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「――あ?」
「うっ……」
日向のひと言に影山が返した第一声。その威圧感に日向は一瞬怯んだものの、脳裏に浮かんだプレイヤーたちの顔や彼らのプレーを思い返してから真っ直ぐに影山を見上げた。
「今のままじゃダメだ。おれが“打たせてもらう”速攻じゃだめだ」
「――それが出来なかったから普通の速攻を覚えたんだろ」
「……」
「お前が何考えてんのか知らねえけど、話なら後で聞いてやる。でも今直ぐにお前がそれをやるっつうなら、ミスると分かってる奴にトス上げるつもりは無え」
「……」
それだけを言って日向に背中を向けた影山に日向は何も言うことはしなかったが、鶫は彼の目に少しの不安と焦りが滲んでいたのを見て取っていた。
練習試合は予定通り再開されたが、それを見ていた谷地が日向と影山がぎくしゃくし始めたと溢すと清水もそれに同意してそっと目を細める。
「でも日向と影山だけじゃない。日向と東峰がぶつかってから……」
全員に緊張が走ってる。
ペナルティーのフライングコート一周を始めた烏野のプレイヤー陣は先程の日向の言葉を思い返すと、薄々感じていたことを彼に突きつけられたと冷や汗を流していた。特に先程日向と接触した東峰は彼に感じた漠然とした恐怖を覚えていて、後方で顎で着地した日向へ視線を向けた。
「……」
このままでは、ひたすら貪欲に成長し続ける日向に――喰われる。
選手に意識の変化があるようだなと猫又に声をかけられた烏養は確かにその通りだと内心で感じていたものの、どう言葉にして良いか迷っていた。そんな時、聞こえてきたのは何時もベンチで彼らを必死に応援している武田の声だった。
「皆さんは此処に居るチームの中で一番弱いですね?」
「!」
そして第一声に放ったひと言にメンバーは悔しげにしたものの言い返すことが出来ず、にこにこと笑う武田をじっと見つめることしかできない。
「どのチームも公式戦で当たったならとても厄介な相手。彼らをただの敵と見るのか、それとも――」
技を吸収すべき師と見るのか。
「君たちが弱いということは伸びしろがあるということ。こんな楽しみなこと、無いでしょう」
「!」
「今なんか先生みたいで頼もしかったぜ! ありがとな!」
「あっ、僕、一応教師ですけども……」
烏養の言葉に微妙な表情でそう返した武田、その二人の耳に近くのコートからナイッサーと声が響いて来た。その声の方向へ顔を向ければちょうどちょうど其処では生川と森然の練習試合が行われていて、生川の1番がサーブを打っている所だった。
そのサーブは同じ男子高校生プレイヤーから見ても威力やコースなどが群を抜いている。それに谷地が思わず腕がもげると溢す横で清水が生川の全員がサーブのレベルが高いと言うと、谷地はそういえばマネさんがそういうことを言っていましたよねと顔を清水へと向けた。
「確か練習の最後はサーブ百本だって」
――サーブこそが究極の攻め。
神奈川、生川高校。
その相手校である森然は生川のサーブを上げると全員が一斉に飛び出してネットへと駆け出して行く。そして相手のブロックを翻弄しスパイクを決めた彼らを見ていた武田は目を細め、口元を綻ばせた。
「うーん、正に」
――コンビネーションの匠。
埼玉、森然高校。
「そして……」
「レフトレフト!」
「ブロック三枚!」
更に隣のコートでは音駒と梟谷の練習試合が行われていて、木兎のスパイクを孤爪を始めとした三人が受け損なった所。その威力にリエーフは舌を巻き、孤爪は腕がもげるという理由でスパイクから逃げ、猫又に怒られていた。その後方で床に落ちても威力が十分なボールを山口の声で気が付いた月島が寸での所で受け止め、ボールは大きな音を立てて床へ転がった。
「さすがウシワカ同様、全国五本の指に入るエースか……」
「本当にありがたいです……」
――全国を戦う大エースを擁する
東京、梟谷学園。
そんな彼らを見ていた烏養は、日向と影山と鶫の姿が見えないことに気付いて山口に声をかけた。偶々彼らがさっき外に出て行ったのを見ていた山口は体育館の出入り口を指し示しながらそのことを話すと、烏養は僅かに目を細めてその場から離れた。
体育館の入口近くの外では日向と影山、そして彼らの中心に菅原の姿があった。鶫はそんな三人から少しだけ離れた場所に立っていて静かに彼らの様子を見つめている。
「――でも試すくらいなら良いべ? ほら、前回音駒とやった時もぶっつけで普通の速攻出来た訳だし……辛うじてだけど」
「あの時は普通の速攻なら出来る可能性あったし、それしか突破口がないと思ったからです」
「……」
先程から日向と影山の中間に入って彼らの衝突を緩和している菅原だが、影山の意見は尤もで思わず口を閉じてしまう。それに今まで黙っていた日向がゆっくりと口を開けた。
「……青城戦のラスト、気付いたら負けてた」
「!」
気付いたら打ったボールはおれの後ろで、床に落ちてた。
「――悪かった。最後完全に読まれた」
「おれが負けたのに影山に謝られるなんて嫌だ」
「……」
「空中戦の最後の一瞬まで自分で戦いたい」
真っ直ぐな目でそう言い切った日向に影山はしばらく口を閉じて黙り込むと、その様子に鶫が僅かに心配そうな目を向ける。しかし彼らの間に割って入ることはなく、ただ静かに彼らの様子を見守りその場から動かなかった。
「――青城戦で、スパイカーの百パーセントを引き出すのがセッターだってちょっと分かった」
「!」
「あの速攻はお前の最大の武器だ」
そんであの速攻にとって“ほんの少しのズレ”は“致命的なズレ”になる。
「あの速攻に“お前の意思は必要ない”」
そう言ってそのまま体育館へと戻って行った影山の背中を鶫は黙って見送るが、その目には若干の悔しさと焦れが滲んでいたのをこの場にいる誰もが気が付かなかった。
「……」
――確かに飛雄くんが言っていることは間違っていない。
客観的で冷静で、感情的に否定していない事実。飛雄くんが技術的な部分を全て補ってきたあの速攻に日向くんの意思が入れば、確実に技術的な問題が生じる。
「――ごめん、日向。俺も今、影山の意見聞いてたら、今回は影山の言うことが正しいと思ったよ」
「!」
「あの速攻は十分凄い。あれを軸に他の攻撃を磨いていくのがベストだと思う」
――でもこのままでは、この先の舞台に進むことは出来ない。
私が気付いても本人が気づかなければ意味がない。
日向くんみたいに自分自身で気付いてもらわないとこの戦略は生きてこない。
「……」
「生川対森然が終わったみたいだ。次のセット始まる」
「あー……俺も菅原派だな」
「!」
鶫は烏養の存在に気付いていたが、日向と菅原は彼の登場に驚いたようで目を丸くしていた。烏養はそのまま日向に目を向けると、そのまま彼らの方へ歩を進める。
「自分で戦いたいって言っても変人速攻はほんの一瞬勝負。あの一瞬を空中でどうこうしようってのも正直難しい話だと思うぜ」
「……でも。調子が良い時はスローモーションみたいに見えるんです」
「たまーにな、空中でスローモーションみたくブロックが見えることがあんだよ。こうスッと光が通ったみたいに」
「田中さんが言ってたみたいに」
「まあブロックが何時もより見えることはあるよな」
「青城と練習試合やった時の最後の一点」
及川さんの顔が見えました。
目が見えました。
「ああ……そんな気がしたってことか?」
――違う。
「三対三で初めて速攻決めた時も“向こう側”が見えました。頂からの景色が見えました」
右から月島が来てて手が直ぐそこに迫ってて、キャプテンがレシーブに動こうとしてた。
「……だからそれは、そんな気がしたってことなんじゃ――」
「……」
「!」
――自分がジャンプの最高点にいる時間など文字通り一瞬。
ブロックが見えると言っても普通はボンヤリと認識する程度。
でも稀に、ブロッカーの指の先までくっきりと
更にはその奥のレシーバーの位置まで瞬時に見えるスパイカーがいるって聞く。
「……」
日向には見えている?
「……」
「……」
後ろでただ静かに俺たちを視ている、舞雛のように。
烏養が目の前の日向と静かにこちらを見ている鶫に愕然としていた時、体育館の入口から澤村が顔を出し試合が始まると声をかけた。それに烏養はビクリと体を震わせ、その脇を日向と菅原が駆けて行く。未だ鶫はその場に立っていて烏養を見つめていた。
「……舞雛」
「はい、何でしょうか」
「お前の眼にはどう映ってる」
アイツらの今後が。
「……正直に言わせて頂けるなら、今までの考え方と固定観念、気持ちの持ち方ではこれ以上の場所は望めません」
神業的セットアップから繰り出される速攻、それを空中で日向くんが自分の意思で捌く。
それが可能になれば。
「あの二人は小さな巨人を越える空中戦の覇者になれます」
「……」