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――揺れる視界、上手く聞こえない音……多分普通の人より見聞きできてない。
もう帰宅部の生徒は居ない時間帯だけど、一階は人の出入りがあるかもしれないし奥には職員室もある。第二体育館から近い階段の先……人気が少ない二階の端で少しだけ休んでいこう。それから部室の掃除をしても遅くない。
「……こんなに酷い眩暈、何時以来かな」
中学ではそんなに酷くなかったのにと鶫は悔しげに下唇を噛んで、フラフラとした足元で階段を上がる。その小さな背中を僅かに遅れて追いかけた菅原は、階段を上がる廊下を曲がろうとした鶫に追いつこうと階段を急いで駆け上がる。
「舞雛」
「……」
「舞雛!」
一度目の声が聞こえていない鶫にいよいよ心配になった菅原は二度目に声をかけると同時に手を伸ばし――鶫の背中に触れた。
「――っ」
背中に触れた人の手にビクリと体を大きく震わせて驚いた鶫が勢い良く振り返った先には予想以上に顔色が悪い鶫に焦っている菅原の姿があったが、彼女の目には菅原の姿を超えた先にある階段が視界に入っていた。
冷たい質感の階段、一番高い場所にある踊り場、斜めに切られた段差。
「あ……」
「舞雛?」
揺れる視界、ぼんやりした思考。上手く聞き取れない音、早鐘を打つ鼓動。
人気のないところに逃げようとした私の背中が突然押されて、反射的に寒気を覚えた。
息を詰まらせながら振り返ると、其処には菅原先輩――と冷たい階段があった。
「――あ、あ」
一瞬の衝撃、宙に浮かんだ脚。
驚く間もなく打ち付けられた、私の体。
「……」
「舞雛?」
――怖い、怖い怖い怖い。痛い。
誰かの悲鳴が聞こえた、私の名前を呼ぶ聞き慣れた声がした。
私は、打ち付けた衝撃で頭がぼんやりとして――電源を切るようにプツリと意識が途切れた。
どうして私は
「……私、は」
一番近い声に、耳を傾けることができなかったんだろう。
「あ、ああ……」
「……舞雛?」
「ごめんなさ、い、ごめんなさい……」
「舞雛!?」
力が抜けるようにその場に座り込み、パタパタと涙を溢れさせながら譫言のように謝罪の言葉を口にし始めた鶫。あまりにも様子がおかしい彼女に菅原が慌てて声をかけたが、鶫はその声が聞こえていないようで徐々に顔を俯かせて息を詰まらせる。
「っう……」
「舞雛、舞雛!」
「ごめんなさ……ごめんなさい……」
真っ白と越えて真っ青になった鶫の顔は痛々しいほど表情が強張っていて、息を詰まらせるように泣きながらカタカタと体を震わせる。
何時も先を見通しているその眼には、何も映っていなかった。