かないが…出口を見つけておけば後々楽だろうと考えて歩き出した。
だいたいどこに行っても同じような景色が続いているのだが、途中途中に商店街や城やサウナなどよく分からない建物を何個か見つけた。しかしどれも出口ではなさそうで、どちらかと言えば名前(仮)のいる和風の城やりせがいるというストリップ劇場に似ているもののようだ。あまり手がかりになりそうなものも見つからない。昨日から飲まず食わずでこの世界にいるせいか、それともどこへ行っても立ち込めているこの霧のせいなのか、はたまたどちらもかはわからないが名前の体力はかなり限界に近付いていた。1歩を踏み出す足が重たく、寒いわけではないが手の先がとてつもなく冷たい。いつからか目眩も酷くなってきてもはや機械的に足を動かすのが精一杯だった。

「まじ…体力作り…しとくべきだった…ちょっと、休…憩…」

遠くはない場所になにかステージのようなものが見えた気がするが、もうそこまで行く余力は残っていない。ぐるんと視界が回転し、その場へドサリと倒れ込んでしまった。

なんだか体がぽかぽかする。ぬるま湯に浸かっているときのような心地よい気持ちよさだ。気が付くと名前は小さな劇場の客席に座っていて、目の前のステージの幕が上がるとそこにはりせが立っていた。りせはいつもの輝くような笑顔で歌を歌い、こちらに手を振っている。名前はこのりせの笑顔が大好きだった。歌うことが楽しくて楽しくて仕方がない、そんな気持ちが伝わってくる。よかった、またりせのステージが見られたとつられて笑顔を浮かべながら拍手をすると、りせがマイクをことりと床に置く。そして顔を上げたりせの表情は、苦しそうで悲しそうで、今にも泣きそうな顔だった。そのまま名前には目もくれず、ステージをおり、衣装を脱ぎ捨てスタスタと出口へと向かって行ってしまう。待って、と言いたいのに声が出ない。追いかけたいのになぜか足が竦んで動かなかった。待って、りせ、こっち見てよーーー声が出ない、足が動かない、置いていかれる恐怖に押し潰されそうになったとき、誰かが名前の手を掴んだ。ぎゅっと思い切り強く握られ、そしてドンと背中を押される。その衝撃で名前の足は階段を1歩あがり、そのまま駆け出した。りせは劇場の扉を開けて外に出ようとしている、あともう少しで届く、思い切り手を伸ばして劇場の扉に駆け込むと強い光が見えてーーー

「りっ……………せ?」

目を開けると空は相変わらず赤かった。

「名前先輩…!」

片方の手は空中を掴むように伸ばされていて、もう片方の手はなぜか花村が握っている。状況が全くもって飲み込めない。なぜ花村がここに?というか花村以外もいつもの面々が勢揃いしていた。

「え?なに?夢?」
「名前先輩、体調は?!大丈夫っスか?!」
「えっ?えっ?いや、うん、だいぶいい。体調はだいぶいいけど頭がヤバくなったかもしれない」
「よかった…よかったよぉ…名前先輩、ずっとうなされてて…!!」

なぜか泣きそうな千枝にがばりと抱きつかれ揺さぶられる。体調はよくなったが寝起きなのであまり揺さぶるのは勘弁して欲しかった。というかなぜここに後輩達が?自分は心細さのあまり幻覚を見ているのだろうか?

「天城、一回休んで大丈夫そうだ。お疲れ様」
「うん…よかった…」
「およよ…ユキちゃんお疲れ様!」

よく見ると雪子の後ろになにかよく分からない物がいて、そして鳴上の隣にはまたなにか珍妙なものがいた。

「よかった…本当に…俺、名前先輩が死んだらどうしようって…」
「縁起でもないことを言うんじゃないよ…」

若干体のだるさは残っているが動けない程ではない。なんだかよく分からないが彼らはこの世界に来慣れているのか、会話の流れからしてどうやら助けに来てくれたらしい。

「とりあえず名前先輩はすぐ見つけられたし、一回戻ろう」
「そうだな。りせの救出はまた明日でも…」
「そうだ、りせ!!りせは?!助けなきゃ…!」

突然の花村達の登場に驚いていたせいですっかり忘れていたが、りせはどうなったのだろうか。普段からレッスンなどで体力作りをしている分名前よりは頑丈だろうが、やはり心配だ。

「名前先輩、久慈川りせと知り合いなんスか?」

完二が不思議そうに名前を見ている。そういえばうっかり口を滑らせたが後輩達には仕事のこともりせのことも言っていなかったのを思い出した。

「あ、うん、まぁ知り合いっていうか…そんなもん」
「りせちゃんはたぶんまだこの中にいるけど…名前先輩、一回帰って病院行かなきゃ」
「りせのこと置いて私だけ?絶対イヤ」
「でも名前先輩、あのままじゃ死んでたかもしれないんスよ?!」

珍しく大声をあげる花村に手をまだ掴まれたままで、痛いくらいの力で握られた。

「うん…そうだね。助けてくれてありがと」
「だったら、」
「でも無理なの。私は絶対りせのこと助けないとここから帰れない」

花村が本当に心配してくれているのは痛いほどわかっていた。しかし、名前にとってりせを危険とわかっている場所に置いて帰ることは今ここで死ぬことよりも許し難いことだ。じっと花村の目を見つめると、花村は困ったような泣きそうな顔をしたあと、わかったと頷いた。

「…絶対勝手な行動はしないって約束してくれます?」
「うん!…時と場合によるけど」
「今最後小声でなんか言いましたよね?!」
「そうと決まれば行こう!!こっちだよ!!」
「なんでこの人こんなに人の言うこと聞かねぇんだ…」

顔を手で覆ってがっくりと肩を落とす花村に、鳴上がファイトと哀れみの目を向けていた。