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 梟谷学園グループとの合同練習試合の話があった翌日の昼休み。

「……」

 武田は自分のデスクで二年生の成績表に書かれている田中と西谷の名前の先にある成績を見て愕然としていた。

「……」

 ――これは現実だ、まず受け止めろ。
 大丈夫、ガッツあるあの子たちならできる。やればできる。

「やればできるやればできるやればできる……」
「武田先生!?」

 半分魂が抜けた状態で自分に言い聞かせるように同じ言葉を武田が繰り返していた同時刻、鶫は同学年の別の教室を外から覗き込んでいた。

「……部活をしていない人、か」

 クラスでは月島と山口の二人と一緒にいることが多く、他のクラスに足を伸ばしたとしても日向か影山のいるクラスだけだった鶫は他の教室を覗くことはほとんどなかった。

「……おい、あれ舞雛さんじゃね?」
「他のクラスに来るのって珍しいよな」
「なあなあ、声かけてみようぜ」

 人目を惹く整った顔立ちでスタイルも良く、誰にでも穏やかに接する鶫。入学当初から彼女のことは話題になっていたが、今では本人が知らぬ間に一年生だけでなく烏野の中でもそれなりに有名人になっていた。

 普段他の教室に出入りすることが少ないということも相まって人目を集め、鶫はその視線が気になってなかなか行動に移せない。

「……どうしよう」
「鶫?」
「!」

 そんな鶫に声をかけたのは偶然通りかかった影山で、周囲の浮足立った男子生徒をそれとなく視線で牽制してから彼女を見下ろした。

「こんなトコで何してんだ?」
「勧誘の下調べ」
「は?」
「あのね――」

 首を傾げている影山に鶫が何をしたかったのか話をしている様子を周囲の男子学生は悔しげに見つめていたが、当事者の二人が気に留めることはなかった。



「えー、オホン。取り敢えず当面のスケジュールを伝えます」

 部活後のミーティングでそう話す武田は些か元気がなさそうだったが、確定したら表にして配りますねと言って話を続ける。

「まずは再来週、県内の日山高校と練習試合が決まっています」
「おおーっ!」
「で、例の東京遠征ですが――」

 東京のIH予選は三日連続で行われる宮城とは違い今週末から三週間に渡って行われるので、合同練習試合は必然的にその後になる。

 それに加えて遠征の場合は保護者の承諾も必要になるのでそれについては書類を配り、学校の承諾についても“基本的には”問題がないと告げられた。

「……あれ?」

 話を聞きながらメモを取っていた鶫は手元のスケジュール帳であることに気が付いてメモを取る手を止め、同時に先程武田が含みを持たせて言った言葉の意味を理解して思わず苦笑いを浮かべる。

「ただ――」
「?」
「この県内に僕らと同等、またはそれ以上のチームはまだまだあるわけで。そこを敢えて県外まで行こうとしてるわけだね。チャンスだからね」
「……?」

 この時点で武田の言いたいことを理解していたのは鶫だけで、他の部員たちは何が言いたいのかと不思議そうな顔をしている。鶫はさり気なく日向と影山、そして田中と西谷を見たが、彼らは他の部員同様に不思議そうな顔をしているだけだった。

「――で、来月になったら」
「!」

 期末テストあるの、わかるよね?

「……」
「わかるよね?」

 誰に向けられた言葉なのか名指ししなくとも本人たちは自覚したようで、武田の念押しが聞こえないと言うように視線を右に逸らす。

 そんな四人に口元を引きつらせた烏養の隣で武田は更に東京の面々もテスト期間が同じということと合同練習試合はそのあとになることを告げ、静かに息を吸い込む。

「――で、予想ついてるかもしれないけど」
「!」
「赤点で補習になる教科がある場合――」

 補習は週末。場合によっては夏休みに食い込む。

「そうなると遠征は物理的に無理だからね?」
「!!」
「田中西谷ドコ行く!? どこにも逃げられないぞ!」

 思わずその場から田中と西谷は逃亡したが澤村の声で縁下に捕獲され、日向は震えながら赤点は何点からなのかと白目を剥く。その日向の隣では影山が息をしておらず山口を驚かせたが、残念なことに現実は変わってくれない。

「俺たちも部活と両立するって言ったからには、それなりの成績出さないとな」
「赤点は無いデショ」
「無いね」
「俺はちょっと頑張らないと心配かな?」
「俺もだなー」

 澤村と菅原は落ち着いた様子で、普段から勉強に余念がない月島と縁下も動揺していない。少々心配があるらしい山口と東峰はちょっと頑張らないと心配かなと言ってはいるが、特に問題はなさそうだった。

「きょっ、教頭先生に一生懸命頼めばきっと……!」
「まずは一生懸命赤点を避けなよ」
「教頭先生の承諾を貰えても、補習になった場合そっちが優先だよ……!」
「!!」

 直ぐそこに見えていた東京タワーや雷門、そして合同練習試合。期末テストという大きな壁でそれらが遠く感じた日向はショックを受けて近くにいた烏養に飛びついたものの、彼は視線を逸らしながら学生である以上避けて通れない道だと言葉を濁す。

「根性だ! 気持ちが大事だぞ!」
「精神論!」
「日向、そこまで思い詰めなくても大丈夫だよ」
「! おれ高校入ってから六十点満点の小テスト二桁以上の点数ほとんど取ったことないんですけど、大丈夫ですか!?」
「えっ」
「えっ」

 フォローに入った菅原だが日向の発言に目を丸くし、その傍では田中と西谷が悟りを啓いた菩薩のような顔で両手を合わせている。

 阿鼻叫喚だと月島が笑い武田がやればできると自分に言い聞かせ始め、そんな状況に苦笑いをしていた鶫が視界に入った日向は彼女に駆け寄った。

「鶫ちゃんは!?」
「えっ?」
「鶫ちゃんはどうなの!? テスト!」
「ええと……」

 どう答えたら良いのかと鶫が言葉を濁したので彼女もまた勉強が苦手かもしれないと同志を見つけた希望を抱いた日向だったが、その会話が聞こえた月島は笑うのを止め彼を打ち砕く言葉を口にした。

「舞雛、学年首席だよ」
「へっ」

 月島のひと言で今まで騒がしかった体育館が一瞬静寂に包まれたが、苦笑いをしながらもそれを否定しない鶫と静かに首肯した武田を交互に見た部員たちは驚きの声を上げる。

 一方で納得した様子の面々はなるほどと頷き、澤村は白鳥沢を一般で受けて合格するくらいだから烏野の勉強は余裕かと笑っていた。

「いえ、そんなこと……」
「もうちょっと自信持ったら?」
「この前の小テスト満点だったよね!」

 同じ進学クラスの月島と山口に褒められている鶫の学力。鶫のことで少しだけ話題が逸れていたものの、改めて向き合わなければならない現実に四人が唸り始めると澤村が狼狽えるなと声を張り上げた。

「テストまでまだ時間はあるんだ……」
「さ、澤村先輩?」
「このバカ四人抜きで烏野のMAXが発揮できるか!? いやできない!」
「うれしいような悲しいような」
「やってやる……全員で東京行ってやる……!」
「目ぇ据わってる!」
「こわい!」

  

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