02
「――烏野は数年前まで県内ではトップを争えるチームだった。一度だけだが全国へも行った。でも今は良くて県ベスト8。特別弱くも――強くもない」
他校からの呼び名は、落ちた強豪“飛べない烏”
「……」
「全く誰っスかね。そんなポエミーで失礼な名前つけやがったのは!」
「烏野が春高で全国大会に出た時のことはよく覚えてる。近所の高校の……たまにそこらですれ違う高校生が、東京のでっかい体育館で全国の猛者たちと戦ってる。鳥肌が立ったよ」
短髪の男子の言葉に呼応するように体育館外にいた烏がその羽を広げて宙へ飛び上がり、漆黒の羽根を舞わせる。
「もう一度あそこへ行く」
「!」
「もう“飛べない烏”なんて呼ばせない」
その言葉の重みと込められた思いに鶫の背筋が撫でられ、一瞬だけ息が止まる。そんな彼女の様子を横目で見ていた影山は少しだけ目を細めると、それは本気なのかと言うように前にいる短髪の男子を見つめる。
「……全国出場を“取り敢えずの夢”として掲げているチームはいくらでもありますよ」
「ばっ、このヤロ……!」
「ああ、心配しなくても」
ちゃんと本気だよ。
短髪の男子の威圧感を直接食らった影山は一瞬で言葉を飲み込み、隣にいた鶫も驚いて目を丸くする。田中が小声で馬鹿めと焦って声をかけていたが、その忠告はひと足遅かった。
「――その為にはチーム一丸とならなきゃいけないし……教頭にも目をつけられたくないわけだよ」
「!」
「俺はさ、お前らにオトモダチになれって言ってんじゃないのね。中学の時にネットを挟んだ敵同士だったとしても、今は“こっち側同士”だってことを自覚しなさいって――言ってんのね」
先程とは比べられないほどの威圧感の矛先を向けられた日向と影山は体をビクリと震わせ、鶫もそれに少々中てられて少しだけ体を震わせた。
そんな彼らに一歩歩み寄った短髪の男子は片手で持っていた二枚の入部届を両手に持ち替え、にっこり微笑んだ。
「――どんなに優秀な選手だろうが」
「?」
「一生懸命でやる気のある新入生だろうが」
「?」
「仲間割れした挙句、チームに迷惑かける奴は要らない」
日向と影山の入部届をそれぞれの顔面に叩きつけた短髪の男子はそのまま二人の首根っこを掴んで体育館の外へと引きずり出し、それを真横で見ていた鶫は体育館のドアが閉められるのを唖然とした表情で見つめることしかできなかった。
「互いがチームメイトだって自覚するまで、部活には一切参加させない」
「はあああ!?」
短髪の男子から告げられた言葉を体育館外で聞いた日向と影山があり得ないと言うように叫び声を上げたが、短髪の男子は手のひらの埃を払うだけでそれには答えない。
「うわあああ!? どっ、なっ……“仲間の自覚”って何!? どうやんの!?」
「知るかっ」
「っ……いっ、入れてくださいっ! おれ影山ともちゃんと、な、仲良く……」
「……」
「仲良くしますからあああああ」
「……良いのかよ大地、貴重な部員だろ。ていうか“チーム”とかって徐々になってくモンだろ」
「分かってる――が!」
菅原が少し厳しいんじゃないかと言いたげにしているなか、鶫はどうしたら良いのかと彼らの様子を窺うことしかできない。外では日向が必死に声を張り上げていて、短髪の男子がしばらくして息を吐いたところで今度は影山も声を張り上げてきた。
「おい、ちょっとどけ!」
「あたっ! 何すんだよ、今おれが話して――」
「キャプテン! すみませんでした! 部活に参加――」
「おれが先に話し――」
「うるせえっ!」
「あんな状態で練習になるか。入部を拒否するわけじゃない。でも、反省はしてもらう」
「すみませんでした! コイツともちゃんと協力します! 部活に参加させてください!」
短髪の男子が菅原と話している途中から何故か影山の声しか聞こえなくなり、それを不思議に思った鶫がドアの方へ顔を向ける。彼らの声に短髪の男子は少しだけ間を空けてからドアを少しだけ開け、目の前に立っていた影山と奥で転がっている日向へ視線を向けた。
「――本音は?」
「……」
「……」
「……試合で、今のコイツと協力するくらいなら、レシーブもトスもスパイクも、全部俺一人か鶫とやれれば良いのにって思います」
「何言ってんのお前!?」
「飛雄くん……」
嘘がつけない影山の素直すぎる回答に日向が体を起こしながらツッコミを入れ、鶫が頭が痛いと言うようにため息をつきながら額に手をあてる。そんな影山の答えを聞いた短髪の男子は大声で笑い、彼を真っ直ぐに見つめた。
「何で本当に言っちゃうんだよ本音を! 良いと思うよそういうの!」
「……」
「――でもさ」
ボールを落としては駄目、持っても駄目。一人が続けて二度触るのも駄目……っていうバレーボールでどうやって一人で戦うの?
「まして、女子と一緒に公式試合は無理だ」
「!」
にっこりと笑った短髪の男子はそう告げると体育館のドアをピシャリと閉じて、驚いて目を丸くしたままこちらを見ていた鶫に困ったように笑いかけた。
「バタバタして悪かったな」
「あ……い、いいえ。こちらこそ申し訳ないです……」
「いや君が悪いわけじゃ――って」
「?」
影山の代わりに申し訳なさそうに謝罪する鶫に短髪の男子は大丈夫だからと笑いかけ声をかけようとしたが、ふと何か気づいたかのように表情を変えた。それに鶫がどうかしたのかと首を傾げると、短髪の彼は驚いたように目を丸くする。
「……君って舞雛鶫?」
「はい、そうです。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「いや、それは良いんだが……。入部届、出してなかったよな?」
「手違いで別の部活んトコ行ってたらしいよ。直接出すように言われたんだってさ」
手元に入部届がきていなかったことを不思議に思う短髪の男子に菅原がそう補足を入れるとなるほどと彼は頷いて、それにしてもバタバタして悪かったと苦笑いをした。
「自己紹介が遅れたな。俺は三年の澤村大地。現男子バレー部の主将だ。ポジションはウイングスパイカー、宜しくな」
「北川第一出身の舞雛鶫です。改めて宜しくお願い致します、主将」
「主将って呼ばなくて良いよ。宜しくな」
「それでは……澤村先輩、宜しくお願いします」
澤村に頭を下げた鶫は一先ず挨拶を済ませられたことにほっとしたが、閉め出されてしまった体育館の外にいる日向と影山がどうしているのか気がかりだった。
折を見て様子を見に行った方が良いかもしれないと考えたところで体育館のドアが開き、ストレートの黒髪が綺麗な女子生徒が姿を見せた。澤村たちと一緒にいた鶫に気が付くと彼女は驚いたように少しだけ目を丸くして、靴を履き替えて直ぐにこちらへ歩み寄ってきた。
「お疲れ」
「おう、お疲れー」
「この子は?」
「マネージャー希望の新入生。手違いで入部届がこっちに渡ってなかったらしい」
「舞雛鶫です。宜しくお願いします」
「三年の清水潔子。マネージャーは私だけよ。宜しくね」
「宜しくお願いします、清水先輩」
先輩にマネージャーがいて良かったと嬉しそうに微笑む鶫に清水も嬉しそうに目尻を下げ、澤村たちは今まで一人だったマネージャーがもう一人増えたことが感慨深いようで微笑ましそうに二人の様子を見つめていた。
「マネージャーは初めて?」
「中学で経験しています。ひと通りのことは大丈夫です」
「それなら大丈夫そうかな。じゃあ備品の場所とか色々教えるからついてきて」
「はい!」
清水の後に続いて体育館倉庫へ姿を消した鶫。日向と影山の声がいつの間にか聞こえなくなっていたので、外は静かになっていた。
「それにしても影山と日向に続いてあの子も烏野か……今年は凄いな」
「そういや公式戦の時も話してましたけど、そんなに有名なんスか?」
潔子さんとはまた違った感じで男の目は惹きそうっスけどと目を凝らす田中に、お前はそればっかりだなあと菅原は少しだけ困ったように笑う。
「結構噂は聞くけど、田中は知らなかったんだっけ、あの子のこと。男子バレーの間でも有名だよ」
「可愛いからっスか?」
「いやまあ、それもあるけど……一番の理由は選手時代があったってことだよ」
あの時にも話したけどなと菅原が微笑む隣でその話を聞いていた澤村も同意するようにひとつ頷き、今は見えない小柄な背中を追うように視線を体育館倉庫へと向ける。
「舞雛鶫。女子バレーでは一二を争うプレイヤーだ」
「ええ!?」
「だがそれも中学の途中までで、選手活動を辞めてからはマネージャー業に転身。今までの経験と自分の能力を生かして手腕を発揮してるって話だ」
あの子が仮に男子だったとしたら、影山と肩を並べるかそれ以上の選手だ。
「え」
「俺も実際に試合見たわけじゃないから聞いた話だけどな」
「ま、そのうち見る機会もあるだろ」
「ふーん……」