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――さて、どうするか。
「……」
東京遠征の翌日、烏野高校の放課後のベルが鳴る頃。煙草をふかして新聞を広げる烏養は店番をする傍らで日向と影山の速攻について頭を悩ませていた。
今まで見たことのない速攻を更に飛躍させる方法など直ぐに思いつくはずもないが、目につくのは春高の一次予選まで再来週にまで迫ったカレンダー。じりじりと焦りが積もる烏養の傍には鶫から手渡されたノートが置かれていて、軍師として最適解を既に出している彼女の存在が更に烏養の頭を悩ませた。
「……」
しかし一から十まで鶫に頼ってはいられないと烏養が再び頭を悩ませ始めようとしたところで店の引き戸がガラガラと音を立てて開き、いらっしゃいませと言いかけた烏養は其処に立っていた人物の名前を口にした。
「日向か」
「……コーチ。おれはどう練習すれば良いですか」
「――俺も今それを考えてたが、正直全く分かんねえ」
このノートを託した人物以外はな。
小柄で華奢な体ながらもその実コートの中に立つ相手を叩きのめす術を常に巡らせている少女。可憐な見目に反して冷静かつ狡猾な軍師。自分よりも年下の少女に考えが追いつかないとは情けないと思いながらも、自分ができることをするだけだと烏養は煙草を灰皿に押し付けて椅子から腰を上げた。
「お前ちょっと待っとけ。もう直ぐ店番終わるから」
「?」
「え、もう帰った?」
「うん、何か考えこんでたみたいだけど……」
「そう、ですか。ありがとう」
「いいえ」
何時もなら教室まで迎えにくる影山が何時になっても来ないことを不思議に思った鶫が彼の教室を訪ねてみれば、彼は既に帰った後だとクラスメイトから聞くことができた。連絡もなしに先に帰ることが今までなかったので珍しいなと鶫は思いながら念のために校内の思い当たるところを探してみたが影山の姿を見つけることはできなかった。
「何処に行ったんだろう……」
此処まで探して見つからないのなら既に校内にいないのではないかと鶫が首を捻った時、自宅にあったチラシの存在をふと思い出した。
「……ちびっこバレーボール教室」
特に目立ったイベントでもなく影山がわざわざ話を聞きにいく講師ではなさそうだったが、校内にいないとなればそのイベントと影山の自宅の二択しかない。自宅は最後に向かうとしても烏野高校から程近い場所で行われているちびっこバレーボール教室に行ってみる価値はありそうだと、鶫は一先ず其処に向かってみることにした。
鶫がやや早足で烏野高校を出た頃、彼女の予想通りちびっこバレーボール教室が開かれている会場には影山の姿があった。鶫に黙ってきてしまったことにやや罪悪感を感じつつももう現場には到着してしまっている上、何となく足を運んだちびっこバレーボール教室は既に終わってしまっていた。
「……」
……俺はここに来てどうするつもりだったんだ。鶫にも黙って出てきちまったし。つーかもう終わってんじゃねーか。
「徹! サーブ教えてくれよ!」
「!?」
「ちょっ!? まず呼び捨てやめようか」
嫌でも聞き覚えのある名前と声。まさかと思いつつも影山が声のした方へ顔を向ければ、正面のドアから小さな男の子を一人連れた及川が姿を見せた。
「あっ?」
「げっ!」
「及川さん」
「飛雄!」
「オリャ! 足動かせ足!」
「ヨシッ」
「カズちゃん行ったよ」
「……退院したばっかでそんなに暴れて大丈夫かよ」
「あ!? “元気になったから暴れても大丈夫ですよ”が退院の意味だろうが!」
一方、烏養の車で十数分の距離にある一軒家に日向は足を踏み入れていた。
表札には烏養の文字。広い庭には子供用と思われる低めのネットが張られたコートが用意されていて、其処でボールを出している五十か六十代くらいの男性の姿があった。
「……ウチのじいさん」
「!? えっ」
烏養の紹介に日向は一瞬思考が停止したが、以前鶫や影山、田中たちが言っていた“凶暴な烏を飼っている”という人物のことを思い出しハッと息を飲んだ。
「じい……!? 烏養元監督!?」