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「――で、お前はこれから速攻を打ちまくる。足りない練習量をひたすら補え。ただし、セッターはお前の相棒みたいな天才じゃねえからな。まあそいつがどんくらい天才か知らねえけども」
「ちわーっす!」
「こんにちはー」
「おお、来たな」

 烏養元監督の説明を一通り聞いた日向がひとつ頷くと、後方から元気の良い挨拶が複数飛び交った。それに烏養元監督が待っていたというように後方へ顔を向けた先には、年齢も性別も様々なセッター数人が顔を揃えていた。


「チビ助の当面の課題は、“誰とでもファースト・テンポ”だ」
「オス!」
「それとな、お前はボールへの慣れが全然足りねー。常に触ってろ、手でも足でも良いから常にだ」
「? オス!」

 バレーはボールを“持てない”球技。
 ボールに触れられるのは僅かゼロコンマ数秒。

「その一瞬を操れ。ボールが身体の一部であるかの様にだ。身体が小さい分、他の全てで補うんだ」
「アス!」



「……“テンポ”ですか」

 坂ノ下商店の一角にあるテーブルに腰を落ち着けた鶫と影山は、烏養からそう話を切り出された。鶫はこの先の話を理解しているのか不思議そうな顔はしておらず、むしろようやく気付いてくれたことが嬉しいのかその表情は明るい。

「まあ、俺も理論として頭に入ってるだけで全然応用出来てなかった。お前らの速攻を“特別”と身構え過ぎて根本的なことを忘れるとこだったんだ」
「“テンポ”は大体分かったんすけど、止まるトスって何ですか」
「あー、それはだな……舞雛の案なんだ」
「鶫の?」

 影山の問いかけに烏養はバツが悪そうに頭をかくと鶫へ顔を向け、それに釣られるようにして影山も彼女へ顔を向ける。烏養が説明頼むと鶫に小さなホワイトボードとペンを手渡せば鶫は少し驚いた顔をしたが、烏養に発案者はお前だと言われてしまったのでそのペンを受け取るとボードに図を書き込んだ。

「飛雄くんの変人速攻の時のトスはスパイカーの打点を通過するトス」
「おう」
「だけど、それを打点の所で止める」
「?」

 それに影山が首を傾げると鶫は少しだけ苦笑いをしてペンでボールの軌道を描き、スパイカーのいる場所でその起動を落下させた。

「スパイカーの最高打点をボールの最高到達点にする」
「……」
「あー……つまりだな、今までみたいに勢いそのまま通り過ぎるんじゃなく、スパイカーの打点付近で勢いを」
「殺す?」
「その通り」

 鶫の説明をかみ砕こうとした烏養の言葉に影山が答えを被せれば、鶫と烏養は口元に弧を描いてひとつ頷いた。そして鶫はホワイトボードの図を消し、両手の人差し指でゆっくりとその幅を広げながら影山を真っ直ぐに見つめた。

「力加減と逆回転のかけ方は今までとは比べ物にならないくらいに難しいと思う。それに加えてBクイックやDクイック、ブロード……距離が離れればそれだけ難易度は比例して高くなっていく」

 それでも、やれる?

「……」


 チビちゃんが欲しいトスに100%応えているか、応える努力をしたのか。

 お前、鶫ちゃんの期待に応えられないなら、傍にいるの止めたら。


「……やってみせる」
「飛雄くん」
「行くぞ、鶫。これから練習だ」
「うん」

 影山はそう言って席を立つと烏養に頭を下げて早々に店を出て行き、鶫はその背中を見てから烏養へと振り返った。その目には何時もの凛々しさとは違う別の“何か”が宿っていて、烏養の背中に寒気が走った。

「烏養さん、他のプランも皆に伝えてください」

 今ならきっと、結果が出せます。

「……分かった」
「宜しくお願いします」

 そうして鶫も同じように鞄を持って坂ノ下商店を後にして、その小柄な背中を呆然と見送った烏養は彼女の姿が消えてからしばらくして大きく息を吐いた。

「……あの歳であれだけの采配か」

 これは、将来どんな“軍師”になるのか分からねえな。



「……なあ鶫」
「何?」

 学校へと向かう道のりで影山に声をかけられた鶫が影山を見上げれば、彼は今までになく緊張したような面持ちでゆっくりと視線を鶫へと向けた。それに鶫が小首を傾げれば、影山は何度か言いにくそうに口をモゴモゴと動かしてからそれをゆっくりと開いた。

「まだ、機嫌悪いのか」
「!」
「……どうなんだよ」

 少ない言葉数で大よそ理解した鶫は目を丸くすると、クスリと笑った。それに影山がぐっと息を飲んで頬を赤くすると、鶫は少しだけ笑ってからまた影山を見上げて優しげに目を細める。

「うーん、どうかな」
「!」
「これからの頑張り次第、かな」
「……おう」

 いくらでも頑張ってやると意気込む影山の返事に鶫は満足そうに頷き、自分よりも数十センチ高いところにある彼の顔を見上げる。

「……うん」

 真っ直ぐな目。時雨色の目には揺らがない意思が籠っていて、一心に自分の信じた道を進もうとしている。

「……鶫?」
「うん?」
「どうかしたのか」
「ううん、何でもない」
「?」

 こちらをじっと見ていた鶫に影山は首を傾げたが、首を横に振った彼女の様子を見て何でもないならと気にするのを止めた。その代わりに鶫の小さな頭をくしゃくしゃと撫で、何時もは仏頂面の表情をふっと緩める。

「お前と一対一で練習っていうのもえらい久しぶりな気がするな」
「確かにそうかも」
「やろうとしてることは難しいけどよ、それでも鶫と一緒にバレー出来んのは楽しい」
「!」

 少しだけはにかんだ笑顔でそう言った影山に鶫は目を丸くしたが直ぐにひとつ頷いて私も嬉しいと返し、影山はそれを見て少しだけ視線を逸らすと、おうと短く声にしただけでそれ以上言葉にすることはなかった。

 自分から言い出した言葉に照れたのか鶫の素直さに不意打ちを食らったのかまたはその両方か、そんな影山の様子に鶫はきょとんとしたものの嬉しそうに微笑み彼に聞こえないギリギリの声量で静かにこう呟いた。

「……飛雄くんなら大丈夫」

 前よりもずっと、頼りがいのある顔をしているから。

 

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