37




「――にしても青葉城西強かったな」

 坂ノ下商店に出向いていた滝ノ上の言葉に烏養は同意を示すと煙草の煙を吐き出し、スゲエ強かったと付け足して僅かに目を細める。

「今回俺たちは良い勝負出来たけど、次また戦った時、今回と同じくらい善戦出来るか分かんねえ。でも青城は同じだけの強さを安定して発揮してくるんだろう」
「……」
「向こうのタイムアウト中の様子見たか?」
「ああ……。殆ど選手だけでミーティング成立してた」

 監督やコーチは後ろで様子を窺いつつ、必要であれば助言をする形を取っていた。それには烏養を始め鶫も当然気付いていたが、現時点で指摘することではないと試合中は黙っていた。

「選手が常に考えて試合の中で臨機応変に対処していく。多分未知の相手でも出来るんだろう。すげえ安定と柔軟性のある強さだ」

 その青葉城西を凌ぐ白鳥沢。どんなところなんだと滝ノ上が口にするより早く烏養が椅子に凭れかかりながら、結果的な強さが白鳥沢が上でも“戦いづらい”のは青葉城西の方だと烏養は言う。

「こっちがどんな飛び道具持ち出しても、冷静に素早く攻略される」
「なのに向こうはなかなか崩れてくんねえ。ストレスが溜まるんだよな」
「……でも」

 ――そういう練り上げられた強さを前にしても、力尽くで点を奪っていく。それが白鳥沢なんじゃねーか。

 セットカウント2-0。

 ――今までの練習とか経験とか策略とか、全部力だけでへし折っていく。

「――まあ、勝利までの過程なんて関係ないよね。コートにボールを落とした方が負け」

 それが全て。

 IH宮城県予選、優勝――白鳥沢学園。


***



「……どうしよう」

 飛雄くんたちは自分の弱さを認めて前に進もうとしている。
 それなのに私は、自分と向き合うことができていない。

「こんな状態で皆と肩を並べて戦うなんて、できない」

 中庭で自覚した“嫌な感じ”が少しずつ酷くなっていることに下唇を噛んだ時、正面の進路指導室から菅原が出てきた。校内で出会うことは稀なので少し驚いて鶫が足を止めると菅原もまた鶫に気が付いて、軽く手を振って歩み寄ってきた。

「菅原先輩。お疲れ様です」
「お疲れ。学校の中で偶然会うなんて珍しいなー」
「はい。……あの、今」
「ああ、そのこと。廊下の真ん中じゃアレだし、ちょっと場所変えていい?」
「はい」

 何故進路指導室から出てきたのかと言いたげな鶫の心情を察した菅原はそう提案すると、その場所から少し逸れた場所にある人気のない階段脇で足を止めた。

「俺と大地って進学クラスだろ。IHも終わったから勉強に専念した方が良いんじゃないかって話されたんだ」
「そうなんですね……」
「こうも言われた」

 正直、部活を続けてメリットがあるとは思えない。

「!」
「俺は大地と違って、スタメンじゃないから余計に」
「……」
「でも俺はメリットがあるからバレーやってるわけじゃない。スポーツ推薦で大学行こうとは考えてないし……」

 今ここで、このメンバーで東京のデカい体育館でバレーがしたい。

 だから春高は残るよと真っ直ぐな目ではっきりそい言い切った菅原。鶫は今まで黙って話を聞いていたが何か言いたそうに目を少しだけ泳がせ、口籠る。

 人の気持ちを考えられる彼女のことだから意見していいのか迷っているんだろうなと菅原は少し笑って、何か言いたいなら言っていいよと話を促した。

「……あの、私が言っていいことではないと思うんですけど」
「うん」
「私は今も大切だと思うし、五年後十年後に後悔しないような道を選んでほしいとも思っています」

 あの頃の私もきっと、同じことを思うはずですから。

「舞雛?」
「でも、先生の言葉がバレーを引退する言いわけになってしまうのは嫌です」
「!」
「菅原先輩がしたいと思ったことを、諦めてほしくないです」
「舞雛……」

 思わぬ言葉に菅原が虚を突かれて目を丸くすると鶫ははっと表情を変え、申し訳なさそうに体を縮める。

「すみません、出過ぎたことを……!」
「そんなことない」
「菅原先輩」

 申し訳なさそうに体を縮める鶫に菅原は直ぐにそう言うと嬉しそうに微笑んで、目の前できょとんと目を丸くしている彼女を見下ろす目に穏やかな色を浮かべる。

「そう言ってもらえて、嬉しいよ」

 舞雛にそう言ってもらえたら、誰よりも背中を押してもらえた気がする。

「だから、ありがとう」
「そんな……とんでもないです」
「良いんだよ。俺がそう思ったんだから」

 歯を見せるいつも通りの菅原の笑顔に鶫も釣られて笑みを溢す。その笑みを正面で見た菅原は頬に熱が籠ったことを自覚したが、少しだけ照れたように笑い返した。

「はは、なんか元気でてきた」
「? 菅原先輩――」
「鶫!」

 鶫の言葉に被せるように彼女の名前を呼ぶ声が廊下に響き、二人が顔を向けた方向には制服姿で片手に弁当袋を持っている影山の姿があった。鶫は影山を見た瞬間少しだけ息を詰めたが、隣にいた菅原は気づかなかった。

「スガさん、お疲れ様っす」
「おう、お疲れー。舞雛探してたのか?」
「あ、はい。昼まだだったんで……」
「えっ、そうだったのか。舞雛も?」
「はい」
「ちゃんと食べないと駄目だって。じゃあまた部活で」
「っス」
「はい、また後で」

 影山に連れられて教室の方へ歩き出した鶫の小柄な背中を見送った菅原は少し息を吐きながら笑みを溢し、彼らとは反対方向へつま先を向けた。



「舞雛」
「何、月島くん?」

 ホームルームを終えて賑やかになった教室。隣の席で鶫の様子をさり気なく見ていた月島が声をかければ、彼女は何時もより少しだけ白い顔で彼の方へ顔を向けた。

「調子悪いなら部活休んだら」
「別に体調は悪くないけど……」
「……」

 何時も通りに微笑んだ鶫だが驚いて一瞬だけ目を丸くしたのを月島が見逃すはずもなく、少しだけ不機嫌そうに眉を寄せて息を吐く。

「顔色が悪いって言ってるんだけど」
「私は別になんともないけど……」
「あのさ――」
「ツッキー、部活行こう!」
「山口……」

 あくまでも何もないと言い続ける鶫にしびれを切らした月島が何かを言いかけたが山口が何時もの調子で声をかけてきて、彼のタイミングの悪さに月島は更に渋い顔をする。山口はそんな月島の顔に首を傾げたが、彼が今まさに話していた相手である鶫へ顔を向けるときょとんと目を丸くする。

「あれ舞雛、何時もより顔色悪くない?」
「!」
「ほら、山口にだって分かるくらいなんだから大人しく帰ったら」
「本当に大丈夫。ほら、今日は日差しが強いから少し疲れちゃったのかも」
「舞雛、あのさ――」
「飛雄くんが迎えにきたから行くね」

 適当に理由をつけた鶫はちょうど良く迎えにきた影山を見て席から立ち上がると、その場から逃げるように教室を出ていく。何時もと様子が違う彼女に山口が首を傾げるなかで月島は机に頬杖をついてため息を吐き、あり得ないんだけどと言葉を溢す。

「……馬鹿じゃないの」
「ツッキー?」
「体調が悪いなんて一目瞭然なのに、気付かないなんて」

 本当に馬鹿だな。

 誰に向けられた言葉なのか察した山口は困ったように眉を下げ、目の前でようやく鞄を持って席から立ち上がった月島を静かに見ることしかできなかった。



「……三年生来ねえな」

 田中が溢した言葉は静かな体育館に響き、日向もソワソワと落ち着きがなく影山もどことなく上の空。鶫もそんな雰囲気にボトルを整理していた手を止めた時、外から慌ただしい足音が複数聞こえてきたかと思うと体育館のドアが勢いよく開いた。

「やばいやばい、早く!」
「!」

 姿を見せたのはジャージに身を包んだ三年生たちで、彼らを見た日向が目を輝かせると菅原は笑みを浮かべた。

「――行くぞ、春高」
「!」

 直後に部員たちの嬉しそうな声が響き渡り、鶫もほっと表情を緩める。それから間もなく烏養が姿を見せて、まずはミーティングだと部員たちを集めた。

「俺たちは優劣を決める試合で負けた。青城は強かった、俺たちはそれに劣った。それは現時点での結果で事実だ」
「……」
「――で、今日のIH予選決勝」

 優勝は白鳥沢。

「!」
「県内でさえあの青城より上がいる。強くなるしか無え。次の目標はもう分かってると思うが――春高だ」

 高校バレーの大会ではIHと並んで大きな大会、春高。

「春高が一月開催になって三年も出られるようになってからは、出場する三年にとっては文字通り最後の戦いだな」

 俺たちの頃は三月開催だったから三年は出られなかったと羨ましそうに烏養は話し、澤村に目を向ける。

「じゃあ取り敢えず、ここは主将に一発気合い入れてもらおうか」

 話の主導権を譲渡された澤村はひとつ頷くと部員たちの方へ顔を向け、彼らひとりひとりの顔を見つめてから真っ直ぐに前を見据える。

「……昔、烏野が一度だけ行った舞台だ」

 もう一度、あそこへ行く。

「東京、オレンジコートだ」
「うおっしゃあああ!」

「……」

 春高、オレンジコート。
 小さな巨人が行った舞台。三年生最後の試合。

 ……今のままじゃダメだ。上にはもっと上がいるんだ。

「……」

 日向がそう気合いを入れ直し部員たちが盛り上がるなか、練習試合が足りないことを烏養は危惧していた。スケジュールを把握している鶫もそれは感じていたようで烏養が僅かに焦りを浮かべていることに気が付き、どうすれば良いかと思案する。

 そんな時、体育館のドアが勢いよく開いて武田が飛び込んできて、それに部員たちが驚くと同時に武田は床に倒れこむ。全員その場から腰を上げて彼に駈け寄れば、彼は顔を打ったのか少しだけ鼻血を滲ませながら顔を勢いよく上げる。

「い、行きますよね!?」
「何処に!?」
「鼻血出てます!」
「東京!」

 そう叫んだ武田の右手には――遠征、合同、東京と書きなぐられたメモが握られていた。

 

PREV   TOP   ×××