02
「鶫、私は洗濯機回してくるからビブスの片付けお願いね」
「分かりました、潔子先輩」
部活が終わる頃には鶫と清水はマネージャーの仕事を通してすっかり意気投合していて、部員が知らない間にお互いのことを名前で呼び合っていた。女子が二人しかいない場所で気も合ったということもあり仲良くなるのは早かったようで、これならひと安心だと部員たちは胸を撫で下ろしていた。
その脇では練習を終えた彼らが後片付けをしていて、田中はドリンクを片手に菅原へと顔を向けた。
「勝負して勝ったら入れて下さい! ――っとか言って来そうじゃないスか?」
「あり得る! 頭冷やしてちょこっと反省の色でも見せれば良いだけなんだけどな」
「アイツらもそこまで単細胞じゃないだろ」
その会話が聞こえていた鶫はビブスを片付けながら、飛雄くんなら言いかねないとヒヤヒヤしていた。しかしその思考の端では“それを言いかねない可能性”を感じてしまう決定的な理由があり、それが彼女の頭を悩ませる。
「――でも、仮にそう来るとしたら」
飛雄くんが自分だけで何とかして勝とうとしているのなら、あの頃から成長できていない。
「……大丈夫かな」
できればその予想は外れてほしいと言うようにため息をつきながら畳んだビブスを籠へしまった時、体育館のドアが開いて日向と影山が姿を現した。外は既に暗くなっていたが彼らはずっと体育館の近くにいたようで、部活にきた時と変わらずジャージ姿のままだった。
「あれっ、お前らずっと其処に居たのかよ?」
虚を突かれた田中がそう問いかけた声で日向と影山に気付いた澤村と菅原がドアに歩み寄るのを見て、鶫もビブスを慌てて片付けると彼らの後に続いてドアの方へ歩み寄る。何事かと遠巻きに他の部員たちが見る中、日向と影山はさり気なくアイコンタクトを取り息を吸い込んだ。
「勝負させて下さい!」
「俺たち対先輩たちとで!」
「ブホッ! マジでか!」
「……」
予想が的中するとは思っていなかった田中が思い切り笑う横では、菅原が頭が痛そうに額に手を当てている。鶫はまさかと言いたげに彼らの後ろで唖然としたが、その場で口を挟める雰囲気ではなかったので彼らの様子を見守ることしかできなかった。
「せーの――ちゃんと協力して戦えるって証明します!」
「ビバ単細胞!」
「“せーの”って聞こえたんだけど」
「でも俺、こういう奴ら嫌いじゃないっスよ!」
ケラケラと笑う田中と、何とも言えない表情で苦笑いをしている菅原。そんな彼らの半歩後ろで静かに話しを聞いていた澤村の表情が変わったことに気づいた鶫は、彼がドアの方へ足を踏み出すのを目で追う。
「負けたら?」
「うっ」
「どんな罰でも受けます」
澤村の問いかけに怯んだ日向に対して、影山は勝てる自信があるのかそう即答する。影山の返答に鶫は頭が痛いというように額に手を当てたが、この状況ではフォローの仕様がない。できるだけ大事にならないように祈りながら、鶫は彼らの様子を窺った。
「ふーん……丁度良いや」
「?」
「お前らのほかに数人、一年が入る予定なんだ。そいつらと三対三で試合やってもらおうか。毎年新入部員が入って直ぐ雰囲気見るためにやってる試合だ」
「えっ、でも三対三ですか? 俺たち側のもう一人は……」
「田中。お前、日向たちの方入ってくれ」
「ええっ、俺っスか!?」
試合と聞いてソワソワした鶫。澤村が日向達側に指名したのは田中で、それに彼女は少し残念に思ったものの仕方ないと諦めて話に再び耳を傾けた。田中はこいつらの中に入るのはちょっと……と渋っていて、それに澤村はふうと息を僅かに吐いて意味深な表情を作る。
「問題児を牛耳れんのは田中くらいだと思ったんだけどな……」
「っしょおおおがねえなああ! やってやるよ! 嬉しいか、オイ!?」
「よし」
田中先輩、それは流石に単純過ぎます……。
澤村の思惑に簡単に乗った田中に鶫は微妙な表情を浮かべたものの、それを口にすることはなかった。
「――で、お前らが負けた時だけど」
「……」
「少なくとも俺たち三年が居る間、影山にセッターはやらせない。勿論、顧問の了承を得た上でな」
「……は?」
澤村の提示した条件に影山はあり得ないと言うように言葉を漏らしたが脇にいた日向はそれだけと首を傾げている。しかしセッターはやらせないという条件の本当の意味を鶫は理解していた。
……これは単なる罰なんかじゃない。個人技で勝負を挑んで負けてしまう司令塔では、チームは成り立たない――つまり、公式戦で負けてしまうから。だから澤村先輩はこの条件を……。
「どうした? 別に入部を認めないって言ってる訳じゃない。お前なら他のポジションだって余裕だろ?」
「――っ俺は、セッターです!」
「!?」
「勝てば良いだろ。自分一人の力で勝てると思ったんだから来たんだろ」
澤村の尤もな言葉に何も言い返せない影山。その脇では日向がワタワタとしていたが、彼が居るとか居ないとかの話ではない。試合が土曜日の午前中だということを澤村が告げて閉じたドアを鶫はじっと見つめて、小さくため息をついた。
「……飛雄くん」
「良いのか、田中入れて。戦力になるだろ?」
「有力な第三者が居る方が、あいつらが如何に連携出来てないかが浮き彫りになるさ――繋ぎが命のバレーボールで、バラバラなチームは弱い」
「……」
「まして、まだまだ力不足の日向を抱えて個人主義は致命的だ」
そう言い切る澤村に菅原は僅かに訝しげな表情をして口元を曲げると、あいつらにキツイんじゃないかと指摘した。それに田中も何時もより厳しいと続くと澤村は図星だと言いたげに表情を変えた。
「何か特別な理由でもあんの?」
「……お前らも去年のアイツの試合、見ただろ」
少し言いにくそうに黙っていた澤村だが直ぐにそう話を切り出してゆっくりと腕を組む。
「影山は中学生としてはスバ抜けた才能を持ってた筈なのに、いまいち結果は残せていない。そんであの個人主義じゃ中学のリピートだ。チームの足を引っ張りかねない。でも中学と違うのが、ひとつある」
そう言って澤村は鶫へと顔を向けた。その視線に気付いた鶫が顔を上げると菅原と田中の目も彼女へと向く。純粋そうに見えて強かさを秘めるその瞳をじっと見つめた澤村は目を細めた。
「舞雛。中学三年間、影山を傍で見ていたなら、それが何か分かるだろ?」
「……はい」
鶫は急な問いかけで僅かに戸惑ったものの、しっかりひとつ頷いて真っ直ぐ彼らを見つめた。
「類い稀なスピードと反射神経、あの脚力と身体能力を持つ日向くんが同じチームに居ることです」
「日向?」
「日向くんはその能力を生かせる優秀なセッターに恵まれませんでした。逆に飛雄くんは高い技術を持ったセッターで、自分のトスを打てる速いスパイカーを求めています」
「その通りだ」
鶫の答えに満足気に頷いた澤村。しかし田中は運動神経抜群だが実力がない日向に何の関係があるのかと不思議そうに首を傾げると、それに澤村は笑みを浮かべる。
「あいつら単体じゃ不完全だけど才能を合わせたら――コンビネーションが出来たら、烏野は爆発的に進化する」
そう思わないか?
菅原と田中は二人に期待を寄せて厳しくする澤村の意向を知り表情を緩めた。
それを見た鶫がほっと息をついて後片付けと翌日の朝練の準備を進めてからしばらく、窓近くで田中が不自然な咳払いをし始めた。それに鶫が顔を向けると菅原が首を傾げていた。
「明日も朝練は七時からですよねー?」
「え、うん。そうだけど。いきなり何だよ」
「えっ!? いや、あっ……きょ、教頭のヅラは無事だったんスかね!?」
「オイ、その話止めろ!」
不自然過ぎる誤魔化し方。それに鶫は外を覗き込むことなく苦笑いをして自分の仕事を進める。
その耳に微かに届いたのは、朝五時という声だった。