03



 火曜日の午前四時四十五分。

 体育館に到着した鶫は昨日の施錠のまま鍵がかかっているドアの前で大人しく座っていた。入口前の階段に腰を下ろして鞄と紙袋を脇に置くとジャージの袖を伸ばし、手を冷たい風から守りながら息を吹きかけて温める。

「……烏野は爆発的に進化する」

 澤村が口にした言葉を思い返しながら口にした鶫は自分の足元に視線を落として目を細める。その表情は何処か自嘲的で悲しげに揺れていた。

「私もその起爆剤の助けになれたら良いな」

 鳥のように長く飛べない体。それでも諦められなかった夢。それを託した彼は、まだ未完成で不完全。それでも唯一の夢を託した人。夢を一緒に追いかけると笑い合った大切な友達。

「彼が変われるきっかけ……」
「――鶫?」

 小さく呟いたその言葉に重なるようにかけられた声。それに気付いた鶫が顔を上げるとこちらに駆け寄ってくる影山と日向の姿があり、それを見た鶫は腰を上げた。

「何で此処に居るんだよ。体冷やしたらどうすんだ」
「飛雄くん達が朝練をするって聞いたからそれで来たの。お手伝いがしたくて」
「ったく……だったらちゃんと俺に連絡しろ。ちゃんと防寒対策してから来い」

 影山は袖に隠れた鶫の小さな手を取って自分の両手に包み込むと彼女の冷たい手に眉を顰めてため息をつき、そしてそのまま彼女の手を摩る。しばらくしてその手が僅かに温まると満足そうに影山は目を細めた。しかしそれを見ていた日向が口を忙しなく開閉させていて、それに気付いた鶫はそちらに顔を向ける。

「っな……!」
「んだよ。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「鶫ちゃんと……つ、付き合ってんのか!?」
「はっ?」

 その日向の言葉にはさすがの影山も驚いた表情を見せ、鶫も目を見開いた。確かに他人から見れば影山の鶫に対する態度や言動は他の男子は勿論女子とも大違い。そう勘違いされるのも仕方ないことだが、影山は若干顔を赤らめると声を張り上げた。

「違げえよ!」
「だだだだって、そ、そんな風に手繋いでるし……!」
「馬鹿かお前。鶫は体冷やしやすいんだよ」
「……あ、あり得ない。あの影山が……」
「飛雄くんは昔から心配性なの」
「お前が危なっかしいからだろ」
「そんなことない!」
「そんなことあるんだよ」

「やっぱキッツイなー、五時は」

 何時もならば余計なひと言がつくはずなのに、鶫相手だとそれもない。それに日向が戸惑いを通り越して恐怖を覚え始めた時、後方から聞こえた声に三人はそちらへと顔を向けた。

「まだ暗えよ」
「田中さん!?」
「七時前には切り上げろよ?」

 その田中の言葉と共に彼が見せたのは、第二体育館の鍵。それに三人が目を輝かせると田中は得意げに笑って見せてドアを開けた。

 その際に田中は意味ありげな視線を影山と日向に向けていたがその二人はどちらが先に体育館に入るか揉めていて、それを見かねた鶫が間に入って止めると直ぐに二人は大人しくなった。

「うおーっ! 体育館!」
「昨日も来たろうが。しっかし寒いなあ……ちゃんとアップ取れよー」

 寒そうに体を震わせながらそう言った田中の脇で鶫は朝練に必要な準備を整えるとそのまま床でシューズを履いて左足の膝と足首にサポーターを巻き、軽めのアップを手早く済ませた。影山もまた彼女の傍でアップを取り、まだアップが終わらない日向と田中を見ると、傍にいた鶫へ目を向けた。

「――鶫、サーブ練付き合ってくれ」
「へっ?」
「あ?」

 まさかの発言に思わずアップを中断して素っ頓狂な声を漏らした日向と田中。影山の要求に頷いた鶫は影山と距離を取った場所に立つと緩く腰を落とした。手慣れた構えは素人のそれでないことに気が付いた日向と田中は目を見開き、影山はボールの感触を確かめてからそれを宙に放った。

 真っ直ぐに落ちてきたボールの中央を的確に捉えた影山のジャンプサーブは昨日と変わらず十分な速度と威力を持ち、日向が取れるわけがないと慌てたが、鶫は静かにボールの正面へと回り込んだ。

「えっ!?」
「……」

 鶫はジャンプサーブに怯むことなく腕を構えてサーブを受け、衝撃と回転を緩和されたボールは宙を飛んでセッター位置へと綺麗に返り床へと静かに落下した。

 滑らかで無駄のない動きと正確で綺麗な返球、それを目の当たりにした日向は目を輝かせ田中は舌を巻く。

「凄い……!」
「大地さんが言ってたことは本当だったんだな……」
「なんですか、それ?」
「舞雛、優秀な選手だったんだってよ」
「えっ、そうなんですか?」
「あのしなやかな動きとボールコントロール見れば十分だろ。ほんと影山並みだな」
「へえ……」
「ほら、見てねえでさっさとアップ済ませるぞ!」
「っス!」

 

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