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「オオッ! あれはっ、あれはもしやスカイツリー!?」
「いや、あれは普通の鉄塔だね」
「ぶっひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「うーん……」
その辺りに立っているただの鉄塔に目を輝かせた田中と西谷に答えたのは音駒の副主将である海で、地方出身丸出しの彼らに黒尾は大爆笑していた。鶫は少々微妙な表情をしていたが、田舎から出てくれば少々高い鉄塔は東京タワーに見えてしまうのかもしれないと余計なことは言わないようにした。
「――ていうかオイ」
なんか人足んなくねーか。
「えーと……」
「実は――」
烏野高校で行われるテストの赤点ラインは40点。
影山飛雄、現文38点。
日向翔陽、英語21点。
「……」
「……」
テストが全て返却された当日に部室に集まった面々は日向と影山のテストを見つめて驚き、鶫もまたどうしてこうなってしまったのかと目を丸くした。
「あれ!? 日向は英語……? 自信あったんじゃ……」
「終了間際に解答欄が一個ズレてたことに気付いたみたいで」
「マジか……! 英語の小野先生、そういうの許してくれないんだよな……」
「谷地さんもスゲーショック受けてました」
確かに月島と同じように彼らの勉強を一生懸命に見ていた谷地。彼らの努力を良く知る彼女が日向の解答欄がズレているというミスに相当なショックを受けたことは容易に想像できた。
その脇では影山の解答用紙を澤村が床から拾い上げ、バツ印が沢山ついた解答欄を端から順番に眺めた。
「影山は現文か……」
「今回、やたら読解問題が多かったっぽくて。西谷と暗記系に絞ってたみたいだから……」
「おーっ、漢字は満点だ。スゲー」
縁下が言うように解答欄には読解問題と思しきものが多く、取り敢えず埋めてはあるもののほぼバツ印がつけられている。
変人コンビの努力に結果は微笑んでくれなかったが、彼らなりに一生懸命に頑張っていたので点数について咎める部員は誰一人としていなかった。返却されたテストを広げてから今まで顔を俯かせている日向と影山、菅原はそんな彼らに気を遣って声をかけた。
「まあ、あんまり落ち込むなよ。遠征は今回だけじゃな――」
「どうやって東京まで行く」
「走るか」
「チャリだろ」
行く気だ。
落ち込んでいると思われていた彼らはどうやって東京まで行くか算段を立てていたらしく、フォローを入れようとしていた菅原は思わず口元を引き攣らせる。
しかし彼らは補習を避けることはできない。乗り合いの車で行く以外の手段で安価に済むのは電車とバスといった公共交通機関類しかないが、日向と影山だけで果たして現地までたどり着けるだろうか。
「うーん……」
どうするのが最適かと鶫が頭を悩ませた時、日向と影山の前に歩み寄ったのは田中だった。
「――おい、お前ら」
「?」
「え、じゃああの超人コンビ、今頃補習受けてんの」
「ああ、まあでも……」
「うおおおおお!?」
「!?」
体育館へ向かう道中で事の一部始終を話した澤村が苦笑いをして何かを言いかけた時、後方にいた山本が突然大声を上げた。その声に驚いた面々がそちらへ顔を向ければ、地面に膝をついている山本の目の前には清水と谷地の姿があった。黒尾の隣にいた鶫が何事かと目を丸くしていたが、山本が声を上げたのは烏野に女子マネージャーが増えていることに感動しているらしい。
これが烏野の本気なのですと田中が菩薩顔をして自慢をし山本が眩しそうに顔を覆う様子を鶫は不思議そうに眺めていたが、隣にいた黒尾が彼女の頭をポンポンと優しく叩きながら彼らの姿を遮るように顔を覗き込む。
「あんま気にすんじゃねーよ」
「鉄朗くん」
「関わるだけ時間の無駄だ」
手を引かれるようにしてその場から遠ざけられた鶫。先に校舎の中へと入って行った清水と谷地を見送り黒尾に握られている手に視線を落とすと、ゴツゴツとした長い指先に少しだけ力が籠った。それに気付いた鶫が顔を上げれば上機嫌そうな黒尾がニヤリと笑う。
「じゃあ準備出来たらすぐ体育館行くぞ」
もう他の連中も集まってきてる。
「……おう」
――時を同じくして宮城にある烏野高校。赤点で補習を受けることを余儀なくされた日向と影山が二人だけの教室で、見慣れた教師を前に補習課題と向き合ってシャープペンシルを一心不乱に走らせていた。
「おうおうおう。何時になく真剣だな、お前らー」
「……」
教室に響くのは嬉しそうな教師の声と、必死に課題と向き合っている日向と影山のシャープペンシルの音だけ。必死な二人の様子に教師も満足げに何度か頷くと、手近に置いていた椅子に腰を下ろす。
「……」
「……」
――お前ら、赤点は一個だけだな? それなら補習は午前中で終わるハズだ。
課題が終わるのとチャイムが鳴るのはほぼ同時、日向と影山は課題のプリントを教師に提出すると荷物を持って教室を飛び出す。
「ガンバレよー」
後方に教師の声援を受けつつ廊下を駆け抜け靴を履き替えるとそのまま校門へ一直線。そんな彼らの姿を目にしたある人物はブーツの踵で地面を蹴ると口元に笑みを浮かべた。
「ヘイ、赤点ボーズ共」
――そしたら俺が救世主を呼んでやろう。
「乗りな」
田中の呼んだ救世主、それはワゴン車を背に彼らを待ち構えていた田中の姉・冴子だった。
「たっ、田中さんのお姉さんですかっ!」
「冴子姉さんと呼びな」
日向の質問に冴子は笑みを浮かべたままそう言うとウインクをして車へ体を向ける。
「東京までなんてあっという間に届けてやるよ」
「冴子姉さん!!」