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時刻は午前十時を回り、宿泊所を兼ねている校舎で冴子が目を覚ました頃には烏野は生川との練習試合を終えて音駒との練習試合に臨んでいた。
「……やはり烏野の10番、速攻を打つ瞬間目を瞑っていますね。例え開いている時もボールを一切見ていないというか、意識していないというか……」
「むん……。あの神業のような速攻の正体はセッターの超絶技巧って訳だ。末恐ろしい……」
「……」
其処でも日向と影山の速攻についての話題が上がっていて、森然の監督とコーチが彼らの分析を行っている話は当然鶫の耳に届いていた。
澤村のレシーブは綺麗にアタックライン付近に上がり、影山のトスを見た日向はAからCへと跳躍力を生かして跳び上がる。ブロックについていた孤爪と山本と灰羽は目を丸くしていたが、灰羽はその場所からレフト側へ跳び上がるようにしてブロックに入った。
「あっ」
「!」
谷地の漏らした言葉と日向のスパイクが弾かれるのはほぼ同時。その落下するボールとインターハイでの青葉城西戦での最後のスパイクが重なった日向は一瞬息が止まった。後方へと落ちたボールはぎりぎりの所で西谷の手をすり抜けて床に落ち、それを見た灰羽は嬉しそうに声を上げた。
「っしゃあああああ!」
「やりおったー!」
嬉しそうに声を上げている音駒のプレイヤー達の様子と先程のプレーを見ていた武田は日向と影山の速攻が早く止められたことに唖然としていたが、烏養は前回の練習試合であの速攻への対処が出来たことと灰羽の身長と反応速度の速さが勝ったのだと冷静に分析していた。
そんな中、コートではスパイクを止められた日向が灰羽を見ているとその視線に気付いた灰羽が片手の平をクイと持ち上げて挑発するように笑みを浮かべる。それを見た日向は目を見開き、ふっと笑みを浮かべた。
「おい、普通の速攻増やしていくぞ。フワッの方な」
「……」
「おい、聞いてんのか!」
「……おう」
「……?」
その日向の反応に影山は首を傾げていたがベンチに居た鶫は彼のその表情と様子に笑みを浮かべていて、その表情に気付いた武田は少しだけ目を丸くしていたが彼女のことだから何か考えているに違いないとふっと表情を緩めた。
「リエーフ」
「?」
「多分向こうは普通の速攻をいっぱい使ってくるようになるから、リードブロックに切り替えて」
「リードブロックって何でしたっけ?」
「トスが何処に上がるのか見てから跳ぶブロック」
「ああー、うすっ!」
その孤爪の読み通り日向の速攻から切り替えてきた烏野の攻撃、日向を囮に東峰へと繋げられたボールだったが灰羽のブロックにより弾くまではいかなかったもののボールの勢いは急激に緩められる。
「触っ……ワンタッチ!」
「一瞬日向に釣られたと思ったのに……一歩出遅れてもブロック高い……!」
「速攻来ますー!」
菅原の分析の横では山口が声を飛ばし、灰羽が作ったチャンスボールを確実に夜久が拾い上げセッター位置へと綺麗に返す。孤爪が上げたトスは灰羽のスパイクで床に沈められ、カウンターを受けた烏野はタイムアウトを取った。
「まあ落ち着け。最初から速攻はガッチリ警戒されてんだから無理もねえ。取り敢えず音駒相手には東峰と田中のレフト中心で攻めてけ」
「ハイ」
「っス!」
「シャア!」
「……」
――で、良いのか俺?
弱腰じゃねえのか?
「……」
護りに入って進化はあるのか、繋心よ。
「――……」
ヤバい、何だこれ……。
音駒、リエーフ……強えーな。強え。
もっと強くなんなきゃ全然勝てない
「……?」
静かに笑顔を浮かべた日向に気付いたのは鶫と影山。鶫は彼の心境を予想して同じように笑みを浮かべていたが影山は何があったんだというように目を細めていて、タイムアウト終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。
再開された試合で烏野のブロックをすり抜けたボールを影山が拾い上げ、それを澤村がレフト側への東峰へとボールを上げる。しかし少々短かったそのボール、ラストだとプレイヤーが声を上げた時、鶫と菅原が目を丸くした。
「!」
「えっ」
東峰へと上がったボール、しかしそのボールへと日向も跳び上がっていた。流石の東峰もそれには動揺して目を丸くしていたが直ぐにその目は恐怖へと変わる。
「っ――!」
日向の真っ直ぐ過ぎる闘志、そしてボールへの執念。
「アッ?」
しかし体格的に東峰に劣る日向は彼と接触して直ぐに弾かれるようにして床へと転がり、東峰は慌てて日向へと駆け寄った。それに日向もようやく自分がしたことが理解出来たのか慌てて床から起き上がって東峰へ土下座を始めた。
「すっすみませんんん! ついボールだけ見てて……! すみません大丈夫ですか!?」
「俺は無傷だよ」
「日向は大丈夫なのか!?」
「俺は何ともないです」
「ちゃんと周り見ろボゲエー!! 何の為の声かけだタコォォォ!!」
「ボゲエ! 日向ボゲエ!」
「ハイ……」
田中と西谷をはじめとした周囲の面々は東峰と接触すればどうしたって吹っ飛ぶのは日向の方なんだからと笑っていたが、その様子を鶫は静かに見ていて、彼女の静かに揺らぐ闘争心に菅原は目を見開いた。
「……日向くん」
完全に無意識だったけど、今の東峰先輩に上がったトスを奪おうとしていた。
雛烏に進化の時か……?
それが烏野にとって吉か凶か
「――それでも変化を求めない人には進化もない」
「舞雛?」
ぽつりと呟いた鶫に菅原が不思議そうに彼女の名前を口にすると、鶫は真っ直ぐにコートを見つめたまま最近持ち歩いているもうひとつのノートを抱き締めた。
「コートの花形であれ、英雄であれ、勝利を引き寄せるエースであれ」
――貪欲に自分こそが頂点であると言わなければ、意味がない。
「なあ、影山」
「あ?」
「“ぎゅん!”の方の速攻、おれ――目え瞑んの止める」
“欲”が雛に進化を促す。