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 突然の電話から一時間半ほどで影山は鶫の自宅を訪れた。自主練後のジャージから家着姿になった彼は何時も通り慣れた様子で家に上がったが、鶫の目にはやはり何時もの彼とは少し様子が違うように見えた。

「飛雄くん、ご飯は?」
「食った」
「急いで来なくても良かったのに」

 谷地の家から帰ってきたことも含めれば夕食を急いで食べてきたに違いないと鶫が困ったように笑うと、影山は彼女がティーセットに手を付ける前に本題を切り出した。

「牛島さんに白鳥沢に勧誘されてたんだってな」
「!」
「どういうことだ」

 影山から思いがけないストレートを食らった鶫はティーセットに伸ばしていた手を思わず一度止めたが、ややぎこちない様子でティーセットに再び手を伸ばそうとすると、茶は良いと冷静な影山がその行動を制した。

「ええと、なんの話?」
「谷地の家で勉強教わった後、偶々牛島さんに会った」
「……そんなことってあるの?」
「あったんだよ。それで白鳥沢までついて行って、そこで聞いた。中二の春季大会の時らしいじゃねえか」
「う……」
「詳しい話聞かせろ」
「……はい」

 これ以上は誤魔化せないと判断した鶫は潔く諦め、影山が此処座れと勧めたソファーに腰かけて彼と隣り合うように座るとあの時のことを思い返しながら事情を話すことにした。

「中学二年生の春季大会、二回戦が終わった後――」



「舞雛鶫だな」
「え?」

 今日の試合を終えてドリンクのボトルを水道で洗っていた鶫は、不意にかけられた声の方へと顔を向けた。其処には強豪白鳥沢で超高校級エースとして名前が知られている牛島若利が立っていて、予想していなかった相手がその場に立っていたことに流石の鶫も驚いてボトルを洗う手を止めた。

「白鳥沢の牛島先輩……」
「俺のことを知っているならば話は早い」

 再来年、白鳥沢に来い。

「え?」
「静かに全てを見通し、統括し先を見据え、相手を徹底的に叩き潰す指揮を取る軍師」
「……」
「お前の観察眼と情報収集能力、そして技術指導は驚かされる」
「それは、白鳥沢でマネージャーをして欲しいということでしょうか?」
「マネージャーで終わらせるつもりはない」

 コーチの役割もこなしてもらうつもりだ。

「!」
「もう許可は下りている」

 まさかと言いたげな鶫に牛島は嘘は言っていないと言葉を続け、更には良い条件で入学できるように俺ができることは何でもしようとまで言ってみせた。

 牛島はほとんど他者にこだわりを持たないと聞いていたので其処までされる理由が分からないと鶫が戸惑っていると彼は鶫に歩み寄り、その大きな体格と上背で静かに彼女を見下ろした。

「将来を考えれば白鳥沢で経験を積んだ方がお前の為になるだろう」
「将来?」
「そうだ。それにお前の才能を他の場所で潰すのは惜しい」
「……潰す?」

 それはどういうことかと鶫が問いかければ、彼は言葉が足りなかったかと少しだけ首を捻ったが直ぐに先程同様の表情でその問いに答えた。

「県内で白鳥沢以外の高校ではお前の才能を生かせる所はないだろう。悪くすればお前の才能が潰れる。白鳥沢でバレーをすればお前の――舞雛と俺の経験が大きく向上する」
「……」
「再来年、白鳥沢に来い」

 同じ勧誘の言葉を口にした牛島を見上げた鶫は彼の意図を汲み取ると穏やかに微笑み、彼はその微笑みに少しだけ首を捻った。

「お断りします」
「……何故だ」
「私は自分で何処に進学するか決めます。元々そのつもりです」

 それに、プレイヤーではない私がスポーツ関係で勧誘を受けるなんて元から思っていません。

「……」
「確かに牛島先輩は凄いプレイヤーだと思います。牛島先輩とそして同じチームの皆さんと一緒にバレーができれば、私も沢山良い経験ができると思います。」
「それなら何故」
「牛島先輩の考え方に賛同しかねるからです」

 他のプレイヤーが全員劣っているとは、思えません。

「バレーは繋ぐことが全て」

 それは一人では成し得ないチームでの戦い。

 何時も誰かが誰かの為にボールを拾い、ボールを上げ、ボールを叩く。

「たとえ白鳥沢が優秀なチームで牛島先輩が素晴らしいプレイヤーであったとしても――他の場所で同じくボールを追いかけている人たちの努力や思いを見下す方とは、多分上手くやっていけないと思います」
「それが理由か」
「はい」

 いけませんか? と言うように微笑みを絶やさない鶫。その目に迷いはなく凛とした光を灯していて、牛島はそんな彼女の目と立ち姿を見て少しだけ息を吐いた。

「……今日は引き上げる。だが諦めるつもりはない」
「そうですか」
「お前の才能を他に渡すのは惜しい」
「そう評価して頂けるのはとても嬉しいです」
「何処までも強い奴だな」




「――ということがあって。それから牛島先輩から直接のコンタクトはなかったけど、白鳥沢からは何回か連絡を……って飛雄くん?」
「……」

 洗いざらい白状した鶫が黙り込んでしまった影山の様子を心配して声をかければ、彼は思い切りふき出すように笑ったかと思うと大笑いをし始める。

 急に笑い出した影山に鶫が目を丸くしていると影山はひと通り笑い終えてから、彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。困惑した様子の鶫の顔を覗き込んだ影山の表情はどこかすっきりしていて、それにまた鶫はきょとんと目を丸くした。

「飛雄くん?」
「お前、あの牛島さん相手に啖呵切ったのかよ!」
「だってあんなこと言われたら言い返したくなるじゃない!」

 飛雄くんや他の皆に言われているように聞こえたから。

「だから、どうしても許せなくて」
「お前な……」

 そういう嬉しいことをホイホイ口にするんじゃねえと影山は言いかけたがその言葉は飲み込み、代わりに彼女の頭をまたぐしゃぐしゃと撫でた。



 そして数週間後、烏野では予定通り期末テストが行われた。

 期末テストは数日かけて行われ、日向と影山の変人コンビを始め田中と西谷もその数日ばかりは教科書とノートに噛り付いてテストと向かい合い、一枚また一枚とテストを処理していく。

「……大丈夫かな」
「何が?」
「テスト。飛雄くんとか日向くん、あと田中先輩と西谷先輩と……」
「ああ」

 先程テストを終えて次のテストに備えノートを見ていた鶫がふと溢した言葉を拾った月島が声をかければ、彼女からは“例の四人”を心配する言葉が出てきた。確かにあの四人が合宿に行けないとなると烏野の攻守バランスは大きく崩れるが、自分のテストより他の四人の心配をする彼女は優しすぎるのではないかと月島は眉を顰める。

「心配する気持ちは分からなくもないけど、自分の心配もしなよ」
「え?」
「次のテスト、自信あるわけ?」
「うーん……まあまあ」
「へえ。じゃあ競争しようか」
「競争?」
「そう」

 次のテスト、数学Tで競争。

「別に他の科目でも良いけど」
「……競争」

 元々プレイヤーであり今もバレーでコート外から鎬を削っている鶫は、未だに競争という単語にはチリチリとした闘争心が静かに燃える傾向がある。それを見越した月島がニヤリと笑って冗談半分本気半分でそうけしかけてみれば、鶫は少しだけ考える素振りを見せてから彼へ視線を戻す。

「――良いよ、月島くん。競争しよう」
「へえ、結構乗ってくるんだ。じゃあ純粋に点数で勝負しようか」
「分かった。勝ち負けを決めるだけで良いの?」
「そうだな……」

 勝ったら我が儘をひとつ聞いてもらえる。

「それでどう?」
「うん、良いよ」

 じゃあ、競争ね。

 そう言って微笑んだ鶫の目には静かな闘争心がひりついていて、月島は一瞬息を飲んだものの自分が仕掛けた勝負事なら負けるわけにはいかないと手元のノートに視線を落とした。



 ――テスト期間を終えた翌日。

 それぞれの教室では男子バレー部の例の四人が息を飲んで教卓に立つ教師へ目を向けていた

「……っ」

 冷や汗をかきながらも真っ直ぐ教師を見つめている日向、その二つ隣の教室では刑の執行を待つような形相で眉を寄せている影山。その上の階では西谷が机に突っ伏しながら問題用紙にかじりついていて、田中は悟りを啓いたように遠い目で両手を重ね合わせている。

「ハーイ。じゃあテスト返すぞー」
「えーっ!」
「ウルサーイ。じゃあ安藤」
「はあい……」

 

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