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自主練習の時間が終わりに近づくごとに部員たちは未だ戻らない鶫と影山への心配を募らせたが、既に外は暗く保健室へ赴くには少々大人数。時間も時間なので一度様子を見に行くべきかと武田が悩み始めた時、第二体育館のドアがガラガラと控えめな音を立てて開いた。
その向こう側から姿を見せたのは影山と鶫で、二人に気が付いた部員たちは慌てて駆け寄り、日向と谷地はやや涙目で目が覚めて良かったと喜んでいる。澤村もほっとした様子で表情を緩ませ、部活を中断させてしまったことに気まずそうな鶫に優しく微笑みかけた。
「舞雛、もう具合は良いのか?」
「はい、大丈夫です。申し訳ありませんでした」
「大丈夫、部活もちゃんと何時も通りにやってたから」
「! そうですか、良かった……」
やはり気がかりは自分のせいで部活が中断してしまうこと。どこまでもバレーが好きな鶫に澤村は困ったように笑ったが、それでも彼女が無事で良かったとひと安心した。部員たちがそれぞれほっとした様子でいる中で、唯一申し訳なさそうにしていたのは菅原で、彼は鶫に歩み寄ると背筋を正して真っ直ぐに彼女を見つめた。
「舞雛、知らなかったとはいえ俺――」
「気にしないでください」
「え」
「菅原先輩は何も悪くありません」
「……」
誰も悪くないと微笑む鶫に菅原は目を丸くし、同時に目の前で穏やかな表情をしている彼女が一歩も譲るつもりがないことを悟ると負けたと言うように眉を下げて表情を緩めた。
「……うん、分かった」
「はい。月島くんも迷惑かけてごめんね」
「別に。気にしてない」
「ありがとう」
鶫は至って落ち着いた様子でそう言うと、彼らの後ろでこちらの様子を窺っている烏養と武田を含めて皆の顔を逡巡し、ご迷惑をおかけしましたと深く頭を下げた。鶫の謝罪に部員たちは目を丸くしたが直ぐに気にしていないからと頭を上げるよう口々に言い、温かい声をかけてくれた彼らに鶫はほっとした表情を浮かべる。
そして、一度唇を引き結んだ彼女はゆっくりと口を開いた。
「――ひとつ、話を聞いていただけませんか」
私が選手を辞めた経緯を。
「!」
「……」
今まで誰もが触れなかった話。それをまさか鶫本人から切り出されるとは思っていなかった部員たちは驚いて顔を見合わせている。
そんな驚きと戸惑い、少しの好奇心で満たされている空気の中で鶫の手は少しだけ震えていたがそれに気が付いているのは影山だけだった。しかし保健室で聞いた彼女の意思を尊重し、話に割り込んだり止めたりする様子は一切ない。
「……その話、本当に俺たちが聞いても良いんだな?」
「はい」
最後の確認というような澤村の問いかけに、鶫は迷うことなくひとつ頷いた。
本当は少しだけ怖い。
でもそれでも、聞いてもらいたいと思った。
「鶫」
「飛雄くん」
「大丈夫か」
話すと決めた翌日、何時もの練習を終えた第二体育館。
何時ものように練習は行われたが、その日は何時もの自主練習が予定変更で中止になっている。
「正直に言えば少しだけ怖いよ」
嫌煙されるかもしれない、侮蔑されるかもしれない。
このチームにいられなくなるかもしれない。
「でも聞いてもらわないといけないこと、だから」
「……俺は」
「うん?」
「お前が決めたことなら口出ししねえ。背中を押してやる」
「! ……ありがとう、飛雄くん」
どんな結果になったとしても、その言葉があれば私は前を向ける気がした。
「よーし、じゃあ集合!」
「……行こう、飛雄くん」
「ああ」
澤村の集合の声で部員たちはミーティングを行うスペースに集まり、そこで何時もと違っていたのはミーティングの輪の中心に鶫がいたことだった。
「じゃあ、聞かせてくれ」
「はい」
鶫は一度目を伏せてゆっくりと息を吐き、小刻みに震えている手を握り締めて真っ直ぐに前を見つめた。
「――少しだけ、長いお話になります」
それは、私がまだ空を跳ぶ為の翼を持っていた頃の話。