39




「いいかお前ら。まずお前らがこれから絶対に守ることは」

 授業中に寝ないこと。

「!!」
「そっからなのか……」

 ミーティング後の部室で澤村から告げられたのは至極当たり前のこと。しかしバカ四人こと日向と影山、田中と西谷には心当たりがあるようで、揃ってギクリと肩を揺らす。

「根性だけでいきなり徹夜とかして日中の授業もグズグズ……なんてことは以ての外だ」
「……ハイ」
「お先でーす」

 力ない四人の返答のあとに月島の小馬鹿にした挨拶と共に彼と山口は早々に部室を出ていくが、菅原はまあまあと言うように微笑みを浮かべてジャージのファスナーに手をかける。

「でもまだ時間はあるし、効率良くやるべ。大丈夫、そもそも高校入試はパスできたわけだし」
「スガさんっ……!」
「まあこれで授業中寝てたらマジ覚悟しとけよ」
「……」

 菅原の優しさと厳しさ半々の笑みには威圧感があり、田中は一瞬で黙り込む。烏野では比較的穏やかな菅原だが今回ばかりは甘くみてはくれないようだ。

「――で、分かんないことは分かんないままにすんな。俺たちで多分教えられるから」
「大地さん……!」

「な、なあ影山」
「?」
「鶫ちゃんに勉強教われねーかな? 学年首席なんだし……」
「……駄目だ」
「何で!」

 日向が隣の影山に小声でそう提案したが、彼は少し迷ってから首を横に振る。予想外の返事に不満そうに日向が声を上げたが、影山は最近の鶫の様子を思い浮かべるように目を細めた。

「最近、調子良くねえみたいだ」
「え?」
「アイツは大丈夫なんて言ってるけどな」

 そんな時に俺らのことで面倒かけらんねえだろと影山が続けるとそれもそうかと日向は眉を寄せ、他に何か良い案はないかと頭を捻らせた時、ふっと思い浮かんだ妙案にハッと表情を変える。

「……なあ、影山」
「なんだよ」
「あのさ――」
「ハア!? 嫌だ!」

 日向が小声で思い浮かんだ妙案を伝えると影山は即座にそれを却下する。しかし日向はこれ以上案はないとばかりにワガママ言うなと声を張り上げ、隣で渋い顔をしている影山を見据える。

「赤点取ったら遠征行けないんだぞ! 音駒だぞ! 東京の強豪がゴロゴロなんだぞ!?」
「ぐっ……」
「行けなくてもいいのか!」
「……チッ」

 日向の説得は一理あるので影山は舌打ちをひとつすると鞄を手にして立ち上がり、それを了承と見た日向も続いて立ち上がり鞄を掴んで部室を出ようとする彼の後を追う。

「影山!」
「……何だよ」
「鶫ちゃんって下で待ってるんだよな?」
「だから何だ――あ」
「……どうする」
「……」

 今からすることに鶫を同行させるのは些か気が引けた日向が影山にそう声をかけたが、彼は少しだけ迷ってから短く息を吐く。

「……いや、一緒に連れて行く」
「えっ!?」
「一人で帰らせるわけにはいかねえし、体調も心配だからな」
「影山がいいなら、おれもいいけど……」
「行くぞ」
「お、おう」

 部室棟の下でいつも通り待っていた鶫と合流した日向と影山は、月島に今すぐ伝えたいことがあるとだけ彼女に話して、少しだけ足早に帰り道を急いだ。

 出てきた時間にそれほど差がなかったので坂ノ下商店前で彼らの背中に追いつくことができ、真っ先に日向が月島と山口の名前を大声で叫んで彼らを呼び止める。何の話をするか知らない鶫はそのまま日向と影山の後についていき、月島と山口の傍まで来ると日向は大きく息を吸い込んだ。

「勉強教えてくれ! ……さい」
「えっ、嫌だけど」
「ぐぬ……」
「……勉強?」

 日向の口から飛び出した意外な頼み事に鶫は驚いて目を丸くし、日向と影山を見上げる。至って冷静に月島に断られた日向は悔しげに表情を歪めているものの退く様子はなく、影山もまた渋い顔をしながらも日向の頼み事に口出しはしなかった。

「一日数十分とか! それか勉強法をちょこっととかでも!」
「部活前後にちょっとくらいなら良いんじゃない……?」
「……」

 引き下がらない日向と間に入り取りなそうとする山口。そんな彼らを視線で逡巡した月島は日向の後ろ、鶫の隣で黙ったままの影山へ視線を移す。

「ちょっと“小さい方”に頼ませるって卑怯じゃないの、そっちの“でっかい方”」
「!!」
「影山頼めよ!」
「……」

 脇腹を小突かれながら日向に促された影山は嫌そうに表情を歪めたものの、小さな声で勉強を教えてくださいと口にした。しかし月島がそれで素直に頷くはずもなく、片手を耳に当てながら意地悪く聞き返した。

 すると吹っ切れたのか自棄になったのか影山は大きく口を開くと勢いよく頭を下げ、隣にいた鶫を驚かせる。

「勉強をオオオ! 教えてくださいゴラアアア!」
「わあ!?」
「と、飛雄くん――」
「うるせえぞお前ら! 近所迷惑だ!」
「!」

 影山の大声で坂ノ下商店から烏養が顔を出して怒鳴りつけてきて、慌てて鶫がすみませんと頭を下げる。しかし烏養は彼女が原因でないことを察していたのかお前は悪くねえだろと眉を寄せ、日向たちに向かって女子に謝らせてんじゃねえぞと言いながら店の中へ戻っていった。

 

×××    TOP   NEXT