41



「これからもう一回打ち合わせ行って来るから、帰り遅くなるわ」
「うん」

 谷地が何かを書き始めた夜、母親の出勤を見送る為に玄関まで出てきた谷地は、思い切って男子バレー部のマネージャーに誘われたことを話した。それを聞いた母親は彼女の方に振り返り、烏野のバレー部が前は全国に行っていた強豪よねという話をすると、谷地は嬉しそうに頷いて最近また強くなってきたと楽しそうに話す。

「アンタ、バレーなんて分かるの?」
「!」

 谷地が言い淀んだ時、母親の部下の男性がタクシーが来たと顔を見せた。母親が靴の踵を入れ直して玄関先に向かうと、谷地はその背中にこれから勉強したりとかとようやく返事をしたが、母親は前を向いたままゆっくりと口を開く。

「何でもいいけど、本気でやってる人の中に入って中途半端やるのは一番失礼なことだからね」
「……!」
「……」
「じゃあ明日の朝ご飯宜しく!」
「あっ、うん!」

 そうして閉まったドアを谷地は見つめ、その外では部下の男性が微妙な表情で谷地の母親を見つめていた。

「先輩、何でああいう言い方するんスか。冷ったいわー」
「そっ!? そんなつもりは……!」
「仁花ちゃんが何かと消極的なのは先輩のせいだろうなー」
「わ、私は強くなってほしいと思って! ……でも私の言葉ひとつで辞めちゃうなら」

 この先、何か些細なことで挫けるのは目に見えてるわ。



 翌日の部活前。男子が居なくなった後の部室で、入部届を前に悩んでいる様子の谷地に声をかけたのは清水だった。まだ迷ってるとの問いかけに谷地がギクリと体を震わせると鶫はそちらに顔を向け、清水はちなみにだけどと話を切り出す。

「私、元々スポーツはやってたけど、バレーもマネージャーも未経験だったよ」
「!」
「何だって始める前から好きってことないじゃない?」

 何かを始めるのに揺るぎない意思とか崇高な動機なんて無くて良い。
 成り行きで始めたものが少しずつ大事なものになっていったりする。

「スタートに必要なのはチョコっとの好奇心くらいだよ」
「……!」

 清水の言葉とそれを聞いていた谷地の様子を見て鶫はふっと表情を緩ませると、髪を括っていた手をまた動かし始めた。

 清水の後押しを貰った谷地はそのことを日向に話すと、じゃあお母さんに言われたから迷っているのかと痛い所を突かれた。それに谷地が息を詰まらせ、日向は今まで影山の後頭部にサーブぶつけたり田中の股間にゲロ吐いたり教頭のヅラを吹っ飛ばしたが今も無事にバレーをしていることを話して聞かせたが、谷地は逆に本当に無事だったのかと疑問を抱かずにはいられなかった。

「でも谷地さんはやりたいんでしょ?」

 「村人Bには村人Bのカッコ良さがあんだよ!」

「……うん」
「じゃあやれば良いじゃん!」
「……そっスよね」



「おいおいおい。“ウシワカ”が世界ユースに入ってら……」
「……」

 部活帰りの校内で菅原がスマホを見ながらそう溢すと、世界ユースのことが分からなかった山口がそう問いかければ月島が十九歳以下の日本代表だと答え、それに日向と影山は驚いて目を丸くした。鶫はウシワカの名前が出た時にやや視線を落としていたが、誰もそれに気づかなかった。

「ジャパン!」
「コイツが東北で唯一の代表か……俺達は春高でこいつを倒さないといけない訳だ」
「ヤベエな気合い入るな!」
「!? うえっ! あっ、うん……」

 問いかけにやや曖昧に答えた谷地に日向は首を傾げ、もしかしてお母さんに言われたことを気にしているのかと問いかければ谷地は言い辛そうに頭を掻く。それを見た日向は足を止めると谷地を真っ直ぐに見つめた。

「じゃあさ、言えば?」
「えっ?」

 その瞬間、日向は谷地の手を取ると部員たちの間をすり抜けて走り始め、それについて行かざるを得ない谷地と共に校門を出て行った。それを見送った面々は呆然としていたが、鶫はきょとんと目を丸くさせていたのは少しの間だけで直ぐにふっと表情を緩めた。

「何なんだ、アイツ……」
「ふふ」
「鶫?」
「ううん、何でもない」

 鶫の様子に影山が不思議そうに首を傾げている頃、日向は方向を谷地に確認しながら歩道を駆け抜けていた。谷地はその速さにやや引っ張られるような形でついていき、反対側の歩道に母親と部下の男性が歩いているのを見つけると日向に声をかけて止めてもらった。そして荒げた息を整えると大きく息を吸い込む。

「おかあさあああああん!」
「!?」

 バレー部に入るかどうか関係なく、このままでは今までのヘタレな自分と変わらないのだ。
 自分の口で、言え。

「村人Bも戦えます!」
「へっ!?」
「村人B?」
「私、バレー部のマネージャーやるからああああああ!」

 渾身の大声でそう伝えた谷地に母親は呆然としながらも頑張ってと声をかけ、それに谷地は大きくひとつ頷くと晩御飯の有無を確認して親指を立ててよくやったというように笑った日向と共にその場を立ち去る。その様子を見ていた部下の男性はほらねと笑うと泣いている谷地の母親に驚き、要求された通りポケットティッシュを手渡した。

「よっしゃ、マネージャー三人! 強豪みてえ!」
「あの!」
「ん?」
「日向に……と、あと影山くんにお願いがあるんだけど」
「?」

 その谷地の言葉は後日職員室で武田に烏野男子バレー部の遠征資金が足りないと言っていたことを聞いてしまったという話に繋がり、谷地は其処でひとつの提案をした。そしてテストまで二週間を切り日山高校との練習試合も終えたある日の夜、パソコンを前に作業をしていた谷地に声をかけたのは仕事帰りの母親だった。

「あんたそんなの全然ダメじゃん」
「お母さん!」
「……」

 何を見せたいの?
 どういう人に見てほしいの?

「どうすれば通りすがりの人が立ち止まって見ると思うの?」
「!」

 また数日後の部活後、何時ものように自転車を漕いでいた日向は自分が小さな巨人と出会った電気屋の前である物の存在に気付き自転車のブレーキをかける。

「……」

 顔を上げた先、其処には

「――!」

 ――小さな巨人再来。烏、再び全国の空へ。

 合成された全国の体育館の背景とオレンジコート、そして其処でスパイクを打つ日向自身がポスターにその文字と共に掲載されていた。

「……」

 「日向に……と、あと影山くんにお願いがあるんだけど。バレー部のポスターを作りたいんだけど、スパイク? 打ってるとこ写真に撮らせて貰えないかなーって」
「おれポスターに載るの!? かっけえ! やったー!」


「……すっげえ」

 そのポスターの反響は直ぐに出て、武田の元に寄付金をどうすれば良いのかという問い合わせの電話が何度か鳴り続けた。そしてその同時刻、第二体育館では部員達が黒のジャージの上着を身に付けていて澤村と谷地の前に集合すると、鶫は新しいそれを持って脇に控えていた。

「えー、今日から谷地さんがマネージャーとして正式入部ということで――」
「はい、仁花ちゃん」
「?」

 鶫は谷地にとある物を手渡せば谷地が不思議そうな顔でそれを広げると、ふわりと宙に舞ったのは彼らが袖を通している物と同じ烏野男子バレー部のジャージだった。

「うおおおお……!」
「せーの!」
「ようこそ、烏野高校排球部へ!」
「っ……!」
「よっ、宜しくお願いシャス!」
「シアース!」

 こうして烏野高校男子バレー部にもう一人、新しい部員が入部した。それに部員たちは嬉しそうに笑っていて、鶫と清水も嬉しそうに顔を見合わせる。その喜びもそこそこに澤村は全員を見渡すと東京遠征までもう少しだと声をかけ、少しだけ声のトーンを落とす。

「あとは――テストを残すのみ」
「!!」
「まあ今のところ順調のようだからこの調子でな! 今日の練習始めるぞ!」
「オス!」

 ようやく賑やかになってきたと鶫が表情を緩ませて部室の掃除へ行こうと足を踏み出した時、あの目眩が視界を歪ませた。足を踏み込むようにしてギリギリその場で踏み止まったものの、頭がぼんやりとして上手く声や音が聞き取れない。

「……う」

 ……不味い。このままだと視界も揺れて、声も上手く聞けない。
 何時もなら直ぐに治まるのに……。

「……」

 鶫は冷や汗をかきながらゆっくりと第二体育館を出ていき、それに偶然気が付いた菅原はポールを立てる作業を月島に任せるとその後を追う。急に作業を任された月島は不思議そうに眉を寄せていたが、菅原が慌てて第二体育館を出て行く様子と周囲に鶫の姿が見えないに気付いて近くに居た山口へ顔を向けた。

「……山口」
「何、ツッキー?」

  

×××    TOP   NEXT